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第118話 マッサージは執事のたしなみ
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マナトさんと話すのは楽しかった。ヤマトの歴史や成り立ちはどれも興味深いし、またそれを面白おかしく教えてくれるマナトさんの語り口が上手かった。
同じくらいルアサンテの話も聞いてくれたので、僕もつい精霊の話をしてしまった(それがトルテだということはもちろん言っていないけれど)。
話し上手で聞き上手。僕が今までに接してきたことのないタイプだ。
ジャオは口下手だから、いつも黙って僕の話を聞いてくれていたし、ルシウスとの会話といえば冗談や軽口ばかりだし……ああそうだ、その中で言えばフロストが一番マシだったかな。
そういえばフロスト、元気かな……今頃たっぷり親孝行している最中だろうか。
「あの……フロストが長いこと不在にしておりすみません。なにせ久々の実家で」
「かまいませんよ。もともとこちらが王の帰りを待ってもらっている状態ですしね」
そう。僕らはヤマト国の王に国交を申し出るためにここに留まっている。なんでも王は気まぐれで、ふらりと放浪しては帰ってこないことがたびたびあるようなのだ。だからいつ会えるのかもわからない。それでも、城に待ち構えていればいつかは会えるはず。どれだけ長くなったって、ここまできて諦める気はない。
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」
「食欲がおありのようでよかった。シェフも喜びます」
マナトさんがそんなふうに言うのも無理はない。土鍋の中身は見事に空っぽで、僕は米粒の一つも残さずに平らげてしまっていた。
何が体調不良だ。やはり食欲には勝てない。恥ずかしい……。
「お話相手になってくださってありがとうございました」
「いえいえ。あの、よろしければ、もう少し……」
「え……?」
マナトさんは突然立ち上がって僕の背後にまわる。目で追う間も無く、グッと背中を指で押された。その瞬間、あまりの気持ち良さに……「ふぁ」と声を漏らして、机にしがみついてしまった。
「お身体がバキバキですね。悪い夢でもご覧になったのか……かなり酷使されたようで」
ウッ……僕の動き、そんなにぎこちなかったかな?
確かにルシウスとの長時間エッチでどこもかしこもだるいけど……まさかそこまで見抜かれるなんて。
「私、マッサージの心得があるんです。よろしければ施術させてください」
「え、そんな、滅相もない……!」
「遠慮されているのなら、お願いします、やらせてください。お辛い思いをされている方を見ると放っておけない性分なのです」
なんていい人なんだろう……人の好意は素直に受け取るべきだ。戸惑いながらも小さく頷くと、マナトさんはさっさと食器を片付けてしまう。そして何やら長い、丈夫そうなマットをベッドの上に敷いた。
「ではこちらで」
「なんだか本格的ですね」
「道具は一式ありますが、今日は簡単にですよ。バスローブに着替えていただくことは可能ですか?」
「え……」
「お下着とバスローブだけで」
城で母上がマッサージを受けているところに出くわしたことがあるが、確かにそういった軽装だった。チラリと顔を見つめると、満面の笑みで返される。
眼鏡の奥の瞳は善意で溢れている。警戒する必要は……ないか。
「では……着替えてまいります」
「ええ。お待ちしております」
脱衣所で衣服を脱ぎ、下着姿にバスローブを羽織る。
こんな姿で、恋人でもない男の前に出るのははじめてで緊張する、けど……マッサージは身体を解すものなのだから、ある程度露出しないと施術ができないというのは僕でも知っている。
恥ずかしがらなくていい。恥ずかしがるほうが恥ずかしいんだ。
えいやっと心を決めて扉を開く。マナトさんがニコニコとベッド際で待っている。
僕が知る男たちは僕が少しでも露出していると、ギラギラと目の色を変えて、涎を啜りながら凝視してきていた。良心のある衛兵らは隠そうとしているようだったが、正直、バレバレだ。
それに比べてマナトさんの変化の無さと言ったら。安心して、ベッドの上に寝転ぶことができた。
「マット、硬いんですね」
「身体が沈み込むとよくないので。大丈夫そうですか?」
「はい。これくらいなら全然」
マナトさんは僕の背後に立つと「失礼します」と断って肩に手を置いた。
