華燭の城

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「遅いぞ!」
 シュリが一歩、室内に踏み入れると同時、ガルシアの低い声が響いた。

 そのガルシアの前に、幾重にも並んで立つ男達が一斉に振り返る。
 軍用会議にでも使うのか、テーブルと椅子だけが多く並べられた広い部屋に、男達が30人以上。
 全員が同じ黒服を着たガルシアの側近だった。
 その男達が、中央のテーブルに着くガルシアを守るよう立っている。
 ガルシアの隣、側近たちの中心に居るのは、やはりあのオーバストだ。

 オーバストはシュリと目が合うと、ふっと困惑したように視線を反らし、下を向いた。
 先日の、あのガルシアの部屋で見たシュリの暴辱された姿を思い出したのだろう。
 だがシュリはそんな事には構いもせず、ガルシアに向き直った。

「今、外はどうなっているんだ……」

 尋ねるシュリに、ガルシアは面倒臭そうな視線をチラと返した。
 だが、それだけだった。

 そのまま全員が無言。
 誰ひとり、口を開く者は居ない。

 暖炉も窓もなく、前後に扉が一つずつあるだけの部屋は完全に締め切られ、外の風音さえも聞こえず、ただシンと静まり返っていた。

 ラウは入り口近くの椅子の一つをシュリに勧め、座らせると、
「大丈夫ですか? 寒くありませんか?」
 腰を折り、シュリの耳元で小さく尋る。

 シュリも黙って頷きを返しただけだった。



 ここでどれくらいの時間が経ったのか……。

 緊迫した空気と、テーブルの上の燭台に置かれた蝋燭の、ジジジと燃える音だけが聞こえる静寂の中、廊下を駆けてくる足音に、シュリは閉じていた目をゆっくりと開けた。

「陛下! 報告致します!
 帝国の近衛が約100! 開城を迫り、制止も聞かず、すでに城内に入ったとの事です! それに続き、西国軍も約100!」

 走り込んで来た同じく黒服の男は、入り口で片膝を付き、頭を下げながらそう告げた。

「ふん、来たか。
 だが、たったのそれだけとは……ワシも甘く見られたものよな」

「現在は城内を順に、しらみつぶしに回っているとの事!
 ここにも、いずれはやってくるかと!」

 西国……。
 やはり、ラウの言った通りだった。

 シュリは、自分を台に縛り付け、針を握り、不気味に見下ろし笑うあの小男の顔を思い出し、思わず拳を握り締める。
 そんなシュリの肩に、ラウの手がそっと寄り添った。

 シュリはその手の温もりに、大丈夫だ……と唇だけで呟く。
 それに対しラウも黙ったまま、小さく頷いただけだった。

「さて。では、そろそろ行くか」

 ガルシアはそんな二人にチラと視線を向け、ニヤリと片唇を上げて笑うと、困惑の色を隠せないシュリや、額に大粒の汗をかきながら走り込んだ側近の焦りを他所に、悠々と腰を上げた。

「場所を変える。皆、ワシについて来い」

「……待て!」
 声を上げたのはシュリだった。

 真実を知ったナギが考えるだろう事はただ一つ。
 自分の救出と、ガルシアへの制裁。
 それはこの凌辱に満ちた生活から解放される事を意味する。

 だが今、何の策も無くナギに事を起こされると、ジーナの薬が止まってしまう。
 そうなれば、今まで耐えてきた事の全てが水の泡になる。

 ジーナの治療が終わるまで、あと数年……。
 いや、せめて必要な薬が確保できるまで……。
 最愛の弟が元気になるという保証が得られるまでの、ほんのわずかな時間稼ぎでもいい。
 
 あと少し……。
 それまでは……。
 
 シュリは焦っていた。

「ガルシア!
 殿下の帝国と西国を相手に、これ以上どこへ行く気だ。 
 どこへ逃げても同じ事。
 ……私に……殿下と話しをさせろ。
 そうすれば、このまま大人しく引き上げていただくように説得する。
 お前にとっても、それが一番良いんじゃないのか……!」

 だがガルシアの答えは、非情に満ちたものだった。
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