華燭の城

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「……陛下!!」
 側近達が一斉に叫び、ラウに向かって飛び掛かろうとした。

「動かないでもらいましょうか」

 ガルシアを抱きかかえたまま返り血を浴び、朱に染まったラウが口を開く。

「ガルシアは死んだ。帝国に背信の罪も問われていたのです。
 そんな王にこれ以上忠誠を尽くしても、無駄死にするだけですよ」

 それに対し声を上げたのはオーバストだった。

「側近の……いや、元側近長として私も命じる。
 もうガルシアの意に従う意味はない。
 皆、剣を下ろせ。帝国に抵抗するな」

 その声に、氷のようだったラウの視線がほんの少しだけ緩んだ。

「ありがとう、オーバスト。
 貴方とは最後まで相和できませんでしたが……感謝しています。
 そのまま……これからもシュリを支え、この国を守ってください」

 そして、ひとつ小さく息を吐くと、そのオーバストに抱えられるようにして立っていたシュリに、いつもと同じ穏やかな表情を向けた。

「シュリ……。 
 今まで騙し続けた事、本当に申し訳なく思っています。
 いくら謝っても……あなたをそんな風に傷つけたことは……許されない……。
 だから……」

「ラウ……! 何があったとしても……この命を救ってくれたのはお前だ……!
 その事実が変ることはない……。
 お前を責める事など……」

 両腕を差し出すシュリを拒むように、ラウは小さく首を振った。

「本当に……あなたは優しすぎる。
 あなたの人生を狂わせたのは、この私なのですよ。
 何も無ければ、神国の皇子でいられたあなたを、私は……。
 そんなにお優しくては……この国を託すのが心配になるでしょう?」

「託す? どうしてだ……。
 ラウが……ガルシアの……この王家の血を引くのならば、次の王はお前が……」

「確かにそうだ! 実の子が生きていたんだ。
 ラウム……いや……シヴァ・アシュリーを次の王とするのが、正当な後継だ。
 父親を粛清したのも、ガルシアが帝国に反逆したゆえの事。
 帝国皇太子として、この件は私が引き受ける!
 絶対に! 誰にも咎めさせはしない!」

「殿下、ありがたいお言葉……」

 ラウはすでに事切れたガルシアを抱えたまま、頭を下げた。

「でも私は、ガルシアを殺ると決めた時から、表舞台に戻る事など、望んではいなかった。
 それでは身内を殺し王座に就いたガルシアと同じ。
 私を実子と認めさせ、次期王とする事だけが夢だった養父には申し訳ないが、私はただ、死んだ母の恨みを晴らせれば……。
 ガルシアを葬る事ができればそれでよかったのです」

「ではなぜ!! なぜシュリ様を巻き込んだ!!
 殺すなら、お前達だけで勝手にやっていればいいではないか!!
 どうして……! どうしてシュリ様を…………」

 ジルが悔しさに崩れるように座り込み、暗い石畳を拳で殴りつけながら、必死の叫びをあげた。

「ジル殿……と言われましたか……。
 本当に申し訳ない……」
 
 ラウは、涙を流しながら睨みつける憔悴しきった小さな老人に向かい、深く頭を下げた。

「この国の行く末のため……なのか……?」
 シュリを支えたままのオーバストが呟く。

「陛下がいなくなれば、この国は脆弱……。
 バラバラになったこの国は、すぐに他国に攻め入れられる……。
 それを守るために……」

「ええ、その通りです。
 身勝手だと思われるでしょうが……」

 ラウは顔を上げるとジルを見つめた。

「私にも守りたい者がいた。
 育った街に暮らす人々、養父……。
 この城の使用人達と、その家族、友人……。
 そしてこの国の全ての民……。 
 私はガルシアに復讐こそ誓ったが、この国を潰したいわけではない。
 広大な土地と多くの国民、優れた産業……。
 巨大で豊かなこの国は、常に他国から狙われている。
 にも関わらず、国の大きさだけに胡坐あぐらをかき、ひとりでは何も決められず、ガルシアの顔色を窺いながら、私利私欲に走る役人達……。
 善悪は別として……。
 ガルシアには確かに統率者としての資質があった。有無を言わさぬ強さがあった。
 ガルシアひとりで建っていたこの国の王が居なくなれば、他国に攻め入れられ、ひと溜りもない……。
 このもろさを知った時、私はこの国の “王” という存在の必要性に気がついた。
 私は、この国を守りたかった……」

「それで……シュリを選んだのか……。
 ガルシア亡き後、速やかにこの国をまとめるには、皆が認める王が必要……。
 それは絶大な信頼と、信用に足る人物でなければならない……」
 
 そう問うナギにラウは頷いた。

「ええ……。 
 シュリならば……神の子ならば誰も文句は言わない。
 神の子が統べる国ならば、私の故郷としてのこの国も、恒久に安泰。
 だから、どんな手を使っても、シュリを連れてくるべきだと……そうガルシアに進言した。
 ガルシアが神という存在を嫌っていたのはわかっていたし『貴方がその神の上に立つのだ』と、甘い言葉であおれば、ガルシアはすぐに私の思い通り、その気になった。
 だが……私の誤算はそこからだった……」
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