華燭の城

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 白馬が驚きのあまりいななき、前足を大きく振り上げた。
 その声に、飛び出した野狐の方も道の中央で立ちすくみ、目前の巨体を鋭い目で凝視したまま、恐怖で動けなくなっている。

「……ぅっ…………ぅわぁぁあああっ!!」

 二本足立つ馬から振り落とされまいと、ナギが手綱にしがみつく。
 その手綱で、益々馬は冷静さを失い、上げた前足が地面に着くと同時、いきなり全速力で走り出した。

「殿下!」

 恐怖で見境つかなくなった馬は、狂ったように走り続ける。
 ナギはもう、それを制御する事もできず、ただ落ちまいと、首にしがみつくだけで精一杯だ。

「殿下! 絶対に手を離さないで!」
 追いついたシュリがナギの斜め後ろを走りながら叫ぶ。

「わかって……るっ……」
 かろうじてナギが返事をする。
 まだこちらの声を聞く余裕はあるようだが、一刻の猶予もならないのは明らかだった。

 どうすれば……。
 追走しながら必死に考えるシュリの目に、二手に分かれた道が飛び込んだ。

「まずい……」

 シュリはチラと後ろを振り返った。
 引き離してしまったのか、もう誰の姿も見えはしない。

「クッ……」
 唇を噛んだ。

 あの城裏から見た巨大な森の中に自分達はいる。
 もしここで道の選択を誤れば、本当にはぐれてしまう。
 そして、その選択した道がどこまで続いているか、保証はない。
 いきなり断崖にでも出たら、馬は止まり切れずそのまま……。
 最悪のイメージを払拭するようにシュリは頭を振った。

 その時、ラウの言葉がシュリの脳裏をよぎった。

『湖を北側から迂回して、
 途中の分岐を南西へ向かうと、滝に出る……』

 南西……。
 空を見上げる。
 午後の陽が上がっている。
 
 そこまでの思考はほんのわずか、刹那の時間だった。

 シュリは再びレヴォルトに鞭を入れるとナギを追い抜き、白馬の右手斜め前に出て並走した。
 直後、二頭はそのまま一塊になって分岐へ突っ込んだが、白馬は右手側をシュリに塞がれ、進路を左に向けるしかできなかった。南西へ向けて……。

 これで方角は間違っていない。
 だが、シュリが安堵したのも束の間だった。

 並走して見たナギはもう握力も限界なのか、苦しそうに下を向いたまま手綱を握り締め、馬の首にしがみつき目を閉じている。

「……殿下!!」

 もう返事さえ返ってこなかった。

 あれでは余計に馬が怯え、止める事などできはしない。
 落馬も時間の問題だ。

「……殿下! 殿下!! ……ナギ!!」

 名を呼ばれ、ナギがハッと顔を上げた。

「ナギ! そちらへ移る!」
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