刻印

文字の大きさ
106 / 232

-105

しおりを挟む
 浅葱が外出先から戻ると、リビングのソファに匠が座っていた。

「おかえりなさい」
 匠の声に浅葱の表情が穏やかになる。

「こんな格好で……すみません」
 そう言う匠は上半身が裸のままだ。

「シャツ、羽織るって言ったんですけど……」
「シャツなんて着たら、傷に障ります!
 部屋にいる時ぐらい楽にしていればいいんです!」

 あれほど怖がっていた匠の傷も、リハビリのの手伝いをするうちに、深月は普通に接する事ができるようになっていた。
 そして匠自身も、この部屋の中だけでなら、自分の体を曝け出せていた。
 もちろん、それは仕方なく……だったが……。


「俺は構わんが……もう、こっちでいいのか?」
 リハビリが始まり、再び出血を繰り返すようになってから、匠はまた医務室で過ごす事が多くなっていた。

「今日は出血が少なかったんですよ! ……ね!
 だから良いんです!
 それに医務室なんかじゃ、良くなりませんよ。
 あんなに暗くて何もない所、気が滅入ります!」

 匠に尋ねたつもりだったが、深月が返事をする。
 そして言われて見れば武骨だったリビングには、小さな観葉植物の鉢があちこちに置かれ、そのうえ、色とりどりの風船がフワフワと飛んでいる。

「……で? 何なんだ? これは……」
「流がな、匠の視力回復のトレーニングだって言って、買って来たんだ」
 オヤジが飛び交う風船を指で突付きながら、半ば呆れたように肩をすくめてみせた。

「やっと影っぽい物でも見えるようになったんです!
 でもずっとモノクロでもダメでしょ!? 
 だから、色ですよ! 色!
 あ、そうそう!! もう一つ、プレゼントがあるんです!」

 深月は側に置いてあった袋から、ゴソゴソとゴムボールを取り出した。
 それは小さい子供が遊ぶ玩具のような物で、ふにゃふにゃと柔らかい。

「これを……こう……握って……握力も回復です!」
 そう言って赤いボールを一つ、匠の手に握らせた。

「あまり匠を疲れさせるなよ……深月」
 リハビリだけでも疲れているはずの匠の事が心配になるが、側にいるオヤジが何も言わずに呆れて笑っている所をみれば、まだ大丈夫なのだろう。

「ありがとう、深月さん」
 匠がボールを受け取りながら礼を言う。
 と、突然「あの……」と、深月が改まった。

「あの……ですね……匠……さん……」
 背筋を伸ばし、真っ直ぐに視線を向け……しかし、とても言い難そうに躊躇ためらいながら、
「前からずっと思ってたんですが……その…………」
 ようやく切り出した。

 何を言い出すのかと、皆が深月を見つめる。
 部屋の空気が変ったのを感じ取り、匠も困惑気味だ。

「あ……はい……何でしょうか……」
「その……深月さんって呼ぶの……できればやめて……欲しいな……とか……。
 『流~』とか……『深月~』とか……。
 そう呼んでもらえると嬉しいんですけど……」
 まるで初恋の相手に告白するかのように、深月は真っ赤な顔でそう言った。

「ぷッ…………」 
 何事かと思い、真剣に聞いていたオヤジが部屋の奥で思わず吹き出した。

「あ、じゃあ……あの、流……さん……で……」
「……! はい! それで充分です! ありがとうございます!」
 深月は瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みで匠を見つめた。


 匠がリビングに居るのが嬉しいのか、名前を呼んでもらえる事が嬉しいのか、深月は、かなりハイテンションだった。
「そうだ、匠さん! 指文字ってしたことあります?
 あれは絶対、指の運動に良いと思うんですよ!
 それに、ただ意味も無く指を動かすだけじゃ、つまらないでしょ?
 手話は腕全部使うけど、指文字なら五十音できるし……!
 あ、数字はめっちゃ簡単なんです!」

 そう言うと、いきなり匠の左手を取り、
「これが1で……これが……2……」
 解説しながら匠の指を伸ばしたり曲げたりし始めた。

「……痛ッ……」
 急に腕と指を動かされ、左腕に痛みが走り、匠が思わず顔を顰めた。

「おい、深月」
 浅葱の声が飛ぶ。

 腕にはまだ全く力が入らなかったが、わずかに肩を上げる程度はできるようになっていた。
 だが、時折襲うこの左腕の激痛は続いたままだ。

「すみません! 痛かったですか!? 急にやりすぎました……」
「……大丈夫です……流さん」
「匠、疲れたらすぐに休むんだぞ?
 それに流もだ。ほどほどで匠を開放してやれ」
 あまりのテンションの高さに、とうとうオヤジも釘をさす。

「……はい……」 
 しょんぼりと、元気の無い深月の声がする。

「でも、プレゼント、嬉しかった。ありがとう」
 匠も慌てて慰めた。

「じゃあ、匠、俺とオヤジからもプレゼントがある」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

処理中です...