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第四十帖 永久の華
【第壱部・完】 枕草子の夢⑦ ~春はあけぼの・後編~
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四隅に配置された燭台の灯りが、柔らかく揺れる部屋。ゆったりと胡坐をかき、白の単衣に卯の花色の生絹を羽織って台に向かい合う清少納言の姿があった。化粧はしていないようだ。浅黒い肌が灯りに照り映えて見える。何か楽しい事を思い出したのか口元を軽く綻ばせ、さらさらと踊るように紙に筆を走らせている。やがて一息つくようにして筆を置いた。そして微笑みながら虚空を見上げる。
二十歳ほど年上の夫である棟世は、そんな清少納言を微笑ましく感じ何も口出しする事なく、彼女の好きなように任せていた。
「……ふふふ、鳳仙花さんには負けたわ。あんなに膝を突き合わせて話したのは初めてだったけど、結局言う通りに復活するつもりになって書いてしまったもの……」
と呟く。
「あの子ったら、本当に無欲というか。人が良すぎるというか。せっかくお話の中に鳳仙花ちゃんと紅さんを登場させようとしたのに……」
その時の鳳仙花の言の葉が、今でも耳に残っている。鈴の音のようにころころと転がような、澄んだ不思議な声が。
『……いいえ。私たち一族は、時の世に埋もれていく身に過ぎません。風のように、目に見えずひっそりと。ご縁のあった御方にほんの少し、たまゆらの彩を残すのみです。逆を言ったら、表に出るべきではないのです。もし時の世に残る宿世にあるのなら、一族はとっくに「宮廷お抱え磨爪師」として地位を築き上げてきた筈です。ですから、もしお話に登場させて頂けるなら姿形を変えて、またほんの一部、爪紅の表現などで表して頂けたのなら本望です』
そう言って穏やかに微笑む彼女は、まるで星の光を集めて作った薄絹に包まれたように神々しく、不可思議な魅力を持って見えたものだ。そして更に、鳳仙花とのやり取りを振り返った。
『……そしたら、作品を書いて定子様に、文壇の皆様に読んで頂くのは如何でしょう? ひたすら、楽しかった事、美しい季節の移り変わり、何よりも定子様の才色兼備なご様子、御門との仲睦まじい御様子を書き記すのです。そうすれば、清少納言様の定子様への揺るぎないお気持ち、それ故に文壇の事を誰よりも気にかけていた事。裏切りようがない事も伝わりますし、文壇の方々の疑念も晴れるのではないでしょうか? 何よりも時の世に刻まれ、後の世にも伝える事が出来ますし』
嬉々として瞳を輝かせて語る鳳仙花に、いつしか清少納言も筆を取るつもりになっていた。こうして離れていても定子の全てを思い出せる。美しい漆黒の髪の一本一本、透き通るような白さの細く長い指の一つ一つ、馥郁たる香り、透明感と張りのある荘厳なる声に至るその全てを。その全てに惹かれ、敬愛してやまない溢れる想いを。そして情熱の赴くままに、鳳仙花の前で序章を書いて見せた。それは……
ある日、定子から文壇の女房たちにこのような問いかけがあったのだ。定子は常に、女房たちと知性と感性を感性を磨き合い、高め合う事に努めていた。
『さて。春、夏、秋、冬。それぞれの季節の中で何が一番好きかしら?』
と。月並みな答えでは満足して頂けない。そこで、清少納言がこたえた事、それをそのまま書き記したものだ。書いたものをそのまま見せると、鳳仙花はうっとりとした表情で読み、そして涙ぐんでいた。
『……くすん、素敵です。春は曙、なんですね。……くすん……私なら桜とかありきたりに答えちゃう。夜明け、確かに。四季の始まりだから春にもかかるし……』
『そんな、泣くような内容では……』
『だって、美しい光景がありありと目に浮かぶのですもの! 人は、あまりにも神秘的なものを見ると、感激して涙が出てくる事がある、て言いますもの』
そう言って、涙を袖で拭うのだった。
ーーーーーーー
【枕草子 第一段】
《原文》
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
夏は夜。月の頃はさら也、闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ一二など、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。
秋は夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の、寝所へ行くとて、三四、二つみつなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。
冬は早朝。 雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。 霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。
《意訳》
春は夜明けの頃が良い。日が昇っていくにつれて、段々と白んでいく山と空の境界線がかすかに明るくなって、紫がかった雲が、細くたなびいているのが素敵。
夏は夜が良い。月が出ている頃は言うまでもなく、月のない闇夜もまた、蛍がたくさん飛び交っているのがとても趣がある。また、ほんの一匹か二匹が仄かに光りながら飛んでいくのも風情があって素敵。雨が降るのも素敵。