ジャオとルシウス以外の男に触られるのって久しぶりだ……もっとも、敵に襲われた時ばかりで、ろくな思い出はないけれど。
知らない体温が伝わってくる。緊張するけど……不思議と、不快感はない。
「痛かったら教えてくださいね」
グッ、と親指が肌に食い込んできた。最初のその押し込みでいきなり気持ちが良くて、つい「う、」と呻いてしまう。マナトさんが慌てて手を離した。
「す、すみません。お痛みが……?」
「いえ……! あの、気持ち良くって、ビックリしちゃって」
「ああ、よかった。ではそのままリラックスしていてくださいね」
ふたたび、肩にマナトさんの体温が降りる。グッ、グッと指が押し込まれるたびに気持ちが良くて、マッサージってこんなにいいものなのかと驚いてしまった。
闇雲に押しているわけじゃない。的確にツボを押さえられているのがわかる。マナトさん、本当に上手なんだ。
「すごく、気持ち良いです……」
「ありがとうございます。無理して話さなくても大丈夫ですよ。目を閉じて、呼吸を落ち着けて、リラックスして……」
なるほど、そういうものなのか。一方的に奉仕されて申し訳ない気持ちが先に立っていたけど、マナトさんとしては僕がリラックスするのが一番やり甲斐があるのかもしれないよな。気遣いに感謝しつつ、ゆっくりと目を閉じた。
少しずつ押し込まれる場所が変わって、まったく身体のストレスにはならない……気持ち良い……温かくて大きな手、安心する……。何より、二人きりの空間で何も喋らなくても、こんなにも心が落ち着くだなんて……マナトさんの穏やかな雰囲気も、マッサージをするのに向いているのだろうな……。
「腕のほうも、失礼しますね」
肩から腕の付け根に体温が移る。押し込まれた箇所からジワ……と広がっていく快感に、僕は感嘆のため息を隠せない。
「はー……」
「大丈夫ですか?」
「はい、あの、ほんとに、きもちよくて……」
「お若いのに凝っていらっしゃいますね。さぞかしご苦労されているのでしょう」
確かに育児中は抱っこばかりで疲れていたけど、国を離れた今はそうでもない。どちらかというとやっぱり、ルシウスとエッチのしすぎかなあ……。
「僕なんてそんな……マナトさんこそ、こんなに若いのに執事長だなんて……並々ならぬ苦労をされてきた筈です」
マッサージが効いている理由が気まずすぎて話を逸らした。マナトさんは手を休めず、僕の耳の少し上で話し続ける。
「父が前の執事長だったんですよ。これも世襲のようなものです。幼い頃から、王に仕えるためにいろいろと叩き込まれました」
なるほど。確かにウチにも親子二代で勤めてくれている者がいる。こんな大国の執事長ともなれば、王族同様に世襲制でも頷ける。
マナトさんの柔らかな物腰、しかし弱すぎず、常に毅然とした態度で謎の圧も持っている。王の近くに仕える者としては申し分ない人材だ。僕の国で言えばフロストにあたるのかな。
とすると、マナトさんも……王族より、他の誰よりも一番頭が良いに違いない。実質的に国を仕切っているのもおそらく、彼だ。
「では、もう小さな頃からお城に通っていらしたんですね」
「というか、住んでいます。身分は違いますがここの王族はフランクで、私ども使用人にも個室を与え、家族のように接してくださるのですよ」
「へえ……」
今のところ僕が会った王族はケンさんだけだ。確かに、マナトさんは彼を呼び捨てにしていたし、対等のような態度で喧嘩をしていたな……。
「……その節は、ケンが無礼を働いてしまって申し訳ございません」
あの時のことを思い出してつい、肩が強張ってしまった。それに気付いたか、マナトさんが声のトーンを落として謝ってくる。そんなつもりじゃなかったのに。
「いえ! もう気にしていませんから……!」
「悪人ではないのですが、やはり王族の驕りというか……あれはさんざん甘やかされて育ってきたので常識を知らないのです」
「そう、なんですか……?」
「ええ。特に色事には目がなくて。女性を軽んじて扱う悪癖があります。再三注意しているのですがいっこうに直らず……困ったものです」
やっぱりマナトさん、苦労していそうだ。背中を揉み込む力が強くなって、気持ち良いような痛いような。呼吸が乱れないように注意しながら、その感覚を噛み締める。
「あっ、すみません、こんな話……」
「いえ。じゃあマナトさんとケンさん、ご兄弟のようなものなんですね」
「まあ……腐れ縁ってやつですよ」
