刻印

文字の大きさ
169 / 232

-168

しおりを挟む
「……オ……ト…………コ……。
 ……男……!
 そうです、浅葱さん……! あれ、指文字です!」

「……! 匠は……匠は何と言ってるんだ!」
「あ……は……はいっ……!」

 深月は両手でガラスに張り付くようにしながら、必死に匠の指を解読する。


「ああ……もう! 人が邪魔っ……! 退けろっ……!
 えっと……えっ……と……。
 オ……ト…………コ……男……! 
 セ……イ……制圧……!」

「男、制圧……!?
 やはり奴はもう匠に接触しているのか……!
 ……クソッ!! いつの間に……!
 どこに居やがる! ……オヤジ!」

 浅葱はずっと後ろの壁に立っていたオヤジを振り返る。
 オヤジは秘書の男が控え室を出てからずっと、壁にかかったあの旧式の電話で、どこかへ連絡をしていた。
 浅葱の声に、オヤジはまだ受話器を持ったまま “わかった!” とでもいう風に、うんうんと大きく頷く。


「浅葱さん……!
 ……ワナ……ビル……ガスカ……ドク……。
 ……コドモ……イシャ……」
 深月は読み取れた言葉を浅葱に次々と伝えていく。

 “制圧” はこのビルのセキュリティーや、最新システムの事だろう。
 “罠・ビル・ガス・毒” は文字通りこのビルに仕掛けられた物だとして “子供・医者” は何だ……?

 ……朝の子供の事か……?
 そう言えば、ここには保育園や病院もあると言っていた。
 “ガス・毒” はそこに仕掛けられた……と言う事なのか……?


「……ああーーー!
 もう! 人が邪魔で、匠さんの手が……」
 短いワードを繋ぐ浅葱の横で、匠の指を必死に読もうとしている深月が叫ぶ。

「あの小さい爺さん! ずっと匠さんの横で……もう!
 邪魔なんだよ! 退けよ!」

 深月の声で何気なく顔をあげた浅葱が、ガラスの向こうの匠を見た。
 大勢が蠢く中、深月の言う通り、一人の背の低い白髪の老人だけは、ずっと匠の斜め後ろに立って動かない。

 ……白髪の…老人……背の低い……。
 
 その言葉で形容される男に浅葱は覚えがあった。
 オヤジのファイルで見た背の低い男……。
 あの日、燃える屋上で見た白衣を着た白髪の老人の後姿……。

 ……!!!
 ……あの医者なのか……!

 匠の伝えた “医者” はこのビルの病院の事ではなく、まさしく、今、側にいるのがあの医者と言う事なのか……!
 いや……だが会場に入ってすぐに、傍聴席は全て確認した。
 見覚えのある顔は無かったはず……。

 ……整形……。

 そうだ……。
 オヤジの資料にあった写真はもう数十年も前の物。
 しかもその医者は、替え玉を仕立ててまで一度は死亡した事になっている。
 表社会を追われた人間が整形をし、裏で生き延びたとしても、何も不思議はない……。
 いや、そうである方が自然だ。
 なぜ、その可能性を考えなかったのか……!!

 自分の背中を灼き、メスを入れた男が側に立っている……。
 しかもたった一人で。
 まだ良く見えない視界に、その顔があったとしたら……。
 匠の恐怖と苦しさは…………。

「……匠!!!! 匠!!!!」
 浅葱は思わず叫んでいた。


 それは気配だったのか……。
 匠はふと、浅葱の声を聞いた気がした。

 ……浅葱さん……。
 振り返ろうとすると、隣の老人が匠の背中をグイと押さえつけた。

「……ンッ……!」
「振り返るんじゃないよ……真っ直ぐ前を向くんだ」


「皆様、そろそろお席へ……」
 委員長の声で、匠に纏わり付いていた傍聴人達が、名残惜しそうに元の席へと引き上げていく。

「さあ、行くんだよ……」

 再び老人に背中を押され、匠は台の上のシャツと上着を掴むと、そのまま、席へと戻る群集と共に前へと歩き出した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

処理中です...