華燭の城

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「ラ……ウ……」

 驚き見つめるシュリの声に振り向きもせず、それまで微動だにしなかったラウが、左手に杖を、右手に抜いた剣を握ったまま、真っ直ぐガルシアの前に歩み出た。

「遅いぞ! ラウム!」
 ガルシアがチラリと後ろを振り返り、崖まで、もうわずかな距離しかない事を咎めるように怒鳴った。

「申し訳ありません。
 あのまま、殿下が引き下がってくれれば……と、思ってしまったものですから」

 ラウはそう言うと、ガルシアの横にスッと並び立った。

「まぁいい。こうなったからには、最初の手筈てはず通りにやるだけの事。
 全員、ここで消えてもらえ。手加減も無しだ、存分にやれ!」

「ええ、そのつもりです」

「ラウ……どういう事だ……。
 何故……お前がガルシアを守って……」

 茫然と問い続けるシュリと視線を合わせても、ラウはいつもと変わらない柔らかな微笑みを返すだけだ。

「ラウ……」

「まさか……お前は本物のカラス……」
 フラフラと立ち上がろうとしたシュリを支えながら、オーバストがポツリと呟く。

「カラス? それは何だ! どういう事だ!
 ラウム……! お前はシュリの味方では無かったのか!」

 叫ぶナギにも、ラウは顔色一つ変える事は無かった。
 ただ静かにガルシアに隷従し立っている。 

「陛下には……側近と呼ばれる私兵集団が付いている……。
 だが、我々はあくまでも表……。
 ……この城には……裏のカラスが居るという噂を聞いたことがある……。
 闇夜に紛れ隠密に行動し、常に陛下を守るカラス。
 決して素顔を晒さないゆえに、噂でしかなかった悪魔のカラス……。
 ……ラウムと言う名……まさか本物だったとは……」

「ラウが……ガルシアの……?
 でもその名は、黒髪の事だと……!
 あれは嘘だったのか! ラウ!」

 信じられないと言う風に小さく首を振りながら、シュリはラウに着せてもらったコートの端を握り締める。

 こんなにも温かいのに……。
 ラウが私に嘘……。

「…………答えろ……! ラウ!」 

「ハッハッハッ!」

 豪快な笑い声を上げたのはガルシアだ。

「人間はな、他人が隠した物ほど、探したがる。それを見つけ出そうと躍起になる。
 だから本当に隠したい物は、敢えてよく見える所にぶら下げておくのだ。
 これが真に賢い者のやり方だ。
 シュリ、お前は本当に可哀相なヤツよ。騙されているとも知らずにな。
 ラウムはワシに片脚を捧げた12の時から闇に染まったのだ。
 頭が良く、冷静で、薬にもけ、その上この美しさ。
 この頭脳も体も、最初から全てワシのモノだ」

 そう言うとガルシアは、ラウの腰に手を回し、グイと抱き寄せた。
 ラウは嫌がりもせず、反対に自らもガルシアに体を押し付けるようにして腕を回し、寄り添い密着する。

「どうだ? ワシに対してこの度胸。
 そこらの出来損ないの奴等傭兵とは格が違う!」

 ラウのこの妖猥な返し密着に益々満足したのか、ガルシアは、腰が引け動けなくなっていた自分の側近達に向かって声を上げた。
 事の次第が未だ理解できず、抜いた剣をどうすべきか迷っていた側近達は、そのガルシアの言葉に唇を噛む。

「ああ、シュリよ。ついでにもう一つ、良い事を教えてやろう。
 神国を攻め、お前をさらい、跡継ぎにせよと言い出したのも、このラウムだ。
 戦さを放棄した神国ならば、簡単に落とせるとな。
 全く、こいつの頭の良さには驚かされる。
 おかげでワシはこうしてお前を手に入れ、次期帝国の王として、皇帝の座まで昇り詰めることが出来るのだからな」

「……そんな……! 嘘だ! いい加減な事を言うな!
 ラウは……ラウは…………」

「嘘ではないわ!
 だからワシはお前に忠告したはずだ。
 “己以外、信じるな” とな」

 高笑いを続けるガルシアの横で、ラウは何事も無かったかのように、ガルシアに寄り添い立っているだけだった。
 その静かな瞳は、じっとシュリを見つめ、同情にも似た悲哀さえ浮かべている。

「そんな……。嘘だと言え……ラウ!!」
 
 叫び続けるシュリを他所に、ガルシアは勝ち誇った顔で、ラウの腰に回した腕に力を込める。

「……で? 次の策は何だ?
 お前の指示通り、わざわざこんな所まで奴等をおびき寄せたのだからな。
 策士たるお前の事だ。ここに、何か必勝の罠でも仕掛けてあるのだろう?」

「無論です、お任せください」

 

 だが、その言葉とは反対に、どこまでも静かに時だけが過ぎていく――。
 昇ったばかりの薄月も雲間に隠れ、闇に包まれ始めた湖の崖上で、ガルシアは焦れ始めていた。
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