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「筋量を増やすのはまだ先だ。
 とりあえず、今は現在の稼動域を確保しつつ、少しずつ動かせる範囲を広げていく」
 そう言ってオヤジは、匠を診察台のベッドの上に抱き起こした。
 そのまま上体が倒れないように支えられ、肩から腕をゆっくりと動かされる。
 ビリビリと背中の皮膚が裂ける痛みに襲われ、
「ンッ……!」
 匠は顔を顰めた。

 上下、左右、前後――
 それは回したり伸ばしたりと、とてもゆっくりで単調な動きだった。
 だが、動かないまま灼き固った体組織を、一度全て無理矢理に破壊し、再生する作業だった。
 やっと薄い膜が張り、塞がりかけていた傷も破れ、また血と体液が流れ出す。

 ……クッ……!
 痛みに歯を食いしばり、思わず息を止めた。

「匠、息詰めるな。普通通りに呼吸してろ」
 オヤジの指示に従おうとするが、背中の痛みで苦しくなる。
 体を真っ直ぐに支える事さえ痛みがひどく、思わず顔を背けると、
「真っ直ぐ前向いてろ……」
 そう言ってグイと顎を持ち上げられた。

 今までのように、体表の傷に触れられる痛みも激しかったが、これはまた違う痛みだった。
 体の奥底……筋肉組織や細胞が引き千切られていく感覚……。
 特に体前より、体後に腕を回すと、首下から肩甲骨にかけての皮膚や筋肉に、より激しい痛みが起きた。

「……ァッ……ンッツ!!!! ……クッ……っ!」
 千切られ、引っ張られ、縮められる痛みに匠は呻き続けた。
 側で見ている深月も、辛そうに顔を顰める。
 右腕が一通り終ると、オヤジは場所を移動し左腕を持ち上げる。
 右と同様に動かし始めた時だった。

 今まで感じなかった激痛が腕を襲った。
「ンッ……ぁああッ! ……!」
 匠は思わず声をあげ、表情を歪めて首を振った。

「……ん?」
 オヤジはもう一度同じ動きを繰り返す。
 そのたびに激痛が起きた。

「……ァッ……ンッンッ!! ……止め……っ……!」
「どこが痛い? 背中か?」  
 今までは、どんなに匠が呻いても全く動じなかったオヤジが手を止めた。

「……違っ……左の……肘……。傷のあたり……」
 匠の左腕には大きな縫合痕がある。
 それはあの点滴が埋め込まれていた場所だ。

「そうか……。傷は見た所、大丈夫なんだがな……。
 今までに同じ場所が痛んだ事はあるか?」
 自分が縫合した痕を診ながら、オヤジが尋ねた。

「前に……一度だけ……。でもすぐに治まって……それきり……」

 オヤジと浅葱が視線を合わせる。
 浅葱の手首についた痣の事を思い出していた。

「匠……思いっきり握ってみろ」
 オヤジが匠の左手に、自分の手を握らせる。

 ……何……?
 場の空気が変った事に、敏感な匠が戸惑いを見せた。
 左腕に何か重大な問題でもあるのだろうか……。
 オヤジの言動に訝しみながらも、言われた通りに手を握り返した。

「それで目一杯か?」
 匠が頷く。
 オヤジの手を握る匠の左手は、中指から薬指、小指の三本にまるで力が無かった。

「お前、右利きだったよな?」
「……はい」
「そうか……。
 これだけじゃあ確定はできねぇが、左手の指三本、もしかしたら神経がイカれてるかもしれねぇな。
 右利きなら、そう不便は無いかもしれねぇが……。
 全く動かねぇわけじゃねぇから、とりあえず様子を見ながらいこう」
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