ツクヨミ様の人間見習い

大和撫子

文字の大きさ
47 / 51
第十話

時に神が不公平で無情に思える理由【一】

しおりを挟む
 ……はぁ、何やってんだろうな、あたし……

 心の中で大きな溜息をつく。今、自宅の応接室で隣り合って座る粋蓮と美女。ガラス製テーブルを挟んで粋蓮の向かい側にあたし、あたしの隣……つまり美女の向かい側に日比谷という順番で座っている。テーブルにはそれぞれの分の白いマグカップが置かれ、ミルクティーがほこほこと温かな湯気を立てていた。淹れたのはあたしだ、勿論市販のお湯を注ぐだけという便利なあれだ。

 美女は安心したように花笑みを浮かべ、うっとりと隣に座る粋蓮を見上げる。粋蓮もまた、この上無く優しい眼差しで彼女の視線を受け止めている。蕩けるように輝くオリーブグリーンの瞳に、ただ一人を映して……。まぁ、俗に言う鼻の下を伸ばしてるってやつだ。だけど浮世離れした美形なものだから、間の抜けた面差しには見えない。

 ……美女の名前は咲く夜と書いて咲夜サクヤと言うらしい。

 話は少し前に遡る。

 あれから、粋蓮も美女をあたしもずぶ濡れだという事で、日比谷の一声で粋蓮の自宅へと直行した。彼らは車で移動してきたらしく、日比谷の差し出してくれた白いタオルを美女に渡して車内に乗り込んだ。あたしは一見細いけど体は丈夫だ、数少ない取り柄の一つ。病弱そうな彼女に風を引かせる訳にはいかない。

 車の中での重苦しい沈黙。それは、悲痛な面持ちで俯く美女と戸惑うようにして彼女を見つめる粋蓮のせいだ。当然のように運転席に座ろうとする粋蓮を制して助手席を促し、運転席の後ろに美女、助手席の後ろにあたしという配置となった。今にも泣き出しそうに俯く美女と、助手席から斜め後ろを見てどう声をかけよう、どう切り出そうと迷っているように見える粋蓮。日比谷が運転を変わったのは的確な判断だと思う。

 この重苦しい雰囲気、あたしが何か言った方が良いのだろうか、いやいや、待て待て。何をどう切り出せば良いのかノープランだ。美女は薄紅色の薔薇の蕾みたいな唇を噛みしめ、膝の上のコートの生地を両手に握り締めている。何か思い詰めている様子だけれど……あたしから何か声をかけるべきだろうか?

「えーと、あの……」
「あの!」

 あたしが声をかけようと口を開くのと、彼女が口声をかけるのが同時に行われた。酷く思い詰めたような表情だ。黒目がちで零れそうなほど大きな漆黒の瞳が、うるうると潤んでいる。その姿はさながら雨に濡れた白い酔芙蓉を思わせた。その儚げな風情に、あたしが男ならきっと抱き寄せたくなるのだろう。彼女は思い切ったように大きく息を吸うと、その美しい声はこう奏でた。

「……あなたとツクヨミ様は、御結婚されているのですか?」
「は?」

 反射的に間抜けな声が出た。開口一番、それかよ? と。だけど言われてみれば彼女にしてみたらさぞや衝撃だろう、探し求めていた運命の君が、凡人代表のチンチクリンの上にブチキレ易い凶暴女とあれば。

「いいえ、これには深い訳があって……」

 慌てたように口を開こうとする粋蓮を軽く目で制して、仮初の夫婦契約をした経緯、戸籍上は真っ白でありあくまでもカモフラージュである事などを包み隠さず説明した。

 車内でそんな経緯があり、冒頭の見つめ合う二人がいる訳だ。

 何だろう? もの凄く疲れた。出来れば今すぐシャワーを浴びてベッドに横になりたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...