言いながらも、その声には温度が宿っている。これだけ手を焼いても見放さないのは、仕事上以上に友人としての情もあるからなのだろう。
「父親には「王子にもっと謙るように」と言われますが……調子に乗ったケンを止められるのは私しかいないので、心を鬼にしています」
「マナトさんもなかなかつらいお立場なんですね」
「いえいえ。王族の方には王族の方にしかわからない苦悩もおありでしょう」
「まあ……でもケンさんにとってのマナトさんのように、常に寄り添ってくれる友達の存在はありがたいですよ。変に身分がある以上、対等に接してくれる人は貴重なんです」
「ルシウスさんのことですね」
「えっ」
「幼馴染だったと聞いたもので」
直近のルシウスとの記憶を思い出して、つい動揺してしまう。友達……とはもう呼べないかもしれないが、そうだな。今のはまさにルシウスのことだ。
「僕らも……腐れ縁ですね」
「ふふ。またまた」
いや、ほんとうに腐れ縁だ。もともとただの友達だし、互いに別の人と結婚したはずなのに……拗れに拗れて、こんなところまで来てしまった。
ぐいと二の腕を押されて気持ち良さに悶える。マナトさん、僕が凝っているところが手に取るようにわかっているみたいだ。的確に押してほしい場所を押してくれる。すごい。
会話はそこで途切れて、ふたたび沈黙の中でマッサージに浸った。
うつ伏せに寝そべって腰やふくらはぎを揉まれると、いかに自分の身体が疲労していたかがわかる。マナトさんが与えてくれる刺激、全部が気持ち良くて、枕にうっかり涎を垂らしてしまわないかハラハラした。
「よし。終わりましたよ」
「ありがとうございます……ハア……」
「疲れてしまいましたか?」
「いえ、逆で……こんなに気持ち良いなんて……マナトさんすごいです」
「光栄です。よろしければまたやらせてください。近頃王が不在なので、腕が鈍らないか心配でして」
「ケンさんにやってあげたらどうですか?」
「……いやですよ。わざと言っているでしょう? それ」
苦虫を噛み潰すような表情をするマナトさんはいつも以上に無邪気で、僕もつい子どものように声をあげて笑ってしまった。
それにしても良かった。マッサージ。
男の人に身体を触られ、あまつさえ揉みしだかれるなんて……なんて警戒していたけれど、完全に杞憂だった。マナトさんの手つきにいやらしさは一切感じられなかった。
また、やってもらいたいな。なんて図々しくて言えないけど、でも、マナトさんとさらに仲良くなれた気はする。……嬉しいな。
同じくらいルアサンテの話も聞いてくれたので、僕もつい精霊の話をしてしまった(それがトルテだということはもちろん言っていないけれど)。
話し上手で聞き上手。僕が今までに接してきたことのないタイプだ。
ジャオは口下手だから、いつも黙って僕の話を聞いてくれていたし、ルシウスとの会話といえば冗談や軽口ばかりだし……ああそうだ、その中で言えばフロストが一番マシだったかな。
そういえばフロスト、元気かな……今頃たっぷり親孝行している最中だろうか。
「あの……フロストが長いこと不在にしておりすみません。なにせ久々の実家で」
「かまいませんよ。もともとこちらが王の帰りを待ってもらっている状態ですしね」
そう。僕らはヤマト国の王に国交を申し出るためにここに留まっている。なんでも王は気まぐれで、ふらりと放浪しては帰ってこないことがたびたびあるようなのだ。だからいつ会えるのかもわからない。それでも、城に待ち構えていればいつかは会えるはず。どれだけ長くなったって、ここまできて諦める気はない。
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」
「食欲がおありのようでよかった。シェフも喜びます」
マナトさんがそんなふうに言うのも無理はない。土鍋の中身は見事に空っぽで、僕は米粒の一つも残さずに平らげてしまっていた。
何が体調不良だ。やはり食欲には勝てない。恥ずかしい……。
「お話相手になってくださってありがとうございました」
「いえいえ。あの、よろしければ、もう少し……」
「え……?」
マナトさんは突然立ち上がって僕の背後にまわる。目で追う間も無く、グッと背中を指で押された。その瞬間、あまりの気持ち良さに……「ふぁ」と声を漏らして、机にしがみついてしまった。
「お身体がバキバキですね。悪い夢でもご覧になったのか……かなり酷使されたようで」
ウッ……僕の動き、そんなにぎこちなかったかな?