秋は夕暮れ時が良い。夕日が差し込んで山と空の境界線の下がとても近くなっている際に、カラスが寝床へ帰ろうとして、三、四羽、二羽三羽と飛び急いている様子がしみじみと感じ入る。まして、雁などの群れが列を組んで飛んでいるのが遠くに大変小さく見えるのは、とても趣があって素晴らしい。すっかり日が落ちてから聞こえてくる風の音た虫の鳴き声などは言うまでもなく素敵。
冬は早朝が良い。雪が降り積もっている事は言うまでもなく素敵で、霜がおりて格別に白いのも、またそうでなくても非常に寒い早朝に火などを急いで起こして、渡殿など炭を持ってあちらこちらに移動するのも非常に似つかわしい。昼頃になって寒さが少しずつ和らいで、ぬるくなっていくと、火桶の火も白く灰みたいで見た目が良くない。
ーーーーーーーー
それから数日後に、源経房より文が届く。「定子様より『誰にも知られぬように』と念を押された上でのの伝言です」と書かれていた。鳳仙花は、「ほらね」と何もかも見透していたように微笑むと、敢えて清少納言の様子を目に入れぬように静かに部屋の隅に行き、ゆっくりと腰をおろした。
緊張のあまり息がつまりそうになりながら、定子からの伝言の封を開ける。
『これは……!』
そこには定子の直筆で『いわでおもふぞ』と書かれており、山吹の花びらが一枚包まれていた。
(古今集の有名な和歌、「口にしなくても、あなたへの思いはどれほど強いかお分かりですか?」という下の句苦の……)
「いわでおもふぞ」、それだけで定子の全ての思いを感じ取った清少納言の瞳に、どっと涙が溢れる。さらに山吹の花びらは拾遺集の中の和歌「わがやどの八重山吹は一重だに散り残らむ春のかたみに」(※)を表すものだ。
(……つまり定子様は……「私が不遇の身となれば、花が散りゆくように私の周りには誰も居なくなるでしょう。最後まで残ってくれる花びら、それこそ清少納言、そなただと信じてますよ」……。すぐに返信せねば! こんな、仲間内とのちっぽけな諍いで拗ねている場合じゃなかったわ!)
『えーと、……言わで思ふぞ言うにまされる……あれ? あれ? 上の句が、何だったかしら? あら?……誰もが知ってる有名な古今集の和歌なのに……』
感極まった為か、どうしても思い出せない。その様子を静かに見守っていた鳳仙花は、
『「下ゆく水」……』
とさりげなく口にした。
『あ! そうそう! 「心には下ゆく水のわきかえり言わで思ふぞ言うにまされる」だわ!」
二人は微笑み合った。
この経緯は、前述した枕草子第一三六段に書かれている。これには、訪ねて来たのは源経房、和歌をさり気なく示唆したのは幼い子どもとなっており、その後まもなく復帰したと記されている。中でも復帰した際、気恥ずかしさのあまり小さくなって衝立に隠れてしまう清少納言に、定子が「あそこに隠れているのは新参者かな?」と言ったので、皆どっと笑い温かく迎えられた、というくだりは有名である。
(※ 私の家に、八重咲き山吹には沢山の花びらがあります。でも、秋になっ今は皆散ってしまいました。しかし、よく見るとたった一枚だけ花びらが残っているのです。まるで春の形見のように)
~【第壱部・完】~
二十歳ほど年上の夫である棟世は、そんな清少納言を微笑ましく感じ何も口出しする事なく、彼女の好きなように任せていた。
「……ふふふ、鳳仙花さんには負けたわ。あんなに膝を突き合わせて話したのは初めてだったけど、結局言う通りに復活するつもりになって書いてしまったもの……」
と呟く。
「あの子ったら、本当に無欲というか。人が良すぎるというか。せっかくお話の中に鳳仙花ちゃんと紅さんを登場させようとしたのに……」
その時の鳳仙花の言の葉が、今でも耳に残っている。鈴の音のようにころころと転がような、澄んだ不思議な声が。
『……いいえ。私たち一族は、時の世に埋もれていく身に過ぎません。風のように、目に見えずひっそりと。ご縁のあった御方にほんの少し、たまゆらの彩を残すのみです。逆を言ったら、表に出るべきではないのです。もし時の世に残る宿世にあるのなら、一族はとっくに「宮廷お抱え磨爪師」として地位を築き上げてきた筈です。ですから、もしお話に登場させて頂けるなら姿形を変えて、またほんの一部、爪紅の表現などで表して頂けたのなら本望です』
そう言って穏やかに微笑む彼女は、まるで星の光を集めて作った薄絹に包まれたように神々しく、不可思議な魅力を持って見えたものだ。そして更に、鳳仙花とのやり取りを振り返った。
『……そしたら、作品を書いて定子様に、文壇の皆様に読んで頂くのは如何でしょう? ひたすら、楽しかった事、美しい季節の移り変わり、何よりも定子様の才色兼備なご様子、御門との仲睦まじい御様子を書き記すのです。そうすれば、清少納言様の定子様への揺るぎないお気持ち、それ故に文壇の事を誰よりも気にかけていた事。裏切りようがない事も伝わりますし、文壇の方々の疑念も晴れるのではないでしょうか? 何よりも時の世に刻まれ、後の世にも伝える事が出来ますし』
嬉々として瞳を輝かせて語る鳳仙花に、いつしか清少納言も筆を取るつもりになっていた。こうして離れていても定子の全てを思い出せる。美しい漆黒の髪の一本一本、透き通るような白さの細く長い指の一つ一つ、馥郁たる香り、透明感と張りのある荘厳なる声に至るその全てを。その全てに惹かれ、敬愛してやまない溢れる想いを。そして情熱の赴くままに、鳳仙花の前で序章を書いて見せた。それは……
ある日、定子から文壇の女房たちにこのような問いかけがあったのだ。定子は常に、女房たちと知性と感性を感性を磨き合い、高め合う事に努めていた。
