ツクヨミ様の人間見習い

第七話

マジですかぁ？ 時には、人ではないクライアントも？？？ 【五】

　
　震える手、恐怖に戦く心臓と話してもいない内から怖がるのは失礼だろうと己を叱咤する良心とのせめぎ合いと葛藤しつつ、

「ようこそいらっしゃいました」

　と通常通り声をかける。果たして入室してきたのは……ふわりとセピア色の絹糸が目の前を流れた。肩の下あたりまで伸ばされた、癖のない素直な髪質だ。長い睫毛に囲まれた瞳は奥二重で、目尻がやや下がっており、微かな色香が醸しだされている。身長は私より少し高い程度だろうか。

（うわぁ、細い……）

　それはそれは折れそうなほど細く、見るからに儚げな和風美人だった。桜色のSラインワンピースが、青白い肌を柔らかく引き立てている。ランと名乗った彼女は、私に視線を向ける事なく吸い寄せられるようにして粋蓮と日比谷が待つ場所へと歩いていく。これは殆どのクライアントはそのように反応するか、もしくはチラリと一瞥くれるだけで粋蓮と兎の日比谷に目を輝かせる。少し前に述べたが、私と粋蓮の仲を邪推したり関心を寄せるクライアントは一カ月近く経った今現在も一人も居ない。揃いの指輪をしていても私たちの仲を考えもしない故に、目に入らないのだろう。

「「お待ち申し上げておりました」」

　粋蓮と日比谷は、声を揃えてそういいながら、示し合わせたように同時にお辞儀をした。英国紳士のやる、左足を引いて右手を胸の前に置き、恭しくお辞儀をするスタイルだ。インターネットでここ『ディスティニー・ポイント』の評判を調べたところ、この英国紳士スタイルのお辞儀も秘かな名物らしい。どうしたら主に女性クライアントに受けが良いか、事前に日比谷が調べたそうだ。インターネットを駆使して、とは言っていたが、もしかしたら乙女ゲームや漫画、ライトノベルの流行りの傾向なども調べたのではないかと推測している。その内聞いてみようと思う。

「こちらのお席にどうぞ」
　
　粋蓮の差し示す場所に日比谷が先回りし、木製の白い両手で椅子を引いて、ランと名乗る女性が座るようエスコートする。てっきりいつもの個室で鑑定をするのだと思ったが、今回は鑑定室の窓辺よりに設けられたオープンスペース（と呼んでいる）での鑑定らしい。ここは閉所恐怖症だったり、粋蓮と二人だけの密室は照れるとかそういう方向けの鑑定スペースなのだ。

　さて、鑑定内容などは耳に入らない風を装いつつ、あたしはタロットの歴史の本を広げた。日比谷はあたしの隣で待機するらしい。このクライアントに、人でないモノの筈だけれど、普通に肉眼で見えるし今のところ怖さはない。ただ、病的なほど細く儚げなところは気になった。