114 / 199
- 113
しおりを挟む
「……!!」
ナギが一瞬驚いた表情でシュリを見た。
そして、そんな事は無理だと激しく首を振る。
「や、やめろっ……!
そんな……! お前まで……落ちるぞ……!」
「ナギ! 大丈夫!」
「でも……!!」
「……怖がるな!
私を信じて、こっちを見て! ……そのままじっとして!!」
シュリが安心させるように大きく頷き、微笑んで見せると、ナギは強張った表情ながらも、何度も頷き返した。
「レヴォルト、良い子だ。
このまま殿下の隣を走ってくれ、頼んだぞ」
道は幸いにして真っ直ぐだ。
黒馬の首に手をあて、そっと囁くように言い聞かせると、シュリは鐙から右足を外した。
しかし、いくらシュリと言えど、そんな曲芸まがいの事はしたことが無い。
でも今は、それしか手立てが無かった。
やるしかない……。
鞍の上に片脚を置き、いつでも飛び移れるように白馬の動きを睨む。
だがその不安定な体勢は、跨っている状態とは違い、馬の揺れを吸収できず衝撃がまともに脚から体へと伝わる。
曲げた膝が胸を圧迫し、体重を掛けた脚の傷が痛む。
「……ツっ……」
思わず顔を顰めた。
それでも右手に握った手綱だけで速度と位置を調整しながら、白馬を刺激しないように、できる限りレヴォルトを近付ける。
左腕をナギへと伸ばし、上下する二頭の動きを計り、飛び移るタイミングを探った。
耳の横を過ぎる風音。
その合間に聞こえる二頭の蹄の音が、重なり合う……。
今だ……!
シュリの右足は、微塵の躊躇もなくレヴォルトの背を蹴り、白馬へと飛び移った。
「…………ッグっ……ッ……!」
着馬の瞬間、無理な体勢からの跳躍と、全身でナギごと抱え込んだ衝撃で体に鋭い痛みが走り、思わず声を上げた。
傷が……開いたか……。
左腕でしっかりとナギを抱きとめたシュリの顔が歪む。
「……シュリ……」
その異変に、ナギが伏せていた顔を上げる。
「もう……大丈夫です……。
……手綱を私に……」
後ろからナギを抱きかかえるようにしながら、真っ直ぐに前を向き、シュリは、ナギが握り締めていた手綱を譲り取った。
「……シュリ……!」
恐怖から解放された安堵からか、額に大粒の汗をにじませたナギがグッとしがみつき、その痛みに、シュリはまた声を上げそうになる。
「ナギ……お願いです……。
もう力を抜いてください……私に全てを任せて……」
その声に、ようやくナギの体から、ほんのわずかに力が抜ける。
その時すでに、シュリは馬の主導をとっていた。
「大丈夫だ、落ち着け……。
もう怖くない、大丈夫だから……」
そう白馬に言い聞かせる。
隣では、手綱を離され自由になったレヴォルトが、逃げる事もせず、仲間を守るように、宥めるように、ピッタリと寄り添い走り続けている。
このレヴォルトの存在も、白馬を安心させたのだろう。
シュリを、自分を任せられる主と認識し、何も恐れる事は無いとわかったのか、その扶助に従い、徐々に速度を落としながら、ゆっくりと冷静さを取り戻していった。
やがて馬は、何事も無かったかのように落ち着いて歩みを止めた。
シュリは先に馬から降りると、ナギに手を差し出した。
「……ありがとう、シュリ……」
ナギは申し訳なさそうにその手を取り、無事に地上へと降り立つと、一気に力が抜けたのか、そのままヘナヘナと座り込んだ。
「殿下、大丈夫ですか?
お体は……お怪我などされていませんか?」
横に跪き、顔を覗き込むシュリに、
「ああ……大丈夫だ……。
お前のお陰で怪我もない……」
「よかった……」
シュリは安堵しながらも、
「無茶しすぎです」
そう窘める事も忘れはしなかった。
「悪かった、謝る。
本当に助かった、ありがとう、シュリ」
シュリの小言を、うんうん……と頷き、うな垂れながら、ひとしきり聞いて、座り込んだままのナギはゆっくりと顔を上げた。
そして「あれは……」と、思わず声を漏らした。
シュリもその視線を追い、振り返る。
その目線の先、豊かな蒼い木々に囲まれて、ひっそりと佇む澄んだ湖があった。
あの城裏の、巨大な湖の一部なのだろうが、何かの地動でここだけが堰き止められたのか、その湖の正面奥には、隆起した部分……高さこそ無いが、幅10mはあろうかという滝が、幾重にも複雑に重なり合い、連段の滝となってその姿を見せていた。
その流れ落ちる水飛沫が、木漏れ日にキラキラと輝いている。
この世の楽園を描けと言われれば、こんな絵になるのではないかと思う程のその美しさに、二人は暫し目を奪われていた。
そして同時に顔を見合わせると、ナギが「行こう!」と立ち上がった。
ラウ達がそこへ着いた時、ナギは裾を膝まで捲り上げ湖の中に入り、二頭の馬に水を飲ませ休ませている所だった。
シュリはすぐ横の岩に腰を掛け、静かにその様子を見つめている。
輝く湖に二人の若き皇子と二頭の馬。
その美しき光景に、それまで必死の形相でナギ達を追って来たヴィルも、思わずヒューと小さく口笛を鳴らしたほどだった。
その音に振り返ったナギが「ヴィル!」と声をあげ、手を振った。
ラウとヴィルが馬を降り湖岸に寄ると、ナギは湖から上がり二人の方へ走り寄る。
「ナギ! この大馬鹿野郎が!
