167 / 232
-166(改)
しおりを挟む
今の……声……。
その声は確かに聞き覚えのある声だった……。
あれは……。
匠の中で、急速に嫌悪感が広がっていく。
「そうだ! こんな事ができるはずが無い!」
「フェイクだ! それは作り物じゃないのか!」
厳しい審問を求める声はその煽りに乗せられ、止むどころか、ますます大きくなる。
「では、その真偽を確かめたい方には、直接確認していただくとしよう。
段を下りて、実際にその手で確かめられるといい」
その、あらかじめ決められたワードが出るのを待っていたかのように、ハルの長く細い指がキーを押し、微笑み、呟いた。
「やっと出番ですよ」
「はい。わかっております……」
湿った声が返される。
すでに傍聴席からは、何人もの人間がゾロゾロと匠の方へ歩み寄って来ていた。
無意識に後ろへ下がろうとした匠の体を、あの秘書の男が捕え、両腕を後ろ手に押さえ込む。
その動きは秘書などという人間の域を超え、かなり訓練されたプロとしか思えなかった。
「ッンッ……!」
思わず腕の痛みに呻いた。
だがそんな事はお構い無しに、匠はあっと言う間に傍聴人に囲まれていた。
「……クソッ!」
たった一人で群集に呑み込まれていく匠を目の前にして、浅葱は何もできず、悔しさを滲ませる。
目の前の扉を開けようとしたが、取っ手も何も無いただの平らな重い板でしかないそれは、ビクともしなかった。
大勢の人間の気配に取り囲まれ、暗かった視界に無数の顔が見えていた。
そのどれもが、いやらしく興奮した顔をしている。
そして、そこから何本もの手が触手のように伸び、匠の体を触り始めていた。
「……止めろ……触るな……」
腕を後ろ手に取られ身動きできないまま、匠はその感覚に思わず首を振った。
最初は恐る恐るだった触手も、獲物が抵抗できない事を悟ると、徐々に容赦が無くなった。
途中からは興奮の渦に呑まれ、皆がその刻印を好奇の目で見つめ、なぞり、撫でまわした。
痛み始めていた傷がドクドクと脈打ち、それは激痛に変わっていく。
「ンッ……! やめろ! ……俺に……さわるな……!」
思わず声を上げたその時だった。
匠の耳のすぐ側で不快な声がした。
「久しぶりだな……。
これだけ近寄っても判らないとは……。
まだ目が見えなくて良かったよ……。
私の薬も満更でもない。
いい実験データがとれた……」
耳に触れそうな程近くで聞えるその声に、匠の体がビクッと震えた。
聞き覚えのある湿ったしわがれた声。
ねっとりとした不快感……。
心臓が激しく暴れ出す。
「私の最高傑作も美しく出来上がったようでよかった……。
最後まで手を掛けられなかったからな、あれからどうなったかと心配していたんだ。
随分と手を尽くした痕跡はあるが……無駄だったようだな。
これなら、あの方も満足していただけるだろう」
そう言いながら、声の男は満足そうに匠の背中に触れ、傷を撫でた。
そのぬるく湿った手の感触……。
それは忘れもしないあの老人だった。
「そうそう、さっきは私の事も話してくれた……嬉しかったよ。
この口で私のモノを咥えてくれた事を思い出して、年甲斐も無くまた興奮してしまった……」
湿った手が匠の喉元から首筋へと触れる。
「どうして……」
言いかけた匠の耳に何か小さなモノが無理矢理に押し込まれた。
「……ンッ……!」
腕を押さえ込まれて抵抗できない匠に、老人の声がした。
「これを絶対に外すなよ……」
そう老人が言った途端だった。
その耳に押し込まれた物から声が聞えた。
「……タクミ……。
……タクミ、タクミ……。
ああ、やっと話ができる……」
…………!
