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3 虫の体液と悪魔の眷属ども
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私のような下働きでも蕎麦粥かふかしたジャガイモなら一日三食食べられるようになってきた。
それでも飽食の日本を生きた私にはもの寂しい。
「ちょっとは嗜好品もほしい」
つまり甘味だ。
何かないかなとそこらへんを彷徨っていたら、ブンブン飛び回るミツバチを見つけた。
追いかけた先にあるアレは……ミツバチの巣! 貴重な甘味、自然の恵み!
支給されたお仕着せを一着犠牲にして防護服らしきものに仕立て直し、死ぬ気で蜂蜜を採取した。
久々の甘味に私は感動で涙した。この感動を今だけのものにはしたくない。絶対に定期的に摂取したい。
翌朝、蜂蜜と養蜂についての企画書を領主様のところに持って行ったら、「虫の体液……」と薄い眉をひそめられた。
人が必死で集めて絞った蜂蜜様に向かってなんてことを!
「そういう元も子もない言い方は止めてください。蜂蜜は栄養価が高くて、保存性にも優れているし、殺菌効果もあるんですから。一歳未満の乳幼児には絶対厳禁ですけどね。優しい甘さですよ。はい、あーん」
「はっ、離れろ!」
「分かりました。じゃあクラウス様、代わりに毒味を……」
私をスカウトした領主様の補佐官、クラウス様に蜂蜜つきのスプーンを差し出したら、その手をがしっと掴まれた。領主様だ。
「この痴女め! 蜂蜜と企画書だけ置いていけ!」
「咲良です。モノだけ置いていくわけにはいきません。養蜂について前向きなご検討をお約束いただかないと」
「分かったから、この手を引っ込めろ……!」
領主様は、私の曖昧な記憶を頼りに巣箱を作り、見つけたミツバチの巣から少し離れたところに設置してきてくれた。
後日、領主様の分も防護服を作って見に行ってみたら、巣箱の周りをミツバチがブンブン飛び交っていた。
思わず領主様とハイタッチをしてしまった。
この頃から私は下働き用の大部屋じゃなくて、侍女用のちょっといいお部屋に移らせてもらった。
防護服のために犠牲にしたお仕着せ分よりたくさん、新しい服ももらえた。
「どこの少数民族の小娘かと思っていたが、元の出で立ちに毒の知識。ただ者ではないのだろう。一体、何をやらかして追放されたのやら」
フッ……って感じで言われたけど、全部大ハズレである。
何はともあれ私の衣食住は盤石なものとなってきた。女子のタコ部屋で藁ベッドも修学旅行みたいで楽しかったけど、一人でくつろげる部屋は格別だ。同僚たちには「悪食娘」とニヤニヤからかわれるようになったけど。
「サクラ、来い。視察に行く」
「はい」
養蜂で初めての蜂蜜が採取できた頃、領主様の視察のお供をした。
私に新しいものを見せれば次なるアイデアが出てくると思ってか、領主様はこの頃、私をいろんなところに連れて行ってくれる。
今日は港町。潮の匂いは久しぶりだ。
食糧不足とはいえ、水揚げされる魚の量はそんなに減っていないらしい。
ただ保存の問題で領全体に行き渡らせることはできていない。問題解決の鍵にはならないようだ。
塩漬けはされているけど、それを瓶詰めにしたら長持ちしないかな?
干物や燻製にもできそう。瓶詰めより運送が楽だ。
「ん? あれは何ですか?」
漁師さんのところで獲れたて新鮮な魚を見学していた私は、少し離れたところのカゴに目を留めた。
近づいてみればこちらにもエビやイカに貝がたくさん。私にはお宝の山に見えていたんだけど。
「ああ、これは悪魔の眷属どもですよ。どうしても網や針に引っかかってくるんでね」
出たよ悪魔。ということは、これも食べてはいないわけね。
自慢じゃないけど私はタコもイカも捌ける。高校時代にバイトしてたお店で教えてもらった。
まだ生きているイカを素手できゅっと締めたら、領主様と漁師さんは色を変えて動かなくなったイカと私を見比べた。
「ナイフを貸してください。あと、ニンニクと塩と油」
ドン引きされながら作ったのはイカのガーリックソテー。
貝は酒蒸し、タコは唐揚げ、エビは半分に割って殻ごと塩焼きに。カニ、エビ、貝をふんだんに使った超豪華うしお汁も。
「タコやイカに毒はありません。二枚貝はあたる可能性もありますが、基本的にはしっかり火を通せば大丈夫です。プリプリでおいしいですよ。はい、どうぞ」
って、ここはお屋敷じゃないんだった。また「痴女め!」と罵られてしまう。
うっかり領主様の口元に持っていったタコの唐揚げを引っ込めようとしたら、領主様はそのままパクッと食べた。呆気にとられる私と漁師の皆さん。
領主様が「うまい」と言うと、漁師さんたちも引きつった顔で食べ始めた。目の前で起きた珍事など忘れた様子で「悪魔の眷属なのにけっこうイケる」と目の色を変えている。
領主様も涼しい悪人面でイカを食べている。遠巻きに見ていた漁師さんの奥様方も呼び寄せて、うしお汁を振る舞ったりしている。
まさかの「あーん」成功でドキドキしているのは私だけってこと?
「……っ」
そ、そんなことより。
イカスミパスタや塩辛なんて作ったら卒倒してしまうんじゃないかな。かに味噌とかは?
