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第三話
月読命???【二】
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しばらく、優しい時が過ぎて行く。このままずっと時が止まれば良い。自分の容姿を妄想で美化し、ロマンチックな時を……。
などと、大半の女子が胸をときめかせるだろう。だが、あたしはそんな夢を見られるほど甘い人生を歩んで来ていない。ほんのひと時だけ夢に浸ったけれど、すぐに現実に立ち返る。あたしは自分自身をよく知っている。
如何せん、この話は全くもって現実的ではない。有耶無耶にして後で痛い目を見るのは御免被りたいところだ。
「有難うございます。普段、あまり褒めて頂く事に慣れていないので、どう反応すれば良いのか戸惑ってしまうのですが……。いくつか過大評価をして頂いているようですので訂正させて頂きますね」
向かい側の麗人は、穏やかに笑みを浮かべている。耳を傾けてくれている。正直に言って、このお話を蹴るのは惜しい、少し……いや、かなり。
「秘書の件は、やはり秘書検定の一級とか経理事務経験の女性を雇う方が効率が良いと思われます。占いの件についても、私には圧倒的に経験値が足りない上に社交が苦手なのでご迷惑をお掛けするだけかと思います。それと、武術の件ですけれど。幼い頃から体を動かす事が好きで。それが長じて習っていただけですし。黒帯級と申しましても別に特別な事でもなくて。頑張れば誰でも到達出来る範囲なのです」
そう、別に極めた訳ではない。極めるところまでは到達できないのだ。武術に限らず。そして一番の疑問点は……これよ。
「何よりも表向きだけの『妻』に、という事ですが……」
全く、以前流行ったライトノベルとか漫画でもあるまいに。
「私と紫柳さんとでは釣り合いが取れな過ぎて夫婦どころか付き合っているとさえ思われないと思うのです。もっと容姿的にも釣り合いの取れた方を雇うべきです。それと、我が一族がそうなのですが、占いには必ずしも霊感霊視など特別な力は必要ありません。ですから、こういった能力がありますと、自ずと守護霊様のお声を聞く事や場合によっては除霊など、時に悪霊やら生霊などと闘う事が必要となる。そうなると、一緒に働く上で全く視えない、感じない私がいると足を引っ張ってしまう可能性が高いです、お役には立てないかと」
冷静に言い切る事が出来た自分を、少しだけ誇りに思う。そうなのだ、我が一族は時に人ではないものを扱う事もある。怖いモノが苦手なあたしとしては、0感で良かったと思っているのは秘密だ。姉は、霊能力は優れているが正直言って運動音痴なので外出時、姉の美しさに惑わされる奴らを撃退するには、ボディーガードを雇うしかない。そこで、あたしがその役目をかって出た、そんな経緯だ。
「なるほど。他に、おっしゃりたい事はございませんか?」
これは穏やかに微笑みながら切り返した。大きく頷いて答える。
「では、質問にお答えしますね」
彼は動揺した様子もなく、至って落ち着いている様子だ。
「付き合っているというより妻とした方が、一緒の場所で共に働いているのでちょっかい出しにくいでしょう。揃いの指輪を見て諦める人も多いかと思われます。また、秘書業務に関しても本格的なものは必要ありません。司法書士を別に雇っていますしね。こちらは勿論男性です。あぁ、失礼しました、先に話しておくべきでしたね」
「い、いいえ」
(本当だよ、それを先に言えって。まぁ、だからってはい、では契約します! とはならないけどさ)
「武術に関しても万が一の時に自分の身は自分で守れる力があればそれ以上には望みません。まぁ、滅多にない事と思いますが。また、目に視えないものからの攻撃は必ずお守りしますからご心配なく」
そう言って、彼は遠くを見つめるような眼差しをした。瞳の色が、透き通ったオリーブグリーンとクリアブラウンの変色性を帯びて見える。やはり、宝石の『アンダリュサイト』そのままだ。いや、見惚れている場合でもないのだけれど。第一、目に視えないモノからの攻撃からは守る、何を根拠にそんな自信が……
「占いについても、必要に応じてこなして頂けましたら。経験が足りないようですので、毎日練習台としてお付き合いしますよ。きっと、司法書士も協力して頂けるかと。後ほど紹介しますね」
司法書士? うーん、肝心な事がまだ……よし!
