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深月の分析を待つ間に、オヤジは傷の処置を始めていた。
浅い傷はもう塞がりかけていたが、まだ閉じていない物も無数にある。
特に胸の中央の切創は大きく深く、出血を繰り返していた。
「とりあえず、この傷だけは縫合しとかねぇとな……」
独り言のように呟きながら、オヤジは黙々と傷の中を洗浄し、消毒と縫合を行っていく。
麻酔も何もしていないはずなのに、その間、匠はタオルを握り締めるだけで、一言も声を上げなかった。
「今までいったいどんな痛みと闘ってたんだ……匠……」
その様子に、浅葱は拳を握り締める。
「おやっさん、先に目の方の分析が出ました」
深月がプリントアウトした紙を手に立ち上がる。
渡された薬品分析を見ながら、
「ひでぇ薬だ……」オヤジがボソリとこぼした。
「どうなんだ? オヤジ……」
その声に浅葱の表情も曇り、握られた用紙を見つめた。
「これはもう拷問のためだけの薬だ。
持続性のある成分は無ぇから、とりあえず失明の恐れはなさそうだが、
何にせよ、これでは刺激が強すぎる。
こんなモン、目ん中に入れやがって……。
どこの馬鹿か鬼畜かって話だ……。
今でもかなりの痛みがあるはずだ。
ライトを点けただけで痛がるのは、たぶんそのせいだ」
「拷問だけって……」
深月も言葉を失う。
「匠……。目を洗浄するぞ」
オヤジが準備を始め、目の周囲に触れると、やはり匠の反応は激しくなった。
それに伴う身体に起こる反射……拒否反応も酷くなる。
ハァ……ハァ……
匠自身も唇を噛み締め、必死で呼吸を制御しようとしていた。
「かなり痛むが、頑張ってくれよ……。
恭介、匠の手を握っててやれ。
流は匠の脚、しっかり押さえとけ……」
オヤジが匠の顔を押さえ、両目に洗浄液を落とし入れた。
「ンッン……!!! ぁぁぁあああああああっっ!!!!」
焼き付くような痛みが両目を襲い、匠は声を上げた。
それはあの時の痛みと変わらないものだった。
叫びと同時に体を仰け反らせ、逃げようと暴れる。
今までこの部屋で声を上げなかった匠が叫んでいた。
それは悲痛な魂の叫びにも似ていて、深月も思わず目を逸らしていた。
「やっぱり目か……。
これは辛れぇよな、匠……許せよ。
でも、頑張ってくれ……これをしとかねぇと……」
「あのっ!
麻酔とか……そういうの、できないんですか……!?
これじゃあ匠さんが、あまりにも……!」
匠の声に耐えられなくなった深月が叫ぶ。
「この呼吸の状態で麻酔なんぞ使ったら、それこそ死んじまう。
それより点滴の成分はどうなんだ……!?」
「……っ……」
おやっさんの言う事は正しい。
それがわかるからこそ、深月は何も言えなくなった。
匠の脚を押さえたまま、たった今プリンターから吐き出されたばかりの用紙を、オヤジの前に差し出した。
オヤジも洗浄作業をしながら、一気に目を通す。
「やはり複数種類の混合か……。
基本成分に生命維持のための物もあるが……こりゃあ、興奮剤の一種だな……。
これが原因で出血は止まらねぇし、鎮静剤も効かねぇ。
こんなモンで神経を極限まで敏感に剥き出しにしておいて、それで背中も、目もやったっていうのか……。
こんな事ができるのは、もう人間じゃあねぇ……」
洗浄を終えるとオヤジは、まだ痛みに震える匠に続けざまに告げた。
鎮静剤が切れる前に、できるだけの事をしたかった。
「匠、腕の点滴、抜くぞ……?
これを外せば楽になるはずだからな」
「……ンンッ…………ッ……」
痛みに呻く匠からは、もう返事さえ聞こえない。
それでもオヤジは構わず、腕のパックのテープを外しにかかる。
幾重にも巻かれたテープが解かれて行くと、そこに紫色に変色した腕が見えた。
それはもう人間の膚の色ではない。
「なんで、こんな事に……」
深月の瞳に涙が溢れる。
「最初にこの点滴をつけられ、そのあと背中をやられたんだろうな。
だがあの医者は、これをそのまま挿しっ放しにした。
背中と一緒に血管もやられてるってぇのに、通常と同じ量を落とし続けたから、腕が悲鳴を上げてるんだ。
こんなバカは医者なんて呼べるモンじゃあねぇ……。
……二人共、もう一回押さえてくれ。
麻酔無しでも、腕は動かねぇだろうが……」
オヤジは手早く器具を揃えると、
「匠、腕の針、抜いてやるからな……」
優しく語り掛けるようにそう言い、紫の腕を押さえ消毒をする。
針を引き抜く事ができない以上、もう一度、腕を切り開くしかないのだ。
パックから伸びた針を呑み込んだまま塞がりかけていた傷。
オヤジはその直ぐ側にゆっくりとメスを入れた。
その痛みも、あの老人から受け続けた痛みと同じだった。
あの地下室での、苦痛の記憶が呼び起こされる。
「……ァアアッ……ッ!! …………やめ……ンッッ……!!!!」
叫ぶが腕は動かない。
ただ必死に浅葱の手を握り締めるだけだ。
それが余計に痛々しかった。
オヤジは内肘を最小限に切り開くと、開創器で傷口を広げ、中に埋もれる針の先端を探り始める。
「ンンッ……!!! ……ッッ!!」
傷口から溢れる鮮血を押さえながら、オヤジもるだけ痛みを軽減させようと、動きを小さく器具を操った。
それでも匠の呼吸は荒くなっていく。
「あったぞ……」
しばらくしてオヤジは一本、また一本と針を抜き取った。
カラン、カランと音を立て、トレイに二本の血に染まった針が転がり出る。
オヤジはそのまま、同じように傷口を処置し、洗浄と縫合を行い包帯を巻いた。
そして、左手首のテープに目を留めた。
雑に小さく目立たぬように巻かれたそれにも、かなりの血が滲んでいる。
ボロボロの匠の体の中で、唯一の治療痕だった。
浅い傷はもう塞がりかけていたが、まだ閉じていない物も無数にある。
特に胸の中央の切創は大きく深く、出血を繰り返していた。
「とりあえず、この傷だけは縫合しとかねぇとな……」
独り言のように呟きながら、オヤジは黙々と傷の中を洗浄し、消毒と縫合を行っていく。
麻酔も何もしていないはずなのに、その間、匠はタオルを握り締めるだけで、一言も声を上げなかった。
「今までいったいどんな痛みと闘ってたんだ……匠……」
その様子に、浅葱は拳を握り締める。
「おやっさん、先に目の方の分析が出ました」
深月がプリントアウトした紙を手に立ち上がる。
渡された薬品分析を見ながら、
「ひでぇ薬だ……」オヤジがボソリとこぼした。
「どうなんだ? オヤジ……」
その声に浅葱の表情も曇り、握られた用紙を見つめた。
「これはもう拷問のためだけの薬だ。
持続性のある成分は無ぇから、とりあえず失明の恐れはなさそうだが、
何にせよ、これでは刺激が強すぎる。
こんなモン、目ん中に入れやがって……。
どこの馬鹿か鬼畜かって話だ……。
今でもかなりの痛みがあるはずだ。
ライトを点けただけで痛がるのは、たぶんそのせいだ」
「拷問だけって……」
深月も言葉を失う。
「匠……。目を洗浄するぞ」
オヤジが準備を始め、目の周囲に触れると、やはり匠の反応は激しくなった。
それに伴う身体に起こる反射……拒否反応も酷くなる。
ハァ……ハァ……
匠自身も唇を噛み締め、必死で呼吸を制御しようとしていた。
「かなり痛むが、頑張ってくれよ……。
恭介、匠の手を握っててやれ。
流は匠の脚、しっかり押さえとけ……」
オヤジが匠の顔を押さえ、両目に洗浄液を落とし入れた。
「ンッン……!!! ぁぁぁあああああああっっ!!!!」
焼き付くような痛みが両目を襲い、匠は声を上げた。
それはあの時の痛みと変わらないものだった。
叫びと同時に体を仰け反らせ、逃げようと暴れる。
今までこの部屋で声を上げなかった匠が叫んでいた。
それは悲痛な魂の叫びにも似ていて、深月も思わず目を逸らしていた。
「やっぱり目か……。
これは辛れぇよな、匠……許せよ。
でも、頑張ってくれ……これをしとかねぇと……」
「あのっ!
