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マザー 1
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朝目覚めると、今日も部屋の中には俺1人だった。
寝坊をしているとかそんなのでは決してない朝の9時起床だと言うのに、クイーンサイズのベッドで寝ていた俺の隣には誰もいない。
戦いが終わった後、お偉い人間は俺の事を調べ上げ、そして偽造カードで買い物した事がバレた。
買い物をした金額と、多少の罰則金を返済した俺は現在アジトでノンビリと地球の環境調査もしながら改造人間修理工、ドクターとして暮らしている。
アジト周りの森部分の拡大を図るために植林作業し、小屋に近かったアジトの建て直しも行ったので、ここは立派な隠れ家となっている。
とは言っても連絡があるまでは施設に戻らないーって生活ではなく、週に1回は施設に出勤している。
現在あの施設はガドルを代表とし「再び地球に人間を」をキャッチコピーとした研究施設になっていた。そこで俺は修理技術を一般の人間に教えるという意に反した授業をやらされている。
修理技術を教えると言う事は、改造人間の作り方を教えてるようなモンだ。
本来なら絶対にしなかっただろう授業を、週に1回の1時間と言うかなりスローペースで進めている。
ドクターとして暮らしていた俺は、月に住む一般市民からなる支援団体の強烈な政府への抗議により偽造カードで買い物をした分の金と罰則金を支払うだけで罪が許された。多分ネットテレビで今までの改造人間に対する人間の扱いとか色々放送されたのが切欠だろうと思う。
で、お偉い人間は次にスイの事を色々調べた。
俺と同じく偽造カードで買い物をしていたスイも罪に問われる事になったのだが、他にも、月に買い物に行った事で不法入国が加わり大罪とされた。
スイの肩書きは改造人間開発チームの1人と言う設定だったが、実際にスイは改造人間を造っていない事から、戦争に貢献していない。として支援団体の講義もなかったらしい。
お偉い人間はスイの有罪をネットテレビで報道し、それによってスイは指名手配された。
捕まったら間違いなくスクラップにされる。
それは俺でも、もちろんスイにだって分かっていたし、そもそもアジトからは出ないつもりでもいたから、捕まらなければ大丈夫。なんて軽く考えていたんだ。
スイが指名手配されてから1ヶ月と少し。
研究施設にいる改造人間達の定期メンテを数日前に終わらせていたにも関わらず、タイキから連絡が入った。
急患の知らせだった。
指名手配されているスイを留守番させシャトルでやって来た施設で待っていたのは、急患でもタイキでもなく何人かの人間達で、スイの居所を俺に尋問した。どうやら急患が出たとタイキに嘘の報告をした奴がいたらしい。
尋問を受けてから3日、俺の通信機にスイから連絡が来た。実際どんなやり取りがあったのかは詳しく知らされてはいないが、俺が大変な事になっている。とか言う内容だったと後に聞いた。
施設に来てくれ。
そう言われたスイは、捕まるかも知れない。と言う自分の心配よりも俺の身を案じて施設にまで来て捕らえられ、そのまま月に送られ収容された。
スイが捕まったと知ったのはネットテレビで逮捕のニュースを見てからだった。
お偉い人間がそのニュースを見た後の俺をニヤニヤと笑いながら見たあの顔は、今でもハッキリと思い出せる。
「……はぁ…」
朝、起きてスグに思い出す羽目になったお偉い人間の顔をどうにかしようとベッドから這い出してパソコン前に座る。そこには前日からまとめ作業中のメモが乱雑していて、昨日の残り物であるカップに残っていたコーヒーをグイッと一気に飲んでから作業の続きを始めた。
今までの授業で教えたのはメンテを始める前の器具の手入れの仕方と、メスの使い方だ。
次からの授業は、改造人間とロボットの戦いの様子と題した内容にするつもりでいる。うまくすればそれだけで1年近く時間が稼げるだろう。
歴史のテストと題したテスト期間を設けても良いな。
人間に修理技術を教えた後のスイの扱いなんてスクラップ以外になにがある?それでも1週間に1回授業をしなければならないんだから、なんだかんだと理由をつけて本題には触れない授業をしていくしかない。
もう、二度と改造人間は作らせない。それは俺だけじゃなく、スイの思いでもあるし、リオンの思いでもあった。
1枚のメモを手にとって眺める。
それは、先日調査に行った場所に関するメモと写真。
「アンタは、何を思ってた?」
写真に映るソレに声をかけ、溜息を吐く。
人間を滅ぼそうと本気で考えていたのだろうか?
だったら改造人間と戦わずに宇宙を越えて月にまで飛んでいけるロボットを作って直接人間を攻撃すれば良かったんじゃないか?
アンタには、それが出来た筈だ。
なのに、そうはしなかった……何故だ?
月を攻撃するとマズイ何かがあった?
もしそうだとしたなら、俺と良く似ているのかも知れない。
お偉い人間の言う事が本当なら今、月の収容所にはスイがいる。俺が授業をし続ける限り身の保障はするらしいが、1回も面会出来ていないんだから信じるには値しない。それでも、もうスイがいないなんて……考えられないからどうしようもない。
会わせろと言うのは簡単だ。それで会えるんなら今すぐにだって連絡をいれたい。でも、分かってる……俺がもしスイに会いたいと言えば、その分お偉い人間は、だったらあぁしろ、こうしろと次々とスイを生かす条件を増やしてくる。
会えない状況が同じなら、授業をしているだけの今のままが良い。
面倒だからとかじゃなくて、改造人間の作り方を人間に教えない為。
「……アンタなら、どうするんだろうな?」
再び写真に向かって声が出た。
そろそろ定期メンテナンスの時期か、スイのメンテは誰がするんだろう?
俺が直接担当させてもらえるのだろうか?
それとも、生徒達がメンテ出来るようになるまでスイのメンテは行われない?
くそ、せめて一言だけでも良いから話がしたい……無事なのかどうか、知りたい。
写真に視線を送り、俺はそのままアジトを出た。
授業は明日なのだから遠出をする事は控えた方が良いし、授業の準備もしなきゃならない。だけど、そんな事を考える余裕が頭には、ではなく、心になかったんだと思う。
こうして俺は写真に写っていたモノの中に降り立っていた。
前回調査した時ですら中には入らずに周囲状況を調べただけで終わらせていたから、中に入るのはあの日以来……。
リオンが最後に座っていたモニター前の椅子に腰掛け、暗い空間を懐中電灯で照らす。
今頃、本当なら授業をしている時間、か。
勝手にボイコットし、その上通信機の電源もオフにしっぱなしにしてんだ、もしスイが無事だったんだとしても終わった……かな。スイを生かす条件が授業をする事だったんだから決定打だよな。
「なぁ、あんたならどうする?」
椅子に座ったまま電源ボタンを押してみる。しかし当然のように電源はつかない。
リオンは一体どうやってコイツを壊したんだろう?
ウィルスに感染させてから初期化と言っていたから、コイツ自身にそのウイルスデータは残っていないんだよな?だったら今動かないのは電力不足か?それとも起こされる事を待っている?もっと中枢にある電源を入れる必要があるんだな。それでもここにある電源にバッテリーを繋げば数分は動くんじゃないか?
起こしてどうする?
俺は何を望む?
スイを生かす為の新たなカードの確立……けど、コイツが俺の味方になるとは思えないし、今度こそ全人類を撲滅……すれば良いんじゃないか?
スイがいないなら俺が存在する意味はないし、人間は改造人間が存在している事をよしとしていない。そして改造人間もお偉い人間を憎んでいる。
あの施設にいる人間達は、改造人間にも人権を。とは言っているが、そもそも改造人間は元々人間だ。なにを勝手に家畜扱いしてんだ?
結局、誰もイラナイんじゃないか?
そうだ、最終確認をしよう。それから結論を出したって遅くはない。
椅子に座ったまま通信機の電源を入れ、施設に連絡を入れてみた。
出たのは現在あの施設のトップに君臨しているガドルで、俺が授業に来ない事をかなり心配しているようだ。
「今日の授業は間に合いそうもないですので、自習と知らせておいてください。それと、今から月にいるお偉いさんと話をさせろ」
分かった。そう返事があって5分程でお偉い人間が通信機越しに話しかけてきた。
「どーなさいましたかぁ?先生。授業しないんですかねぇ?」
最終確認の時間だ。
「スイの安否すら知らされない状況で、授業だけしろと言う方針に疑問を抱きましてね。それに今日は授業をしないのではなく、自習ですから」
もし、今日スイの安否が分からないまま通信を切られたら、その時はコイツを修理して月に連れて行く。月から高みの見物だけしておきながら改造人間を人間よりも下にしか見ない人間達に……俺達がどんなモノと戦っていたのかってのを、見せてやるよ。
「授業さえして頂ければ身の保障はすると言う約束でしたよね?」
こんな頭の悪い奴がお偉い人間様か。クソだな。
「授業のある日に声を聞かせる、位の事が出来ないんですか?配慮がなっていませんね」
いくら大声を張り上げたくても、スイの声が聞きたいと叫びたくても冷静さを失えば付け込まれる。だから極力相手を刺激しないようにしてきた。
けど、こうして最後のカードを目の前にしてるんだから、そんな気を使わなくても良いのかも知れない。
最善の方法ではないが、スイを奪われたのだとしたらコイツを月に送り込むだけでは俺の気は済まない……。
「……ジュタ……ごめん……」
不意に通信機の向こうから恐ろしくノイズに塗れたスイの声が聞こえた。そして空かさずお偉い人間の声。
「今日は自習と言う事なので、一言だけです」
なんで……いや、そんな……待て。最後に、もう1回だけ確認させてくれ!
「今のはスイがそこで喋ったんですか?今日の、今の声なんですか?」
もう何日も収容されている筈なのに声がしっかりしていたとか、どうして俺に謝ってるのかとか、そんなのはどうだって良い。今の言葉がもし本当に今の声だと言ったら……。
「私の隣にいますよ。来週も自習なんて事にはしませんよねぇ?先生」
そうか……今の声、なんだな。いや!本当に本当に最後にもう1回……。
スグ近くで機械音がして、ボンヤリと空間が照らされる。
慌ててモニターに視線を送ると、そこには通信機を片手に喋るお偉い人間を頭上から見下ろしている風な映像が映し出された。
これは……なんだ……?
「もう1度……代わってください」
モニターに視線を向けたまま喋ると、画面に映し出されているお偉い人間は面倒臭そうに頭をかき、そして、
「今日はここまでと言っているでしょう?来週、ちゃんと授業をして頂けたら、その時にまた」
と、通信機からだけじゃなく、モニターからもそう聞こえた。
これは、今現在の月の様子……なのか?だとしたらこの画面の何処にもスイがいないのはやっぱりそう言う事なんだな。
通信機から聞こえた声はスイの声で間違いはないが、明らかに再生された独特なノイズ音が混じっていた。そしてゴメンと謝った後にぷつっと再生を切る音……。
こう言う時、改造人間になって良くなった聴覚は便利だよな、全く……。けど、だけどスイがもういないって証拠にはまだ弱いよな?拷問を受けているから今喋れない状態だから仕方なく録音の……なんでそんな音源を用意してんだよ!!
「スイのメンテナンスに近々月に行きます」
そう言って通信機を切ると、モニターに映し出されているお偉い人間は雑に通信機を切ると何処かに向けて移動を開始させたのだが、モニターはその姿を追うように画面を切り替えてくれた。そして立ち止まったのは1枚のドアの前。
歩いて来た道中の景色からここが収容所の一室である事は明らかだ。
「メンテと言われてもな……」
そんな独り言を呟いたお偉い人間は、部屋の中を覗き込みながら溜息を吐いた。そしてパッと画面が切り替わり……。
細い手足から部品が飛び出し、身動き1つしない改造人間がボォっとした目でこっちを見ていた。
なんでだよ、なんで……どうして顔だけそんな綺麗に残ってんだよ!!もっと、識別不可能なレベルまでになってりゃ、もしかしたら……この映し出されたものが人違いじゃないかって、思えるのに……。
「スイ……ッ!」
モニターを前に俺はただ俯く事しか出来ない。だってそうだろ?スイを助ける事が出来なかったんだ。
「おい!ジュタは何処だよ!」
モニターからスイの怒鳴り声が聞こえて、慌てて顔を上げると2人の人間によって部屋に連れ込まれているスイが映っていた。
え……?
「彼は今から君の命と引換えに改造人間の作り方を我々に教える事になる」
1人の人間がそう言うと、
「はぁ!?そんなのジュタがする訳ないだろ!離せっ!」
そう暴れるスイは2人の人間を殴り付けると部屋を飛び出して行った。すると場面は廊下に移り、そこにはお偉い人間と……ガドルが、いた。
「罪を償って、早く帰ってあげて欲しい……お願いだから、大人しくして。出来る限りの事はするから……」
ガドルはスイにそう静かに呼びかけ、スイは自分から部屋に戻り、中に設置されているベッドの上にドカリと寝転んでカメラに気付いたんだろう、こっちを見ている。
何だこれ?
今にも聞こえそうなスイの声に視界が歪む。
これは過去の映像なんだな、ここからどういう目に遭ってスイがあんな姿にされたのかを見せようと言うのか?
俺がのうのうと生きて授業をしている間、スイの身に起きた事をそのまま俺に見せようと言うのか!?
動きがない時は映像は倍速になって流れ、何かが起きた時は等倍になるから……何が起きたのかを全て見る事が出来ている。
改造人間を直接拷問にかけられなかった人間達は、まず始めにスイに与える食事の量を減らした。
体力を奪われて動く気力もなくなった所で拷問が始まり、殴る、蹴る。そうやって日々を重ねているうち頭や顔をガードしていた両腕は腫れ上がり、捲れ、部品が飛び出した。
改造人間だと言っても人間にあるリミッターを利かないようにして、弱い間接や骨の部分を補強して、聴覚とか視覚を鋭くする為に脳をちょっと刺激して……だけど、これだけ傷付けば人間と同じ痛みを感じる筈だ。なのに、スイは痛みに顔を歪める事すらせずに殴られ続けていた。
「そろそろ彼が君に会わせろと言って来る頃だろうね」
もうあまりスイが動かなくなった所でお偉い人間が部屋にやってきて、ニタニタと笑いながらそう言った。
「ジュ……タ……?」
ボォっとしていた目に少しの光が戻ったようにスイは声を上げたが、お偉い人間は会わせるつもりがない事を告げてから何かを取り出した。
「直接話をさせる事は出来ないが、君の声を彼に届ける事は出来る」
小さな機械を受け取ろうとしたスイだが、腕が上がらなくなっていて……お偉い人間の傍まで這っていくと口で咥えて受け取った。
「ジュタ……ごめん……。俺のせいで、嫌な事……させられてんだよな?なぁ、畑……そろそろ収穫出来る、から……ちゃんと食うんだぞ?ジュタ、俺がいないと……飯、食わねーから……心配だよ……なんで、会えないの?どうして……俺っ……ジュタに会いたいよ……こんなになっちまったけど、それでも…………」
スイ……。
冒頭で謝ったスイの声は、さっき通信機で聞かされた音源と同じもの。お偉いさんはこの音源を使ってたんだな。
何が声を届けるだ!俺には何も……なにも!
少し、落ち着こう。もしかしたらこの映像はただコイツが都合の良いように俺に見せているだけなのかも知れない。
良く考えてみろ、スイがいるのは月だぞ?そこにある監視カメラか何かの映像を、初期化された状態のコイツがハック出来ている時点で可笑しいじゃないか。
流れていた涙を拭い、大急ぎでアジトに戻ってスイのメンテナンスに向けた準備を始める。もし、本当にあのモニターに映し出された姿が今のスイの姿だったんなら一刻の猶予もない。なのに修理にはどれだけの工具が必要になるのかも詳しくは分からないんだ、準備はし過ぎている位で丁度良いだろう。
手遅れなんて……考えただけで可笑しくなりそうだ。
こうして2時間後、シャトルに乗り込んで月に向かい、人間達の静止も聞かずに収容所に向かった。
「助手のメンテに来た。入れてもらおう」
しかし中々通してもらえず、止む無くお偉い人間に連絡を入れた。
「まさか、今日来るとは思いませんでしたよ」
奥から出て来たお偉い人間は、俺を追い返す為の言葉を捜しているようだ。けど、もうどうだって良い……こんな所で時間を費やしている場合じゃない。
「それでは、入りますよ」
鉄格子を思いっきり掴んで広げて廊下を歩くと、見た事のある景色が広がっていた。
この廊下の模様、床に描かれた線、壁の凹みやシミ、モニターで見た景色そのままだ。なら、スイのいる部屋はこっち……。
長時間モニターで見続けた部屋のドア。間違いない、ここだ。
ドアノブに手をかけるが当然鍵は締まっていて開かない。後ろを付いてきたお偉い人間も開ける気がないのか、帰れ、的な事を言っている。肩を掴まれ、押し出されるように部屋から遠ざけられ。
冗談じゃない、ここまで来て帰れる訳がない。スイを連れて帰る。それが今の俺に出来る唯一の事なんだ!
人間を押し退け、力いっぱいドアノブを引いて無理矢理に入った部屋の中、そこにはモニターで見せられた姿そのままのスイが……。
「スイ!」
スイに駆け寄り痛々しい腕に触れて抱き起こすと、少しだけ視線がこっちを向いた。完全に無表情、それで感情もないのか……これだけの大怪我をしていると言うのに呼吸も落ち着いている。
取り外した筈のスイッチが入っている状態か?それとも精神的なモノか……。
どっちでも良い。痛みを感じなくなったお陰でスイはショック状態に陥る事もなくこうして生きて……生きてる……。
けど、モタモタしてる時間はない。飛び出た部品の消毒に、歪んだ部品交換とやる事は山程ある。しかし、なによりも先にしなければならないのは、部屋の中に設置されているカメラの破壊だ。こんな大規模な修理を記録されたら改造人間を作る最大のヒントになってしまう。
カメラを破壊し、ドアを閉めてから部屋の中にテントを張る。抗菌素材で、しかも中の温度は10度前後にまで下げられる高性能テント。その中にスイを寝かせて麻酔を吸引させ、眠らせてから両手足を切り開いて部品の交換や消毒をしつつ人間の部分を治療する。切れて出血している血管を焼いて塞ぎ、傷付いた神経を繋げ、折れた骨を固定して。ウイルスに感染しないようにと消毒はたっぷりとした。
目に見える所の処置は終わり、両手足の傷を縫って塞ぎ、スイの麻酔が切れるのを待つ。
もう、絶対に1人で留守番なんかさせないから……だから耐えてくれ。
「ちょっと待っててくれな?」
目覚めないスイの頭を撫ぜてテントを出て、ドアを出た所で俺達を見張っていた人間にお偉い人間を呼んでくるようにと頼んだ。
数分でやって来たお偉い人間の隣にはガドルと、ネット中継の撮影隊の姿がある。
なにが、出来る限りの事はする。だ……スイがこんな状態になっても俺になに1つ連絡してくれなかった癖に……何をコイツはしてくれたってんだよ!
落ち着け。スイが起きるまでにゴタゴタを解決させなきゃならないんだ、こんなネット中継のカメラがある状況で感情的になったら負けだ。
「……改造人間に関する授業をすれば助手の身の安全は保障されていた筈です。確かに彼は身分を偽っていた。しかし、あのような拷問を受ける程の事とは思えません……貴方達は助手の命を危険に晒しただけではなく、助手の身を保障すると言う私との約束も破った。貴方達に協力するギリはもう何処にもありません……今、生中継ですか?」
カメラマンに尋ねると、カメラの後ろにいたリポーターらしき人間が頷いた。
そうか、生放送中か……好都合だ。
「助手は今重度の怪我をしています。最善を尽くしましたがまだ意識は戻っていません。私が代金を支払った所で彼の罪が許される事はないのでしょう。しかし、彼はもう充分に罪を……償った。そうでしょう?私に授業をさせる為の人質となり、1ヶ月もの間っ……」
駄目だった。
最後までドクターとして訴えかけようと思っていたのに、途中で涙が溢れて止まらなくなって、喋り続ける事が出来なくなってしまった。
生中継なのに、もっとちゃんとスイが住みやすいようにしてやりたいのに……。
「っ……くっ……ぅぅ……」
声が、出ない。
「貴方の助手はどうされたのですか?」
リポーターが泣き崩れてしまっている俺の口元にマイクを差し出してきたが、それでもしばらくは泣く事しか出来なかった。そして必死になって声を絞り出した。
「生身の人間ならショック死しているレベルの拷問を受けていたんですよ……1ヶ月間、ズット……なのに俺はっ!身の保障はするって言葉を信じて……」
バカだよな、こんな奴らの話を信じてしまったんだから……もっと早くにこうして無理矢理にでも来ていれば良かったんだ。
スイが目覚めなかったら俺のせいだ。俺がバカだったせいで……スイが……。
「今の話は本当なんですか!?」
これ以上話せないと判断したのだろう、リポーターはお偉い人間にマイクを向けている。
「そっ、そんな筈ないでしょう!?全部この男の作り話だ!!」
声を荒げたお偉い人間は俺を指差し、更に大嘘付きだの、演技が上手いだのと散々騒ぎ始め、今の俺の話をただの狂言にしようとしていた。
本当に俺の夢なら、こんなに嬉しい事はない。
「これ……なんの音だ?」
マイクを持っていた人間が何か可笑しな音を拾ったのか、ヘッドフォンに集中した。俺も息を止めて耳を済ませると、微かに呻き声のような音が……っ!
慌てて部屋に戻りテントの中に入ると、苦しいのか空を掻きながら必死に息を吸っているスイがいた。
そうか、神経を繋げたせいで痛みが……けど、まだ麻酔が効いてる筈で……とにかく麻酔だ!でなきゃ痛みでスイが壊れちまう!!
「ゆっくり、深く吸え!」
麻酔を吸引し、再び意識を失ったスイ。用意してきた麻酔は後1回分しかないが、この調子だと麻酔を切らせる訳には行かないし、抗菌仕様とはいえ衛生的ではないテントでいつまでも寝かせているのも良くない。
もっとちゃんとした所で治療を受けさせたいのだが、改造人間を診られる場所なんて地球にある施設かアジトしかない。麻酔が効いている間に移動させるか、それとももう少し容態が安定するまでここにいるか……いや、麻酔が残り1回分しかないんだから急いで移動はしなきゃならない。
テントを出るとスグ傍にカメラマンが立っていて、中の様子を映そうとしていた。
どうせ映せても放送事故扱いされるだろうスイを何故撮ろうとしているんだろう。
でも、俺の狂言かどうかを検証するにはスイを見るのが1番手っ取り早いのかも知れないな。なら、カメラで映すのは流石に許可できないが、リポーターの男だけなら。
「私の狂言だと思うなら、どうぞ……」
そう言って少しテントの入り口を開けてやると、リポーターは中を覗き込み、ほんの数秒で口元を押さえながら後退りした。その顔からは血の気が引き、カタカタと小刻みに震えている。その様子を見たカメラマンは、カメラを置いてテントの中を覗き込み、同じように口元を押さえた。
「あれで生きてんのか?」
小声で呟くカメラマンにリポーターは、
「それを声に出す必要があるのか!?」
と、酷く震える声で怒鳴った。
「改造人間も人間と同じように痛みを感じるんです……曲がり、折れた部品を、体を切り開いて取り出し、交換し、繋げ……想像できますか?」
早く、連れて帰ろう。
もっとちゃんとした場所で治療してやろう。
目覚めた時、スイの視界に1番に入って安心させてやりたい。
リポーターとカメラマンが数秒しか見る事が出来なかったスイの体を抗菌シートで包み、出来るだけ揺らさないように注意してシャトルまで運ぶ。途中何度も人間達に呼び止められたが、生放送の中だったと言う事もあって攻撃も受けずに地球に向けて出発する事が出来た。
スイ、俺が責任もって治してやるからな!