『さて。春、夏、秋、冬。それぞれの季節の中で何が一番好きかしら?』
と。月並みな答えでは満足して頂けない。そこで、清少納言がこたえた事、それをそのまま書き記したものだ。書いたものをそのまま見せると、鳳仙花はうっとりとした表情で読み、そして涙ぐんでいた。
『……くすん、素敵です。春は曙、なんですね。……くすん……私なら桜とかありきたりに答えちゃう。夜明け、確かに。四季の始まりだから春にもかかるし……』
『そんな、泣くような内容では……』
『だって、美しい光景がありありと目に浮かぶのですもの! 人は、あまりにも神秘的なものを見ると、感激して涙が出てくる事がある、て言いますもの』
そう言って、涙を袖で拭うのだった。
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【枕草子 第一段】
《原文》
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
夏は夜。月の頃はさら也、闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ一二など、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。
秋は夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の、寝所へ行くとて、三四、二つみつなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。
冬は早朝。 雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。 霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。
《意訳》
春は夜明けの頃が良い。日が昇っていくにつれて、段々と白んでいく山と空の境界線がかすかに明るくなって、紫がかった雲が、細くたなびいているのが素敵。
夏は夜が良い。月が出ている頃は言うまでもなく、月のない闇夜もまた、蛍がたくさん飛び交っているのがとても趣がある。また、ほんの一匹か二匹が仄かに光りながら飛んでいくのも風情があって素敵。雨が降るのも素敵。
秋は夕暮れ時が良い。夕日が差し込んで山と空の境界線の下がとても近くなっている際に、カラスが寝床へ帰ろうとして、三、四羽、二羽三羽と飛び急いている様子がしみじみと感じ入る。まして、雁などの群れが列を組んで飛んでいるのが遠くに大変小さく見えるのは、とても趣があって素晴らしい。すっかり日が落ちてから聞こえてくる風の音た虫の鳴き声などは言うまでもなく素敵。
冬は早朝が良い。雪が降り積もっている事は言うまでもなく素敵で、霜がおりて格別に白いのも、またそうでなくても非常に寒い早朝に火などを急いで起こして、渡殿など炭を持ってあちらこちらに移動するのも非常に似つかわしい。昼頃になって寒さが少しずつ和らいで、ぬるくなっていくと、火桶の火も白く灰みたいで見た目が良くない。
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それから数日後に、源経房より文が届く。「定子様より『誰にも知られぬように』と念を押された上でのの伝言です」と書かれていた。鳳仙花は、「ほらね」と何もかも見透していたように微笑むと、敢えて清少納言の様子を目に入れぬように静かに部屋の隅に行き、ゆっくりと腰をおろした。
緊張のあまり息がつまりそうになりながら、定子からの伝言の封を開ける。
『これは……!』
そこには定子の直筆で『いわでおもふぞ』と書かれており、山吹の花びらが一枚包まれていた。
(古今集の有名な和歌、「口にしなくても、あなたへの思いはどれほど強いかお分かりですか?」という下の句苦の……)
「いわでおもふぞ」、それだけで定子の全ての思いを感じ取った清少納言の瞳に、どっと涙が溢れる。さらに山吹の花びらは拾遺集の中の和歌「わがやどの八重山吹は一重だに散り残らむ春のかたみに」(※)を表すものだ。
(……つまり定子様は……「私が不遇の身となれば、花が散りゆくように私の周りには誰も居なくなるでしょう。最後まで残ってくれる花びら、それこそ清少納言、そなただと信じてますよ」……。すぐに返信せねば! こんな、仲間内とのちっぽけな諍いで拗ねている場合じゃなかったわ!)
『えーと、……言わで思ふぞ言うにまされる……あれ? あれ? 上の句が、何だったかしら? あら?……誰もが知ってる有名な古今集の和歌なのに……』
感極まった為か、どうしても思い出せない。その様子を静かに見守っていた鳳仙花は、
『「下ゆく水」……』
とさりげなく口にした。
『あ! そうそう! 「心には下ゆく水のわきかえり言わで思ふぞ言うにまされる」だわ!」
二人は微笑み合った。
この経緯は、前述した枕草子第一三六段に書かれている。これには、訪ねて来たのは源経房、和歌をさり気なく示唆したのは幼い子どもとなっており、その後まもなく復帰したと記されている。中でも復帰した際、気恥ずかしさのあまり小さくなって衝立に隠れてしまう清少納言に、定子が「あそこに隠れているのは新参者かな?」と言ったので、皆どっと笑い温かく迎えられた、というくだりは有名である。
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