麻酔とか……そういうの、できないんですか……!?
これじゃあ匠さんが、あまりにも……!」
匠の声に耐えられなくなった深月が叫ぶ。
「この呼吸の状態で麻酔なんぞ使ったら、それこそ死んじまう。
それより点滴の成分はどうなんだ……!?」
「……っ……」
おやっさんの言う事は正しい。
それがわかるからこそ、深月は何も言えなくなった。
匠の脚を押さえたまま、たった今プリンターから吐き出されたばかりの用紙を、オヤジの前に差し出した。
オヤジも洗浄作業をしながら、一気に目を通す。
「やはり複数種類の混合か……。
基本成分に生命維持のための物もあるが……こりゃあ、興奮剤の一種だな……。
これが原因で出血は止まらねぇし、鎮静剤も効かねぇ。
こんなモンで神経を極限まで敏感に剥き出しにしておいて、それで背中も、目もやったっていうのか……。
こんな事ができるのは、もう人間じゃあねぇ……」
洗浄を終えるとオヤジは、まだ痛みに震える匠に続けざまに告げた。
鎮静剤が切れる前に、できるだけの事をしたかった。
「匠、腕の点滴、抜くぞ……?
これを外せば楽になるはずだからな」
「……ンンッ…………ッ……」
痛みに呻く匠からは、もう返事さえ聞こえない。
それでもオヤジは構わず、腕のパックのテープを外しにかかる。
幾重にも巻かれたテープが解かれて行くと、そこに紫色に変色した腕が見えた。
それはもう人間の膚の色ではない。
「なんで、こんな事に……」
深月の瞳に涙が溢れる。
「最初にこの点滴をつけられ、そのあと背中をやられたんだろうな。
だがあの医者は、これをそのまま挿しっ放しにした。
背中と一緒に血管もやられてるってぇのに、通常と同じ量を落とし続けたから、腕が悲鳴を上げてるんだ。
こんなバカは医者なんて呼べるモンじゃあねぇ……。
……二人共、もう一回押さえてくれ。
麻酔無しでも、腕は動かねぇだろうが……」
オヤジは手早く器具を揃えると、
「匠、腕の針、抜いてやるからな……」
優しく語り掛けるようにそう言い、紫の腕を押さえ消毒をする。
針を引き抜く事ができない以上、もう一度、腕を切り開くしかないのだ。
パックから伸びた針を呑み込んだまま塞がりかけていた傷。
オヤジはその直ぐ側にゆっくりとメスを入れた。
その痛みも、あの老人から受け続けた痛みと同じだった。
あの地下室での、苦痛の記憶が呼び起こされる。
「……ァアアッ……ッ!! …………やめ……ンッッ……!!!!」
叫ぶが腕は動かない。
ただ必死に浅葱の手を握り締めるだけだ。
それが余計に痛々しかった。
オヤジは内肘を最小限に切り開くと、開創器で傷口を広げ、中に埋もれる針の先端を探り始める。
「ンンッ……!!! ……ッッ!!」
傷口から溢れる鮮血を押さえながら、オヤジもるだけ痛みを軽減させようと、動きを小さく器具を操った。
それでも匠の呼吸は荒くなっていく。
「あったぞ……」
しばらくしてオヤジは一本、また一本と針を抜き取った。
カラン、カランと音を立て、トレイに二本の血に染まった針が転がり出る。
オヤジはそのまま、同じように傷口を処置し、洗浄と縫合を行い包帯を巻いた。
そして、左手首のテープに目を留めた。
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