そう遠くない日には受け入れられそうな気もする。
貝殻は破裂に注意しながら焼いて砕いたものを畑に蒔いておいた。ジャガイモがよく育った。
それでも飽食の日本を生きた私にはもの寂しい。
「ちょっとは嗜好品もほしい」
つまり甘味だ。
何かないかなとそこらへんを彷徨っていたら、ブンブン飛び回るミツバチを見つけた。
追いかけた先にあるアレは……ミツバチの巣! 貴重な甘味、自然の恵み!
支給されたお仕着せを一着犠牲にして防護服らしきものに仕立て直し、死ぬ気で蜂蜜を採取した。
久々の甘味に私は感動で涙した。この感動を今だけのものにはしたくない。絶対に定期的に摂取したい。
翌朝、蜂蜜と養蜂についての企画書を領主様のところに持って行ったら、「虫の体液……」と薄い眉をひそめられた。
人が必死で集めて絞った蜂蜜様に向かってなんてことを!
「そういう元も子もない言い方は止めてください。蜂蜜は栄養価が高くて、保存性にも優れているし、殺菌効果もあるんですから。一歳未満の乳幼児には絶対厳禁ですけどね。優しい甘さですよ。はい、あーん」
「はっ、離れろ!」
「分かりました。じゃあクラウス様、代わりに毒味を……」
私をスカウトした領主様の補佐官、クラウス様に蜂蜜つきのスプーンを差し出したら、その手をがしっと掴まれた。領主様だ。
「この痴女め! 蜂蜜と企画書だけ置いていけ!」
「咲良です。モノだけ置いていくわけにはいきません。養蜂について前向きなご検討をお約束いただかないと」
「分かったから、この手を引っ込めろ……!」
領主様は、私の曖昧な記憶を頼りに巣箱を作り、見つけたミツバチの巣から少し離れたところに設置してきてくれた。
後日、領主様の分も防護服を作って見に行ってみたら、巣箱の周りをミツバチがブンブン飛び交っていた。
思わず領主様とハイタッチをしてしまった。
この頃から私は下働き用の大部屋じゃなくて、侍女用のちょっといいお部屋に移らせてもらった。
防護服のために犠牲にしたお仕着せ分よりたくさん、新しい服ももらえた。
「どこの少数民族の小娘かと思っていたが、元の出で立ちに毒の知識。ただ者ではないのだろう。一体、何をやらかして追放されたのやら」
フッ……って感じで言われたけど、全部大ハズレである。
何はともあれ私の衣食住は盤石なものとなってきた。女子のタコ部屋で藁ベッドも修学旅行みたいで楽しかったけど、一人でくつろげる部屋は格別だ。同僚たちには「悪食娘」とニヤニヤからかわれるようになったけど。
「サクラ、来い。視察に行く」
「はい」
養蜂で初めての蜂蜜が採取できた頃、領主様の視察のお供をした。
私に新しいものを見せれば次なるアイデアが出てくると思ってか、領主様はこの頃、私をいろんなところに連れて行ってくれる。
今日は港町。潮の匂いは久しぶりだ。
食糧不足とはいえ、水揚げされる魚の量はそんなに減っていないらしい。
ただ保存の問題で領全体に行き渡らせることはできていない。問題解決の鍵にはならないようだ。
塩漬けはされているけど、それを瓶詰めにしたら長持ちしないかな?
干物や燻製にもできそう。瓶詰めより運送が楽だ。
「ん? あれは何ですか?」
漁師さんのところで獲れたて新鮮な魚を見学していた私は、少し離れたところのカゴに目を留めた。
近づいてみればこちらにもエビやイカに貝がたくさん。私にはお宝の山に見えていたんだけど。
「ああ、これは悪魔の眷属どもですよ。どうしても網や針に引っかかってくるんでね」
出たよ悪魔。ということは、これも食べてはいないわけね。
自慢じゃないけど私はタコもイカも捌ける。高校時代にバイトしてたお店で教えてもらった。
まだ生きているイカを素手できゅっと締めたら、領主様と漁師さんは色を変えて動かなくなったイカと私を見比べた。
「ナイフを貸してください。あと、ニンニクと塩と油」
ドン引きされながら作ったのはイカのガーリックソテー。
貝は酒蒸し、タコは唐揚げ、エビは半分に割って殻ごと塩焼きに。カニ、エビ、貝をふんだんに使った超豪華うしお汁も。
「タコやイカに毒はありません。二枚貝はあたる可能性もありますが、基本的にはしっかり火を通せば大丈夫です。プリプリでおいしいですよ。はい、どうぞ」
って、ここはお屋敷じゃないんだった。また「痴女め!」と罵られてしまう。
うっかり領主様の口元に持っていったタコの唐揚げを引っ込めようとしたら、領主様はそのままパクッと食べた。呆気にとられる私と漁師の皆さん。
領主様が「うまい」と言うと、漁師さんたちも引きつった顔で食べ始めた。目の前で起きた珍事など忘れた様子で「悪魔の眷属なのにけっこうイケる」と目の色を変えている。
領主様も涼しい悪人面でイカを食べている。遠巻きに見ていた漁師さんの奥様方も呼び寄せて、うしお汁を振る舞ったりしている。
まさかの「あーん」成功でドキドキしているのは私だけってこと?
「……っ」
そ、そんなことより。
イカスミパスタや塩辛なんて作ったら卒倒してしまうんじゃないかな。かに味噌とかは?
そう遠くない日には受け入れられそうな気もする。
貝殻は破裂に注意しながら焼いて砕いたものを畑に蒔いておいた。ジャガイモがよく育った。
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