確かにルシウスとの長時間エッチでどこもかしこもだるいけど……まさかそこまで見抜かれるなんて。
「私、マッサージの心得があるんです。よろしければ施術させてください」
「え、そんな、滅相もない……!」
「遠慮されているのなら、お願いします、やらせてください。お辛い思いをされている方を見ると放っておけない性分なのです」
なんていい人なんだろう……人の好意は素直に受け取るべきだ。戸惑いながらも小さく頷くと、マナトさんはさっさと食器を片付けてしまう。そして何やら長い、丈夫そうなマットをベッドの上に敷いた。
「ではこちらで」
「なんだか本格的ですね」
「道具は一式ありますが、今日は簡単にですよ。バスローブに着替えていただくことは可能ですか?」
「え……」
「お下着とバスローブだけで」
城で母上がマッサージを受けているところに出くわしたことがあるが、確かにそういった軽装だった。チラリと顔を見つめると、満面の笑みで返される。
眼鏡の奥の瞳は善意で溢れている。警戒する必要は……ないか。
「では……着替えてまいります」
「ええ。お待ちしております」
脱衣所で衣服を脱ぎ、下着姿にバスローブを羽織る。
こんな姿で、恋人でもない男の前に出るのははじめてで緊張する、けど……マッサージは身体を解すものなのだから、ある程度露出しないと施術ができないというのは僕でも知っている。
恥ずかしがらなくていい。恥ずかしがるほうが恥ずかしいんだ。
えいやっと心を決めて扉を開く。マナトさんがニコニコとベッド際で待っている。
僕が知る男たちは僕が少しでも露出していると、ギラギラと目の色を変えて、涎を啜りながら凝視してきていた。良心のある衛兵らは隠そうとしているようだったが、正直、バレバレだ。
それに比べてマナトさんの変化の無さと言ったら。安心して、ベッドの上に寝転ぶことができた。
「マット、硬いんですね」
「身体が沈み込むとよくないので。大丈夫そうですか?」
「はい。これくらいなら全然」
マナトさんは僕の背後に立つと「失礼します」と断って肩に手を置いた。
ジャオとルシウス以外の男に触られるのって久しぶりだ……もっとも、敵に襲われた時ばかりで、ろくな思い出はないけれど。
知らない体温が伝わってくる。緊張するけど……不思議と、不快感はない。
「痛かったら教えてくださいね」
グッ、と親指が肌に食い込んできた。最初のその押し込みでいきなり気持ちが良くて、つい「う、」と呻いてしまう。マナトさんが慌てて手を離した。
「す、すみません。お痛みが……?」
「いえ……! あの、気持ち良くって、ビックリしちゃって」
「ああ、よかった。ではそのままリラックスしていてくださいね」
ふたたび、肩にマナトさんの体温が降りる。グッ、グッと指が押し込まれるたびに気持ちが良くて、マッサージってこんなにいいものなのかと驚いてしまった。
闇雲に押しているわけじゃない。的確にツボを押さえられているのがわかる。マナトさん、本当に上手なんだ。
「すごく、気持ち良いです……」
「ありがとうございます。無理して話さなくても大丈夫ですよ。目を閉じて、呼吸を落ち着けて、リラックスして……」
なるほど、そういうものなのか。一方的に奉仕されて申し訳ない気持ちが先に立っていたけど、マナトさんとしては僕がリラックスするのが一番やり甲斐があるのかもしれないよな。気遣いに感謝しつつ、ゆっくりと目を閉じた。
少しずつ押し込まれる場所が変わって、まったく身体のストレスにはならない……気持ち良い……温かくて大きな手、安心する……。何より、二人きりの空間で何も喋らなくても、こんなにも心が落ち着くだなんて……マナトさんの穏やかな雰囲気も、マッサージをするのに向いているのだろうな……。
「腕のほうも、失礼しますね」
肩から腕の付け根に体温が移る。押し込まれた箇所からジワ……と広がっていく快感に、僕は感嘆のため息を隠せない。
「はー……」
「大丈夫ですか?」
「はい、あの、ほんとに、きもちよくて……」
「お若いのに凝っていらっしゃいますね。さぞかしご苦労されているのでしょう」
確かに育児中は抱っこばかりで疲れていたけど、国を離れた今はそうでもない。どちらかというとやっぱり、ルシウスとエッチのしすぎかなあ……。
「僕なんてそんな……マナトさんこそ、こんなに若いのに執事長だなんて……並々ならぬ苦労をされてきた筈です」
マッサージが効いている理由が気まずすぎて話を逸らした。マナトさんは手を休めず、僕の耳の少し上で話し続ける。
「父が前の執事長だったんですよ。これも世襲のようなものです。幼い頃から、王に仕えるためにいろいろと叩き込まれました」