匠の体がピクンと跳ねた。
無意識に強く首を振る。
あの男の声……。
忘れもしない、あの男の声がハッキリと聞えていた。
その声は確かに聞き覚えのある声だった……。
あれは……。
匠の中で、急速に嫌悪感が広がっていく。
「そうだ! こんな事ができるはずが無い!」
「フェイクだ! それは作り物じゃないのか!」
厳しい審問を求める声はその煽りに乗せられ、止むどころか、ますます大きくなる。
「では、その真偽を確かめたい方には、直接確認していただくとしよう。
段を下りて、実際にその手で確かめられるといい」
その、あらかじめ決められたワードが出るのを待っていたかのように、ハルの長く細い指がキーを押し、微笑み、呟いた。
「やっと出番ですよ」
「はい。わかっております……」
湿った声が返される。
すでに傍聴席からは、何人もの人間がゾロゾロと匠の方へ歩み寄って来ていた。
無意識に後ろへ下がろうとした匠の体を、あの秘書の男が捕え、両腕を後ろ手に押さえ込む。
その動きは秘書などという人間の域を超え、かなり訓練されたプロとしか思えなかった。
「ッンッ……!」
思わず腕の痛みに呻いた。
だがそんな事はお構い無しに、匠はあっと言う間に傍聴人に囲まれていた。
「……クソッ!」
たった一人で群集に呑み込まれていく匠を目の前にして、浅葱は何もできず、悔しさを滲ませる。
目の前の扉を開けようとしたが、取っ手も何も無いただの平らな重い板でしかないそれは、ビクともしなかった。
大勢の人間の気配に取り囲まれ、暗かった視界に無数の顔が見えていた。
そのどれもが、いやらしく興奮した顔をしている。
そして、そこから何本もの手が触手のように伸び、匠の体を触り始めていた。
「……止めろ……触るな……」
腕を後ろ手に取られ身動きできないまま、匠はその感覚に思わず首を振った。
最初は恐る恐るだった触手も、獲物が抵抗できない事を悟ると、徐々に容赦が無くなった。
途中からは興奮の渦に呑まれ、皆がその刻印を好奇の目で見つめ、なぞり、撫でまわした。
痛み始めていた傷がドクドクと脈打ち、それは激痛に変わっていく。
「ンッ……! やめろ! ……俺に……さわるな……!」
思わず声を上げたその時だった。
匠の耳のすぐ側で不快な声がした。
「久しぶりだな……。
これだけ近寄っても判らないとは……。
まだ目が見えなくて良かったよ……。
私の薬も満更でもない。
いい実験データがとれた……」
耳に触れそうな程近くで聞えるその声に、匠の体がビクッと震えた。
聞き覚えのある湿ったしわがれた声。
ねっとりとした不快感……。
心臓が激しく暴れ出す。
「私の最高傑作も美しく出来上がったようでよかった……。
最後まで手を掛けられなかったからな、あれからどうなったかと心配していたんだ。
随分と手を尽くした痕跡はあるが……無駄だったようだな。
これなら、あの方も満足していただけるだろう」
そう言いながら、声の男は満足そうに匠の背中に触れ、傷を撫でた。
そのぬるく湿った手の感触……。
それは忘れもしないあの老人だった。
「そうそう、さっきは私の事も話してくれた……嬉しかったよ。
この口で私のモノを咥えてくれた事を思い出して、年甲斐も無くまた興奮してしまった……」
湿った手が匠の喉元から首筋へと触れる。
「どうして……」
言いかけた匠の耳に何か小さなモノが無理矢理に押し込まれた。
「……ンッ……!」
腕を押さえ込まれて抵抗できない匠に、老人の声がした。
「これを絶対に外すなよ……」
そう老人が言った途端だった。
その耳に押し込まれた物から声が聞えた。
「……タクミ……。
……タクミ、タクミ……。
ああ、やっと話ができる……」
…………!
匠の体がピクンと跳ねた。
無意識に強く首を振る。
あの男の声……。
忘れもしない、あの男の声がハッキリと聞えていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
118
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる