華燭の城

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 ナギが来てからというもの、宴は行われていない。
 宴を開けば、身分が下である自分が引き立てる側に回る。
 ガルシアにはそれが耐えられなかった。

 そして何よりも、ナギ本人が、
『自分のための宴ならば、そんな気遣いは無用』
 と言ったからだ。

 その一言が、ガルシアの神経を逆撫でた。
 別にナギのためなどと、微塵も思ってはいない。
 だからこそ余計に腹が立った。

 “誰がお前のような生意気な小僧の為に、
 財を投じてまで宴を開いてやらねばならんのだ!” 

 そう言い返したかった。
 言えるものならば……。

 結果的に互いの利害は一致し、宴は中断になったが、今夜もまた、ナギが個人的にシュリと話がしたいと申し入れて来たことで、ガルシアの腹の底の怒りは、益々その度合いを増した。
 
 こうも昼夜問わずシュリを連れ出されたのでは、いつも自分が同席、というわけにいかない。
 だが二人きりにもできない。
 結果、ガルシアはサロンと呼ばれる、この城でも比較的小規模な茶会用の部屋を指定し “給仕” の名目であのオーバストを張り付かせた。
 
 食事程ではないにしても、相手は帝国皇太子殿下。
 給仕ぐらいいても、不思議はないだろう、という言い訳の上に立った苦肉の策だった。
 部屋が小さければ、秘密の話はできない。
 それでなんとかなる……とガルシアは思うしかなかった。

 しかし、どうにもならないのは自分自身だった。
 ナギがシュリを呼べば、当然の事だが、自分はあの石牢へ呼ぶ事ができない。
 同席しているラウも居ない。
 自身の身体に溜まった欲を吐き出す場所がない。
 ガルシアは、今日もただ苛立っていた。



 夕刻、いつものように自室でラウと二人、食事を済ませ、ソファーに座っていると扉がノックされた。呼ぶ声はオーバストだ。
 応対に出たラウは、オーバストと何事か会話をしながら数度頷いた後、扉を閉めシュリに向き直った。

「どうした? ガルシアか……?」

 この時間、側近が何かを伝えに来るのは、いつもあの部屋への呼び出しだった。
 シュリの声が小さくなる。

「いえ、ナギ殿下がシュリと話しをしたいと。1時間後にサロンだそうです」
「ガルシアも一緒か?」
「陛下は来られず、オーバストだけのようです」
「そうか、わかった」

 ホッとした表情を見せながらも、ラウとの穏やかな時間が削られた事に寂しさは隠せない。

「シュリ、そんな顔をしてはダメですよ。
 私もご一緒しますし、いつもお側におります」
 その気持ちを汲み取ってか、ラウがシュリに微笑みかける。

「そうだな……」
 シュリも無理矢理、笑顔を作る。

「さぁ、あと1時間しかありません。準備をしなければ」

 ラウは敢えて明るい声を出し、シュリの手を取るとベッドへと誘導し座らせた。

「着替えの前に手当をしておきましょう。
 薬は夕食の前でしたから、このまま日付が変わるぐらいまでは大丈夫でしょう」

 ラウは懐中時計を見ながらそう言うと、座らせたシュリのシャツのボタンを外し、包帯を解いていく。
 体中にある無数の傷、切られ灼かれた深い物はまだ塞がっていない。

「用心のために、少し強めに巻いておきますね」

 あの殿下の事だ。
 サロンで話し……と言いながら、何か突拍子もない事を言い始めたとしてもおかしくない。
 しかもこちらは、その誘いを断われる立場にない。
 
 こんな時間から乗馬などと言う事はあり得ないが『ダンスでも!』ぐらいなら十分に考えられるだけに、丁寧に消毒をし、再び包帯を巻き始めたラウはそう言った。
 
 万が一にでも、殿下の前でシャツに血が滲む……。
 そんな事があっては困るのだ。

 シュリは目の前で跪くラウの肩に手を置き、クッと唇を噛んでその痛みに耐えていた。

「……これでいかがですか? お辛くはありませんか?」

 しばらくしてラウが顔を上げると「大丈夫」シュリは小さく頷いた。
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