なるほど。確かにウチにも親子二代で勤めてくれている者がいる。こんな大国の執事長ともなれば、王族同様に世襲制でも頷ける。
マナトさんの柔らかな物腰、しかし弱すぎず、常に毅然とした態度で謎の圧も持っている。王の近くに仕える者としては申し分ない人材だ。僕の国で言えばフロストにあたるのかな。
とすると、マナトさんも……王族より、他の誰よりも一番頭が良いに違いない。実質的に国を仕切っているのもおそらく、彼だ。
「では、もう小さな頃からお城に通っていらしたんですね」
「というか、住んでいます。身分は違いますがここの王族はフランクで、私ども使用人にも個室を与え、家族のように接してくださるのですよ」
「へえ……」
今のところ僕が会った王族はケンさんだけだ。確かに、マナトさんは彼を呼び捨てにしていたし、対等のような態度で喧嘩をしていたな……。
「……その節は、ケンが無礼を働いてしまって申し訳ございません」
あの時のことを思い出してつい、肩が強張ってしまった。それに気付いたか、マナトさんが声のトーンを落として謝ってくる。そんなつもりじゃなかったのに。
「いえ! もう気にしていませんから……!」
「悪人ではないのですが、やはり王族の驕りというか……あれはさんざん甘やかされて育ってきたので常識を知らないのです」
「そう、なんですか……?」
「ええ。特に色事には目がなくて。女性を軽んじて扱う悪癖があります。再三注意しているのですがいっこうに直らず……困ったものです」
やっぱりマナトさん、苦労していそうだ。背中を揉み込む力が強くなって、気持ち良いような痛いような。呼吸が乱れないように注意しながら、その感覚を噛み締める。
「あっ、すみません、こんな話……」
「いえ。じゃあマナトさんとケンさん、ご兄弟のようなものなんですね」
「まあ……腐れ縁ってやつですよ」
言いながらも、その声には温度が宿っている。これだけ手を焼いても見放さないのは、仕事上以上に友人としての情もあるからなのだろう。
「父親には「王子にもっと謙るように」と言われますが……調子に乗ったケンを止められるのは私しかいないので、心を鬼にしています」
「マナトさんもなかなかつらいお立場なんですね」
「いえいえ。王族の方には王族の方にしかわからない苦悩もおありでしょう」
「まあ……でもケンさんにとってのマナトさんのように、常に寄り添ってくれる友達の存在はありがたいですよ。変に身分がある以上、対等に接してくれる人は貴重なんです」
「ルシウスさんのことですね」
「えっ」
「幼馴染だったと聞いたもので」
直近のルシウスとの記憶を思い出して、つい動揺してしまう。友達……とはもう呼べないかもしれないが、そうだな。今のはまさにルシウスのことだ。
「僕らも……腐れ縁ですね」
「ふふ。またまた」
いや、ほんとうに腐れ縁だ。もともとただの友達だし、互いに別の人と結婚したはずなのに……拗れに拗れて、こんなところまで来てしまった。
ぐいと二の腕を押されて気持ち良さに悶える。マナトさん、僕が凝っているところが手に取るようにわかっているみたいだ。的確に押してほしい場所を押してくれる。すごい。
会話はそこで途切れて、ふたたび沈黙の中でマッサージに浸った。
うつ伏せに寝そべって腰やふくらはぎを揉まれると、いかに自分の身体が疲労していたかがわかる。マナトさんが与えてくれる刺激、全部が気持ち良くて、枕にうっかり涎を垂らしてしまわないかハラハラした。
「よし。終わりましたよ」
「ありがとうございます……ハア……」
「疲れてしまいましたか?」
「いえ、逆で……こんなに気持ち良いなんて……マナトさんすごいです」
「光栄です。よろしければまたやらせてください。近頃王が不在なので、腕が鈍らないか心配でして」
「ケンさんにやってあげたらどうですか?」
「……いやですよ。わざと言っているでしょう? それ」
苦虫を噛み潰すような表情をするマナトさんはいつも以上に無邪気で、僕もつい子どものように声をあげて笑ってしまった。
それにしても良かった。マッサージ。
男の人に身体を触られ、あまつさえ揉みしだかれるなんて……なんて警戒していたけれど、完全に杞憂だった。マナトさんの手つきにいやらしさは一切感じられなかった。
また、やってもらいたいな。なんて図々しくて言えないけど、でも、マナトさんとさらに仲良くなれた気はする。……嬉しいな。
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