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城の正面、公用の館の大きな扉が開くと、少し冷たい風が顔にあたる。
「寒くないですか?」
ラウがシュリの半歩後ろから、傷を心配し声を掛けた。
「神国は温暖な国だと聞いた事があります」
「そうだな、私の国はここより暖かい。日によっては暑い日もある。
でも、ここも……昼間なら、まだ平気みたいだ」
石畳の庭を歩きながらシュリが答える。
「そうですね。
この国は日が落ちると一気に気温が下がりますが、日中ならまだ凌げるかと……」
言いかけてラウが急に言葉を止めた。
「……どうした?」
振り返ったシュリの視線の中でラウは何も言わず、杖を支えにしてその場に片膝を付き、地面へ手を伸ばしていた。
その指の先……石畳の隙間のわずかに残った土の間から、小さな薄蒼の花が顔を覗かせている。
「花……」
シュリも嬉しそうに屈み込もうとした時だった。
プツ。
微かな音と供にその花は、ラウの指で手折られていた。
「あっ……」
思わずシュリが声をあげる。
「どうして……どうしてだラウ!
なぜ折った!」
いきなり大きな声を出すシュリに、今まさにその花を捨てようとしていたラウは不思議そうに顔を向けた。
「どうして……ですか?」
「そうだ……! こんなに寒い場所で、懸命に花をつけたのに!」
唇を噛んで、真っ直ぐな視線で抗議するシュリのその悲しそうな瞳に、ラウは困惑しながら「申し訳ありません」と答えた。
「しかしここでは、城内では草も花も木も、種が落ちる前に全て根絶やしにしてしまうのが決まり。
陛下のご命令ですので、皆そうしております」
ラウが静かに頭を下げる。
「草も花もみんな……?
だからここの庭は一本の木さえ無いのか?
どうしてそんな事を……!」
何もない、ただ無機質な石が敷き詰められただけの冷然とした広場を見ながらシュリが呟いた。
そして、今まさにその冷たい場所へ捨てられようとしていた、ラウの指先の小さな花。
それをすくい取るようにシュリが両手を差し出すと、置かれた感覚さえ感じ取れない程のか弱い花が、そっとその手に乗せられた。
「樹木は燃えます。花も草も同じこと。
戦になり火を放たれれば、ひとたまりもありません。
ですから、ここにあるのは燃えない石だけなのです」
「……戦、戦……。
ここは……この国は、全てが戦の為にあるのか……」
シュリは悔しそうにそう言うと、手の中の小さな花を一度両手で包み込んだ後、そっと自分のシャツの胸ポケットへ護るように挿し入れた。
「城の外には、山も川も木も……自然はたくさんあります。
街には花も草も広場も公園も……。
無いのは塀の中、城内だけです。
この国の全てがそうだとは……どうか思わないでください」
寂しそうなラウの声だった。
シュリは小さく息を吐き「大きな声を出して悪かった……」と、諦めたように言うと、またゆっくりと歩き出す。
その寂しそうな背中を追うようにラウも後に続いた。
「私も街に戻れば花を愛で、木陰で休みます。
なのに……城内では、これが当たり前だと思っておりました。
いつの間にか、少し感覚が麻痺していたのかもしれません」
本当に、城内に樹木や草花が無いことを不思議に思ったことなど一度も無かったのだ。
特別に見たいと、そう願った事さえ無かった。
そういう物は、街に戻ればいくらでも普通にあったからだ。
だが、この皇子は違う。
ここから出られないのだ。
もし陛下が城外へ出る事を認めなければ、もう一生、草花や木に触れる事も、見る事もさえもできないだろう……。
それは決して大袈裟ではなく、ガルシアの性格を知っていれば、十分に考えられる事だった。
それで木が見たいと……。
以前、シュリが呟いた言葉をラウは思い出していた。
「シュリ様、城の裏手へ参りましょう」
「裏……?」
黙ったまま前を歩くシュリにラウが声を掛け、横へ並ぶ。
「はい、手は届きませんが、きっと喜んでいただけるかと」
「寒くないですか?」
ラウがシュリの半歩後ろから、傷を心配し声を掛けた。
「神国は温暖な国だと聞いた事があります」
「そうだな、私の国はここより暖かい。日によっては暑い日もある。
でも、ここも……昼間なら、まだ平気みたいだ」
石畳の庭を歩きながらシュリが答える。
「そうですね。
この国は日が落ちると一気に気温が下がりますが、日中ならまだ凌げるかと……」
言いかけてラウが急に言葉を止めた。
「……どうした?」
振り返ったシュリの視線の中でラウは何も言わず、杖を支えにしてその場に片膝を付き、地面へ手を伸ばしていた。
その指の先……石畳の隙間のわずかに残った土の間から、小さな薄蒼の花が顔を覗かせている。
「花……」
シュリも嬉しそうに屈み込もうとした時だった。
プツ。
微かな音と供にその花は、ラウの指で手折られていた。
「あっ……」
思わずシュリが声をあげる。
「どうして……どうしてだラウ!
なぜ折った!」
いきなり大きな声を出すシュリに、今まさにその花を捨てようとしていたラウは不思議そうに顔を向けた。
「どうして……ですか?」
「そうだ……! こんなに寒い場所で、懸命に花をつけたのに!」
唇を噛んで、真っ直ぐな視線で抗議するシュリのその悲しそうな瞳に、ラウは困惑しながら「申し訳ありません」と答えた。
「しかしここでは、城内では草も花も木も、種が落ちる前に全て根絶やしにしてしまうのが決まり。
陛下のご命令ですので、皆そうしております」
ラウが静かに頭を下げる。
「草も花もみんな……?
だからここの庭は一本の木さえ無いのか?
どうしてそんな事を……!」
何もない、ただ無機質な石が敷き詰められただけの冷然とした広場を見ながらシュリが呟いた。
そして、今まさにその冷たい場所へ捨てられようとしていた、ラウの指先の小さな花。
それをすくい取るようにシュリが両手を差し出すと、置かれた感覚さえ感じ取れない程のか弱い花が、そっとその手に乗せられた。
「樹木は燃えます。花も草も同じこと。
戦になり火を放たれれば、ひとたまりもありません。
ですから、ここにあるのは燃えない石だけなのです」
「……戦、戦……。
ここは……この国は、全てが戦の為にあるのか……」
シュリは悔しそうにそう言うと、手の中の小さな花を一度両手で包み込んだ後、そっと自分のシャツの胸ポケットへ護るように挿し入れた。
「城の外には、山も川も木も……自然はたくさんあります。
街には花も草も広場も公園も……。
無いのは塀の中、城内だけです。
この国の全てがそうだとは……どうか思わないでください」
寂しそうなラウの声だった。
シュリは小さく息を吐き「大きな声を出して悪かった……」と、諦めたように言うと、またゆっくりと歩き出す。
その寂しそうな背中を追うようにラウも後に続いた。
「私も街に戻れば花を愛で、木陰で休みます。
なのに……城内では、これが当たり前だと思っておりました。
いつの間にか、少し感覚が麻痺していたのかもしれません」
本当に、城内に樹木や草花が無いことを不思議に思ったことなど一度も無かったのだ。
特別に見たいと、そう願った事さえ無かった。
そういう物は、街に戻ればいくらでも普通にあったからだ。
だが、この皇子は違う。
ここから出られないのだ。
もし陛下が城外へ出る事を認めなければ、もう一生、草花や木に触れる事も、見る事もさえもできないだろう……。
それは決して大袈裟ではなく、ガルシアの性格を知っていれば、十分に考えられる事だった。
それで木が見たいと……。
以前、シュリが呟いた言葉をラウは思い出していた。
「シュリ様、城の裏手へ参りましょう」
「裏……?」
黙ったまま前を歩くシュリにラウが声を掛け、横へ並ぶ。
「はい、手は届きませんが、きっと喜んでいただけるかと」
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