ツクヨミ様の人間見習い

第十話

時に神が不公平で無情に思える理由【四】

　何かやらかした訳でもないのに、自分の我儘で十人解雇してあたしを新しく雇うとか有り得ないでしょう！　これだから、完全無欠の天界の御方は……

「あなたでしたら、護衛役を十人分くらいの働きをして下さるでしょうし。待遇面も今と変わらないように手配致します。如何です？」

　あたしの本音の叫びを知る由もなく、当然のように会話を進める彼女に苦笑せざるを得ない。きっと、人間見習いと言っても。自分の言動に異を唱える者が居なかったので全く想像すら出来ないのだろう。さて、どう伝えるべきか？

「……そうなりますと、私は咲夜様の御宅で住み込みで働く……働かせて頂くという事になるのでしょうか？」

　この辺りからやんわりと伝えて行ってみるか。

「ええ、勿論ですわ。あなたに不自由な思いはさせなくてよ？　ご安心なさい」

　と花笑みをお浮かべになられた。駄目だ、こりゃ。もうあたしとは完全に感覚がズレているわ……何だかまた一気に疲れた。こちらの真意が伝わる事はないんだろうなぁ。

　あのさぁ、どこのどの神様がそうしたのかは知らないけどさぁ、人間見習いと称するなら人間界の大部分を占める善良なる凡人を経験させるべきでしょうよ！　生まれながらにして容姿才能家柄人望……いや人望は甚だ疑問はあるが……恵まれ過ぎてたら人間見習いの意味が皆無だと思うんですけど。チート能力を手に入れたラノベのヒロインじゃないんだからさぁ。

「お言葉ではございますが、住み込みで働くのは正直に申しまして抵抗がございます」
（もう面倒だ、ハッキリ言ってやろうっと）

「……まぁ、何故ですの？」

　大きな目を尚一層見開き、みるみる内に瞳が潤んでいく。「酷いわ、あなたの為を思って提案しているのに」てか？　あー……何だろう？　別にあたしが意地悪した訳じゃなのに、あたかもあたしが虐めてしまった？　と思わせてしまう美女の特権力が存分に発揮されてます感をひしひしと感じるのは。

「特別に悪行を働いた訳でもないのに解雇される側の人間の立ち場になって考えると、咲夜様や私が逆恨みをかう可能性もありますし、そこまでして雇って頂くのは気が引けるからです」
「もしかして、ツクヨミ様とご一緒に住み続けたい……」
「違います！！！」

　何でそういう発想になるのか？　即否定した。冗談じゃねーや。あーあ、とうとう美女の瞳から美しい透明の雫が零れ落ちてしまった。泣き顔も綺麗っすね。美人女優の嘘泣きみたいに、顔が歪まない。もしかして涙も宝石で出来るんスか？

「では、何故……」

　とうとう両手の平で顔を覆ってシクシクと泣き出してしまった。ほーら、ツクヨミサマの咎めるような眼差し。はいはい、あたしが全部悪いって事でいーっすよ、もう。ツクヨミ様は愛する女の方を引き寄せて優しく抱き締めた。

「妃翠、どういう事だ？　咲夜がこんなに心を尽くしてるというのに」

　ムカッときた。文字通り筆舌に尽くし難い怒りだ。泣きたいのはこっちの方だ！　理不尽極まりない、お前らみたいな完全無欠の奴らが、凡人を無自覚に踏みにじる。お前らも内の一族と同じだ！！！　激しい怒りで体中の血が沸騰した。ガタッと勢いよく立ちあがろうとしたその時、

「じゃぁこうしよう。スイッチ、俺ん家に来いよ、な？」

　左腕で椅子ごとあたしを支えるようにして制し、穏やかな笑みを浮かべた日比谷がそう声をかけた。

「へ？」
「え？」
「はっ？」

　あたし、咲夜さん、ツクヨミ様、三者三様。同時に疑問符を発した。