ツクヨミ様の人間見習い

大和撫子

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第三話

月読命???【三】

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「一番重要なのはですね、一緒に働いていて私に恋愛感情を一切抱かない方を探しておりました」
 
 ん? ん? あー、なるほど! すぐに悟った。

「確かに! 一緒に仕事をしていて懸想されてしまったら益々仕事がやりにくくなりますものね!」

 それは泥沼だ、底なし沼という名の。その点、あたしならまず恋心を抱く事はないから安心、と。最初から無理だと分かっているのに恋なんかしないし。

 それに……ここだけの話、実はあたしは『アセクシャル』なんじゃないかと秘かに思っているのだ。

 とはいうものの、この人の発言はちょっとそれはもうすぐ二十三歳になる女(一応)に対してはどうよ? と思わなくもないけれど、納得した!

「はい、勿論おっしゃる通りそれもありますが……」

 不意にその眼差しに憂いの影が差す。長い睫毛を伏せ、瞳の色が蜂蜜色に艶めく。……どうしたのだろう?

「……私には長年、想っている方がおりまして」

 まるで、痛みを耐えるように呟く声。掠れていたのは、その愛しい女《ひと》を想い起こしているからだろう。

 ……あぁ、そうか。なるほど。

 唐突に全てを理解した。詳細は知らないし話されない限り聞かないけれど、ずっと心に秘めた女《ひと》が居たら、周りからのアプロ―チなんかは煩わしいだけだよね。

 ……あぁ、だからあたしみたいに、恋愛感情を抱かない女と形の上だけの妻として一緒の職場にいればにもなるしね。

「そうでしたか」

 それ以上言わなくても良いですよ、分かったから。という意味を込めて一言だけ言った。

「有難うございます、ご理解して頂けたようで」

 ホッとしたように彼は微笑む。

「それでは、契約書をご覧の上サインを」

 あれ? ちょっと待って。まだ確認しないといけない事が……!

「あの! その前に! 理由はよく分かったのですけど、どうして私が適任だと思われたのですか? 私の趣味嗜好などはSNSも特にしていないですしどうやって……」
「あぁ、私とした事が! 肝心な事を申し忘れました!」

 彼は天を仰ぎ、額に右手を当てる。これは芝居がかっている。狙ってそしているとみた。つまり、確信犯だな。わざと重要な事を後から……

「あなたは秘密が守れる方だと信頼して申し上げますと……」

 あたしにしっかりと向き合い、身を乗り出す。透き通ったライムグリーン色に移り変わった瞳がキラキラと輝き出す。

「私の正体は月読命《ツクヨミノミコト》なのです。訳あって、地上へはとしてやってきました」

「はい?」

 ……ツクヨミノミコト、それって日本神話の? つまりカミサマ??? これは、どこまでが冗談なのだろうか? どう反応すれば良いのだろう? 確かに、人間離れした美貌だけれど……

「いきなり信じるのは難しいですね。では、その神である証に、今朝のあまたのタロットカードの御神託を当ててみましょうか」

 何と、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるではないか!

「今日の一日は『塔《タワー》』でしたね」
「え? えーーーーーーーっ?」

 ど、どうして知っているの? 私しか知らない筈なのに。あ、『塔』の意味。『衝撃の出来事』『今までの自分の培ってきた常識を覆すような驚愕』。

「さて、アドバイスは『吊るされた男』、でしたね!」

 彼は意味有り気に口角を上げた。

 言葉を失った。アドバイスの『吊るされた男』は、『まな板の上の鯉状態』、抵抗しても無駄なので大人しく潔く吊るされなさい。

 ……意訳するとつまり、抵抗しても無駄なので契約してしまいなさい……

 麗人は黒鞄の中から丁寧に漆黒のベルベッドの小箱を取り出したのを呆然と見ていた。

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