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「ハル、これが匠の答えだ。
 二人を返してもらおう」

 浅葱が銃を構えたまま、一歩前へ踏み出した。

「……動くな」

 ハルは、浅葱を求め伸ばされた匠の手を掴むと、抱いた腕に更に力を込め引き寄せた。

「……ンッ!」
 匠が小さな呻きをあげる。

 ハルはそのまま傍らの自分の銃を取り、腕の中で小さく喘ぎながら肩で息をする匠の額に、その銃口をピタリとあてた。

「……!! ……やめろ!!」
 深月が叫び、繋がれたままの体を激しく揺さぶると、手錠の鎖がガチャガチャと音を立てる。


「落ち着け、深月……大丈夫だ」
 ハルの制止も聞かず、一歩、また一歩とゆっくりベッドへ近付いていた浅葱が、深月に声を掛けた。

「で、でも浅葱さん!
 こいつ本気です! 本気で匠さんを……!」


 そんな二人のやり取りに、ハルは面白そうに笑みを見せた。

「そうそう、大人しくしておいた方が利口と言うものだ。
 それ以上近付くと、本当にタクミは呆気なく逝ってしまうよ?」

「ハル……。
 お前に匠は撃てない……」
 
 浅葱の声は静かだった。

「……さて、それはどうかな。
 失ってしまうぐらいなら、私の腕の中で逝かせてやるのもいい」

「無理だ。お前には」

「フッ……。
 私を甘くみてもらっては困る、恭介。
 私はタクミの目に針を刺したのだ。
 それに比べれば、引き金を引く事など造作もない。
 目を閉じていてもできる簡単な事だ」

 いつもの、ゲームを楽しむかのようなハルの声だった。



「どうしてお前が匠の目を刺したのか……。
 その理由、自分でもわかっていないようだな」

「……理由だと?
 大した理由などない。
 タクミの反抗的な目が気に入らなかった。
 ただそれだけだ」

「違う……。 
 お前は匠のその目で、今の自分を見られる事を無意識に嫌がったんだ」

「嫌がる? 私が? 何を言っている。
 この私がいったい何を嫌がるというんだ」

 ハルがフッと口元を緩め呆れたように笑った。


 浅葱はそのハルの様子に大きく「フゥ……」と息を吐いた。
 それは諦めのようでもあり、落胆の溜息のようでもあった。

「ハル……。
 匠のその目、それだけ近くで見てもわからないか?」

「……何だと……?」

 ハルは改めて、目の前で銃口を額にあてられたまま、じっと自分を見つめている匠の方へと視線を向けた。
 
 匠が喘ぎながらも睨むように自分を見ていた。
 あの日と同じ強い目だ。
 その反抗的な眼差しに酷く嫌悪を感じた。

「クソッ……」
 眉間に皺を寄せたハルの、引き金に掛けた指に力が入る。

「理由などない!
 この反抗的な目が私を苛つかせるだけだ!」

 珍しく感情を昂ぶらせたハルの声に、ずっと浅葱だけを注視していた秘書の男も、そして老人までもが驚いたように視線を向けた。
 深月はただ激しく首を振り、無言で “やめろ” と訴える。


「まだわからないのか……?
 その目でお前が苛つく理由が……。
 それは……その匠の目がジンと同じだからだ、ハル……」

「何だと……?」

 ハルが驚いたように再び匠と視線を合わせる。
 匠の蒼茶の瞳が自分を見ていた。


「……そんな……」

 ハルは遠い昔の記憶をたどり、曖昧なモノを想うような、そんな不透明な表情で、匠の瞳をじっと見つめ返した。

「お前が匠に魅かれながらも、その目を嫌がったのは、
 無意識にジンに見られていると……そう思っていたからだ。
 今の自分を見られたくないと……」

「黙れ!! 
 もし……もしそうだったとしても……」

 ハルがゆっくりと首を振る。

「そのジンを……。
 私の大切なジンを奪ったのはお前だろ……!
 ……恭介!
 ……私が何も知らないと思うな!!」
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