「あの、一番お伺いしたいのは……」
「どうして妃翠さん、あなたでなくてはいけないのか? ですね?」
彼は妖艶に微笑んだ。ゾクリとしそうな程の色気に背筋が寒くなる。
などと、大半の女子が胸をときめかせるだろう。だが、あたしはそんな夢を見られるほど甘い人生を歩んで来ていない。ほんのひと時だけ夢に浸ったけれど、すぐに現実に立ち返る。あたしは自分自身をよく知っている。
如何せん、この話は全くもって現実的ではない。有耶無耶にして後で痛い目を見るのは御免被りたいところだ。
「有難うございます。普段、あまり褒めて頂く事に慣れていないので、どう反応すれば良いのか戸惑ってしまうのですが……。いくつか過大評価をして頂いているようですので訂正させて頂きますね」
向かい側の麗人は、穏やかに笑みを浮かべている。耳を傾けてくれている。正直に言って、このお話を蹴るのは惜しい、少し……いや、かなり。
「秘書の件は、やはり秘書検定の一級とか経理事務経験の女性を雇う方が効率が良いと思われます。占いの件についても、私には圧倒的に経験値が足りない上に社交が苦手なのでご迷惑をお掛けするだけかと思います。それと、武術の件ですけれど。幼い頃から体を動かす事が好きで。それが長じて習っていただけですし。黒帯級と申しましても別に特別な事でもなくて。頑張れば誰でも到達出来る範囲なのです」
そう、別に極めた訳ではない。極めるところまでは到達できないのだ。武術に限らず。そして一番の疑問点は……これよ。
「何よりも表向きだけの『妻』に、という事ですが……」
全く、以前流行ったライトノベルとか漫画でもあるまいに。
「私と紫柳さんとでは釣り合いが取れな過ぎて夫婦どころか付き合っているとさえ思われないと思うのです。もっと容姿的にも釣り合いの取れた方を雇うべきです。それと、我が一族がそうなのですが、占いには必ずしも霊感霊視など特別な力は必要ありません。ですから、こういった能力がありますと、自ずと守護霊様のお声を聞く事や場合によっては除霊など、時に悪霊やら生霊などと闘う事が必要となる。そうなると、一緒に働く上で全く視えない、感じない私がいると足を引っ張ってしまう可能性が高いです、お役には立てないかと」
冷静に言い切る事が出来た自分を、少しだけ誇りに思う。そうなのだ、我が一族は時に人ではないものを扱う事もある。怖いモノが苦手なあたしとしては、0感で良かったと思っているのは秘密だ。姉は、霊能力は優れているが正直言って運動音痴なので外出時、姉の美しさに惑わされる奴らを撃退するには、ボディーガードを雇うしかない。そこで、あたしがその役目をかって出た、そんな経緯だ。
「なるほど。他に、おっしゃりたい事はございませんか?」
これは穏やかに微笑みながら切り返した。大きく頷いて答える。
「では、質問にお答えしますね」
彼は動揺した様子もなく、至って落ち着いている様子だ。
「付き合っているというより妻とした方が、一緒の場所で共に働いているのでちょっかい出しにくいでしょう。揃いの指輪を見て諦める人も多いかと思われます。また、秘書業務に関しても本格的なものは必要ありません。司法書士を別に雇っていますしね。こちらは勿論男性です。あぁ、失礼しました、先に話しておくべきでしたね」
「い、いいえ」
(本当だよ、それを先に言えって。まぁ、だからってはい、では契約します! とはならないけどさ)
「武術に関しても万が一の時に自分の身は自分で守れる力があればそれ以上には望みません。まぁ、滅多にない事と思いますが。また、目に視えないものからの攻撃は必ずお守りしますからご心配なく」
そう言って、彼は遠くを見つめるような眼差しをした。瞳の色が、透き通ったオリーブグリーンとクリアブラウンの変色性を帯びて見える。やはり、宝石の『アンダリュサイト』そのままだ。いや、見惚れている場合でもないのだけれど。第一、目に視えないモノからの攻撃からは守る、何を根拠にそんな自信が……
「占いについても、必要に応じてこなして頂けましたら。経験が足りないようですので、毎日練習台としてお付き合いしますよ。きっと、司法書士も協力して頂けるかと。後ほど紹介しますね」
司法書士? うーん、肝心な事がまだ……よし!
「あの、一番お伺いしたいのは……」
「どうして妃翠さん、あなたでなくてはいけないのか? ですね?」
彼は妖艶に微笑んだ。ゾクリとしそうな程の色気に背筋が寒くなる。
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