華燭の城

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「……!!」

 ナギが一瞬驚いた表情でシュリを見た。
 そして、そんな事は無理だと激しく首を振る。

「や、やめろっ……!
 そんな……! お前まで……落ちるぞ……!」

「ナギ! 大丈夫!」

「でも……!!」

「……怖がるな!
 私を信じて、こっちを見て! ……そのままじっとして!!」

 シュリが安心させるように大きく頷き、微笑んで見せると、ナギは強張った表情ながらも、何度も頷き返した。

「レヴォルト、良い子だ。
 このまま殿下の隣を走ってくれ、頼んだぞ」

 道は幸いにして真っ直ぐだ。
 黒馬の首に手をあて、そっと囁くように言い聞かせると、シュリはあぶみから右足を外した。

 しかし、いくらシュリと言えど、そんな曲芸まがいの事はしたことが無い。
 でも今は、それしか手立てが無かった。

 やるしかない……。
 鞍の上に片脚を置き、いつでも飛び移れるように白馬の動きを睨む。
 
 だがその不安定な体勢は、跨っている状態とは違い、馬の揺れを吸収できず衝撃がまともに脚から体へと伝わる。
 曲げた膝が胸を圧迫し、体重を掛けた脚の傷が痛む。

「……ツっ……」 
 思わず顔を顰めた。

 それでも右手に握った手綱だけで速度と位置を調整しながら、白馬を刺激しないように、できる限りレヴォルトを近付ける。
 左腕をナギへと伸ばし、上下する二頭の動きを計り、飛び移るタイミングを探った。

 耳の横を過ぎる風音。
 その合間に聞こえる二頭のひづめの音が、重なり合う……。

 今だ……!

 シュリの右足は、微塵の躊躇もなくレヴォルトの背を蹴り、白馬へと飛び移った。

「…………ッグっ……ッ……!」

 着馬の瞬間、無理な体勢からの跳躍と、全身でナギごと抱え込んだ衝撃で体に鋭い痛みが走り、思わず声を上げた。
 傷が……開いたか……。
 左腕でしっかりとナギを抱きとめたシュリの顔が歪む。

「……シュリ……」
 その異変に、ナギが伏せていた顔を上げる。

「もう……大丈夫です……。
 ……手綱を私に……」

 後ろからナギを抱きかかえるようにしながら、真っ直ぐに前を向き、シュリは、ナギが握り締めていた手綱を譲り取った。

「……シュリ……!」

 恐怖から解放された安堵からか、額に大粒の汗をにじませたナギがグッとしがみつき、その痛みに、シュリはまた声を上げそうになる。

「ナギ……お願いです……。
 もう力を抜いてください……私に全てを任せて……」

 その声に、ようやくナギの体から、ほんのわずかに力が抜ける。
 その時すでに、シュリは馬の主導をとっていた。

「大丈夫だ、落ち着け……。
 もう怖くない、大丈夫だから……」
 そう白馬に言い聞かせる。

 隣では、手綱を離され自由になったレヴォルトが、逃げる事もせず、仲間を守るように、なだめるように、ピッタリと寄り添い走り続けている。
 
 このレヴォルトの存在も、白馬を安心させたのだろう。
 シュリを、自分を任せられる主と認識し、何も恐れる事は無いとわかったのか、その扶助に従い、徐々に速度を落としながら、ゆっくりと冷静さを取り戻していった。
 
 やがて馬は、何事も無かったかのように落ち着いて歩みを止めた。
 シュリは先に馬から降りると、ナギに手を差し出した。

「……ありがとう、シュリ……」
 ナギは申し訳なさそうにその手を取り、無事に地上へと降り立つと、一気に力が抜けたのか、そのままヘナヘナと座り込んだ。

「殿下、大丈夫ですか?
 お体は……お怪我などされていませんか?」

 横に跪き、顔を覗き込むシュリに、
「ああ……大丈夫だ……。
 お前のお陰で怪我もない……」

「よかった……」

 シュリは安堵しながらも、
「無茶しすぎです」
 そうたしなめる事も忘れはしなかった。

「悪かった、謝る。
 本当に助かった、ありがとう、シュリ」

 シュリの小言を、うんうん……と頷き、うな垂れながら、ひとしきり聞いて、座り込んだままのナギはゆっくりと顔を上げた。
 そして「あれは……」と、思わず声を漏らした。
 シュリもその視線を追い、振り返る。


 その目線の先、豊かな蒼い木々に囲まれて、ひっそりとたたずむ澄んだ湖があった。
 あの城裏の、巨大な湖の一部なのだろうが、何かの地動でここだけがき止められたのか、その湖の正面奥には、隆起した部分……高さこそ無いが、幅10mはあろうかという滝が、幾重にも複雑に重なり合い、連段の滝となってその姿を見せていた。
 その流れ落ちる水飛沫が、木漏れ日にキラキラと輝いている。

 この世の楽園を描けと言われれば、こんな絵になるのではないかと思う程のその美しさに、二人は暫し目を奪われていた。
 そして同時に顔を見合わせると、ナギが「行こう!」と立ち上がった。


 ラウ達がそこへ着いた時、ナギは裾を膝まで捲り上げ湖の中に入り、二頭の馬に水を飲ませ休ませている所だった。
 シュリはすぐ横の岩に腰を掛け、静かにその様子を見つめている。

 輝く湖に二人の若き皇子と二頭の馬。
 その美しき光景に、それまで必死の形相でナギ達を追って来たヴィルも、思わずヒューと小さく口笛を鳴らしたほどだった。
 その音に振り返ったナギが「ヴィル!」と声をあげ、手を振った。

 ラウとヴィルが馬を降り湖岸に寄ると、ナギは湖から上がり二人の方へ走り寄る。

「ナギ! この大馬鹿野郎が!
 いきなり、ひとりで突っ走って! 何やってるんだ!」
 ヴィルが怒鳴った。
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