「磨爪師」~爪紅~

大和撫子

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第十三帖

黒闇(こくあん)①

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 道隆が亡くなって七日が過ぎた。文壇は益々活気が無くなり、挨拶も小声で交わす程度となっていた。定子は哀しみのあまり臥せっているとの事で文壇には出て来ていない。葬送の儀は小雨が寂しく降り注ぐ中、ひっそりと執り行われた。直属の一族たちは七日間ほど、生き返る事を願って待った(※①)がそれは叶わぬ夢だった。

 皆、中陰・四十九の作法(※②)の間は身に着けるもののどこかに萱草色かんぞういろ(※③)を使用した。歌合や管弦などの行事ごとは自粛となり、それぞれが自らの仕事に黙々とこなしていく。



『……本当、何だかね。まだお若いのに異例の大出世でしたものね。相当恨みに思って呪詛をかけているって話よ』
『あちらにしてみたら、今が良い機会ですものね。やはり、次に関白になられるのは……』
『ええ、恐らく……』
『怖いわぁ……』

 鳳仙花は、宮中の掃除や舗・御格子の上げ下げ等を司る「掃司」の詰所に来ていた。休憩中の女官たちのお爪のお手入れにをしているのである。五人全員のお手入れをしていくのだが、皆安心して寛ぎ、ヒソヒソ声で噂話をしていた。彼女たちもそれぞれに萱草色の単衣を身に着けており、喪に服している。だが、葬儀が終わった今は、通常通り仕事はしなければならない。仕事柄、指先が荒れやすい事。また、御格子の上げ下げの時に爪が見られやすい事もあり、鳳仙花はよく指名を受けて出張していた。

「失礼致します。これで終わります」

 施術を終え、鳳仙花は対面していた女房に静かに声をかけた。五人の女房たちが鳳仙花を中心に円を描くようにして座っている。一列に並んで施術をしていくより、円の形に並んでいた方が効率よくこなせるのだ。これもまた、母親から教わった知恵の一つでもある。

「有難う。指先や爪がしっとりしていると自分の手を見るのが楽しくなるわ」
「有難うございます」

 鳳仙花は丁寧に頭を下げると、右隣の女房に向き合った。

「宜しくお願いします。では、始めさせて頂きます」

 と頭を下げる。「よろしくね」と女房は両手を鳳仙花に差し出した。鳳仙花は「失礼します」と、丁寧に彼女の両手を支えるようにして自らの両手の平を差し出した。そして胡坐(※④)をかいている足の上に、幾重にも重ねられた白い布の上にそっと女房の両手を置く。この布は、施術の際の相手の身長や腕の長さなどでその都度多く重ねたり少なくしたりして調節している。

『……どうなるかしら、これから……』
『ええ、本当に……』

 女房たちは一斉に溜息をついた。前述の紅の言葉にあるように、特に帝やまつりごと等の噂話は、余程信頼し合って外部に漏れない事を確信している間柄でなければされない。磨爪師は長時間対面で接する事、指先から手首までに触れるという仕事柄、心を開いて貰い易い。その分、一度拗れてしまえば修復不可能なほどに亀裂が入ってしまう事も然りだ。鳳仙花は一対一での対面より、一人で何人かの施術こなす方が気が楽だった。最初に信頼を得てしまえば、後は女房同士で会話をしてくれるので施術に専念し易いからである。尤も、一対一での対面は、ま数える程しか経験はなかったが。

(皆、次期関白が誰になるか気になって仕方無いんだ。それによって、もしかしたら定子様の他に中宮が出来るかもしれないから……)

 鳳仙花は定子の事が気掛かりでならなかった。

(伊周様のお噂は、やぱりどこへ行っても芳しくないものばかり。伊周様始め中関白家への嫉妬から呪術……そんな恐ろしい事がもし本当だとしたら、伊周様のお噂も意図的に流されている可能性も高いわね。呪術……規則で禁止されているけれども、それって表向きだけよね、昔から)

 色々な思考が脳内を駆け巡るも、施術中の手は休まずてきぱきとこなしている。鳳仙花の脳裏に、伊周の姿が思い浮かぶ。鳳仙花には、その若さ故に軽率さはあるものの、噂に聞くほど酷い男にはどうしても思えなかった。


 四月二十七日。躑躅ツツジの花がくれない鮮やかな蕾を膨らませる頃、関白になったのは道隆の弟、道兼であった。彼は父の兼家の命を受け、花山院が天皇だった際に彼を唆し、退位させた者である。その為、父が亡き後は自分が関白となる事を信じていたようだ。だが、兼家は容姿端麗かつ人望も篤い道隆を指名した。それ故に、道隆を始め中関白家を相当に組んでいたという。

 漸く夢が叶い、道兼は狂喜した。連日のように宴を開催し、勝利の美酒に酔い痴れた。



(※① この時代、死者はすぐに弔わず、生き返る事を願って三日から七日ほど様子を見守るという風習があった)
(※② 仏教では人の死の四十九日を中陰または中有という。人が亡くなると善なるものは極楽に、悪なるものは地獄にと考えられている。その善悪の軽重によって七日ごとに転生するという教えから、この四十九日までの間を中陰、または累七または斎七と呼ぶ)
(※③ 明るい黄色がかった薄い橙色で、ユリ科の萱草の花の色の古名。別名「忘れ草」。身に着けると憂いを忘れるという故事から、和歌に詠まれたり忌み事に用いられたりした)
(※④ 十二単とういう着方から、その重さや長さ、嵩張りから膝で歩いたり胡坐をかいて座る事は珍しい事ではなかった)
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