いきなり、ひとりで突っ走って! 何やってるんだ!」
ヴィルが怒鳴った。
ナギが一瞬驚いた表情でシュリを見た。
そして、そんな事は無理だと激しく首を振る。
「や、やめろっ……!
そんな……! お前まで……落ちるぞ……!」
「ナギ! 大丈夫!」
「でも……!!」
「……怖がるな!
私を信じて、こっちを見て! ……そのままじっとして!!」
シュリが安心させるように大きく頷き、微笑んで見せると、ナギは強張った表情ながらも、何度も頷き返した。
「レヴォルト、良い子だ。
このまま殿下の隣を走ってくれ、頼んだぞ」
道は幸いにして真っ直ぐだ。
黒馬の首に手をあて、そっと囁くように言い聞かせると、シュリは鐙から右足を外した。
しかし、いくらシュリと言えど、そんな曲芸まがいの事はしたことが無い。
でも今は、それしか手立てが無かった。
やるしかない……。
鞍の上に片脚を置き、いつでも飛び移れるように白馬の動きを睨む。
だがその不安定な体勢は、跨っている状態とは違い、馬の揺れを吸収できず衝撃がまともに脚から体へと伝わる。
曲げた膝が胸を圧迫し、体重を掛けた脚の傷が痛む。
「……ツっ……」
思わず顔を顰めた。
それでも右手に握った手綱だけで速度と位置を調整しながら、白馬を刺激しないように、できる限りレヴォルトを近付ける。
左腕をナギへと伸ばし、上下する二頭の動きを計り、飛び移るタイミングを探った。
耳の横を過ぎる風音。
その合間に聞こえる二頭の蹄の音が、重なり合う……。
今だ……!
シュリの右足は、微塵の躊躇もなくレヴォルトの背を蹴り、白馬へと飛び移った。
「…………ッグっ……ッ……!」
着馬の瞬間、無理な体勢からの跳躍と、全身でナギごと抱え込んだ衝撃で体に鋭い痛みが走り、思わず声を上げた。
傷が……開いたか……。
左腕でしっかりとナギを抱きとめたシュリの顔が歪む。
「……シュリ……」
その異変に、ナギが伏せていた顔を上げる。
「もう……大丈夫です……。
……手綱を私に……」
後ろからナギを抱きかかえるようにしながら、真っ直ぐに前を向き、シュリは、ナギが握り締めていた手綱を譲り取った。
「……シュリ……!」
恐怖から解放された安堵からか、額に大粒の汗をにじませたナギがグッとしがみつき、その痛みに、シュリはまた声を上げそうになる。
「ナギ……お願いです……。
もう力を抜いてください……私に全てを任せて……」
その声に、ようやくナギの体から、ほんのわずかに力が抜ける。
その時すでに、シュリは馬の主導をとっていた。
「大丈夫だ、落ち着け……。
もう怖くない、大丈夫だから……」
そう白馬に言い聞かせる。
隣では、手綱を離され自由になったレヴォルトが、逃げる事もせず、仲間を守るように、宥めるように、ピッタリと寄り添い走り続けている。
このレヴォルトの存在も、白馬を安心させたのだろう。
シュリを、自分を任せられる主と認識し、何も恐れる事は無いとわかったのか、その扶助に従い、徐々に速度を落としながら、ゆっくりと冷静さを取り戻していった。
やがて馬は、何事も無かったかのように落ち着いて歩みを止めた。
シュリは先に馬から降りると、ナギに手を差し出した。
「……ありがとう、シュリ……」
ナギは申し訳なさそうにその手を取り、無事に地上へと降り立つと、一気に力が抜けたのか、そのままヘナヘナと座り込んだ。
「殿下、大丈夫ですか?
お体は……お怪我などされていませんか?」
横に跪き、顔を覗き込むシュリに、
「ああ……大丈夫だ……。
お前のお陰で怪我もない……」
「よかった……」
シュリは安堵しながらも、
「無茶しすぎです」
そう窘める事も忘れはしなかった。
「悪かった、謝る。
本当に助かった、ありがとう、シュリ」
シュリの小言を、うんうん……と頷き、うな垂れながら、ひとしきり聞いて、座り込んだままのナギはゆっくりと顔を上げた。
そして「あれは……」と、思わず声を漏らした。
シュリもその視線を追い、振り返る。
その目線の先、豊かな蒼い木々に囲まれて、ひっそりと佇む澄んだ湖があった。
あの城裏の、巨大な湖の一部なのだろうが、何かの地動でここだけが堰き止められたのか、その湖の正面奥には、隆起した部分……高さこそ無いが、幅10mはあろうかという滝が、幾重にも複雑に重なり合い、連段の滝となってその姿を見せていた。
その流れ落ちる水飛沫が、木漏れ日にキラキラと輝いている。
この世の楽園を描けと言われれば、こんな絵になるのではないかと思う程のその美しさに、二人は暫し目を奪われていた。
そして同時に顔を見合わせると、ナギが「行こう!」と立ち上がった。
ラウ達がそこへ着いた時、ナギは裾を膝まで捲り上げ湖の中に入り、二頭の馬に水を飲ませ休ませている所だった。
シュリはすぐ横の岩に腰を掛け、静かにその様子を見つめている。
輝く湖に二人の若き皇子と二頭の馬。
その美しき光景に、それまで必死の形相でナギ達を追って来たヴィルも、思わずヒューと小さく口笛を鳴らしたほどだった。
その音に振り返ったナギが「ヴィル!」と声をあげ、手を振った。
ラウとヴィルが馬を降り湖岸に寄ると、ナギは湖から上がり二人の方へ走り寄る。
「ナギ! この大馬鹿野郎が!
いきなり、ひとりで突っ走って! 何やってるんだ!」
ヴィルが怒鳴った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
76
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる