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 マンションの部屋には重苦しい空気が漂っていた。
 
 PC画面で点滅するポイントは激減していた。
 バツばかりの画面を睨むように見つめ、オヤジはずっと黙り込んでいる。

 ここ数日で一気にポイントが減った。
 以前は追いかけても追いかけても増え続ける光点にキレかけていたオヤジだったが、今は少しでも増えてくれと願っていた。
 
 全てのポイントが無くなる。
 それは匠を失うという事だった。


「少し、空気入れ替えましょう」
 深月がオヤジの横にコーヒーカップを置き、窓を開けながら言った。

「んん? ……ああ……そうだな……」
「昼間、匠さんの部屋も風を通しておきました」
「んん? ……ああ……サンキュ……」
「浅葱さんは……?」
「んん? ……ああ、出かけた……」
 
 ……心ここに在らず。だった。




 浅葱は一人、車を走らせていた。
 車内には音もなく、ただタイヤが拾う高速道路の規則正しい路面音だけが聞こえている。
 インカムは付けているが、今、オヤジが呼びかけてくることは無い。
 それは浅葱もオヤジも同じ。
 お互いという存在を良く理解しているからだ。

 深夜の高速は車も少ない。
 運転しながら浅葱は昔の事を思い出していた。

 組織に入ってからの事……。
 仲間の事……。

 以前の浅葱は一匹狼だった。
 口下手で、他人と上手くやっていく、折り合いを付ける……そういうコミュニケーションという物が苦手で群れるのを嫌がった。
 組織にいれば多少のお世辞や愛想笑い、時には媚びる事も必要かもしれないが、自分には到底できない。
 それでもいいと思っていた。
 解ってくれる奴だけ……解ればいい。

 それでも一人で完璧に仕事をこなす浅葱は、一目置かれる存在になっていく。
 だがそんなスタンスが災いし、当時、唯一の理解者だった仲間を失った事がある。
 浅葱とオヤジが出会ったのはその直後だった。

 仲間を失うのは、もう嫌だ。

 浅葱は一度軽く目を閉じ、胸に手を当てると何かを振り払うように思い切りアクセルを踏み込んだ。
 加速でシートに体が押し付けられる。
 走馬灯のように流れる景色。
 オレンジの街路灯に映し出されるその顔は曇っていた。


 匠、オヤジ……深月……。

 あれから深月は、一度も浅葱と行動を共にしていない。
 一緒に来ない理由はわかっていた。

 オヤジと知り合い、柔らかく物腰の良いオヤジに浅葱は随分と助けられてきた。
 浅葱が話さない部分をきちんと汲み取ってくれる。
 豪快なキャラは周囲をも和ませる。
 浅葱にとって、仕事でもプライベートでも、オヤジは良き理解者であり大事な存在になった。
 信頼だの絆だのという甘い言葉は苦手だが、オヤジが居なければ、自分もここまで来られなかったと思う。
 いや、生きてさえいなかった。

 そんなオヤジが連れてきた深月……。
 一番弟子だという深月は、きっと匠の良いパートナーになる。
 浅葱とオヤジがそうであったように……。

 あの二人は自分達の後ろをちゃんと歩いて来るだろう。
 そしていつか、追い抜いて欲しいとさえ思う。
 だからこそ、深月にも、匠にも、自分達の全てを伝えたかった。

 だが、あの日……。
 匠が連れ去られた日……。
 オヤジに「冷静になれ」と怒鳴られてから、自分自身が掴めずにいた。


 ……浅葱さん……。
 急に匠の苦しげな声が聞こえた気がして、ふと我に返りアクセルを緩めた。

 高速の出口が近付いていた。
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