無理だった場合は……俺も逝くから心配すんな。
寝坊をしているとかそんなのでは決してない朝の9時起床だと言うのに、クイーンサイズのベッドで寝ていた俺の隣には誰もいない。
戦いが終わった後、お偉い人間は俺の事を調べ上げ、そして偽造カードで買い物した事がバレた。
買い物をした金額と、多少の罰則金を返済した俺は現在アジトでノンビリと地球の環境調査もしながら改造人間修理工、ドクターとして暮らしている。
アジト周りの森部分の拡大を図るために植林作業し、小屋に近かったアジトの建て直しも行ったので、ここは立派な隠れ家となっている。
とは言っても連絡があるまでは施設に戻らないーって生活ではなく、週に1回は施設に出勤している。
現在あの施設はガドルを代表とし「再び地球に人間を」をキャッチコピーとした研究施設になっていた。そこで俺は修理技術を一般の人間に教えるという意に反した授業をやらされている。
修理技術を教えると言う事は、改造人間の作り方を教えてるようなモンだ。
本来なら絶対にしなかっただろう授業を、週に1回の1時間と言うかなりスローペースで進めている。
ドクターとして暮らしていた俺は、月に住む一般市民からなる支援団体の強烈な政府への抗議により偽造カードで買い物をした分の金と罰則金を支払うだけで罪が許された。多分ネットテレビで今までの改造人間に対する人間の扱いとか色々放送されたのが切欠だろうと思う。
で、お偉い人間は次にスイの事を色々調べた。
俺と同じく偽造カードで買い物をしていたスイも罪に問われる事になったのだが、他にも、月に買い物に行った事で不法入国が加わり大罪とされた。
スイの肩書きは改造人間開発チームの1人と言う設定だったが、実際にスイは改造人間を造っていない事から、戦争に貢献していない。として支援団体の講義もなかったらしい。
お偉い人間はスイの有罪をネットテレビで報道し、それによってスイは指名手配された。
捕まったら間違いなくスクラップにされる。
それは俺でも、もちろんスイにだって分かっていたし、そもそもアジトからは出ないつもりでもいたから、捕まらなければ大丈夫。なんて軽く考えていたんだ。
スイが指名手配されてから1ヶ月と少し。
研究施設にいる改造人間達の定期メンテを数日前に終わらせていたにも関わらず、タイキから連絡が入った。
急患の知らせだった。
指名手配されているスイを留守番させシャトルでやって来た施設で待っていたのは、急患でもタイキでもなく何人かの人間達で、スイの居所を俺に尋問した。どうやら急患が出たとタイキに嘘の報告をした奴がいたらしい。
尋問を受けてから3日、俺の通信機にスイから連絡が来た。実際どんなやり取りがあったのかは詳しく知らされてはいないが、俺が大変な事になっている。とか言う内容だったと後に聞いた。
施設に来てくれ。
そう言われたスイは、捕まるかも知れない。と言う自分の心配よりも俺の身を案じて施設にまで来て捕らえられ、そのまま月に送られ収容された。
スイが捕まったと知ったのはネットテレビで逮捕のニュースを見てからだった。
お偉い人間がそのニュースを見た後の俺をニヤニヤと笑いながら見たあの顔は、今でもハッキリと思い出せる。
「……はぁ…」
朝、起きてスグに思い出す羽目になったお偉い人間の顔をどうにかしようとベッドから這い出してパソコン前に座る。そこには前日からまとめ作業中のメモが乱雑していて、昨日の残り物であるカップに残っていたコーヒーをグイッと一気に飲んでから作業の続きを始めた。
今までの授業で教えたのはメンテを始める前の器具の手入れの仕方と、メスの使い方だ。
次からの授業は、改造人間とロボットの戦いの様子と題した内容にするつもりでいる。うまくすればそれだけで1年近く時間が稼げるだろう。
歴史のテストと題したテスト期間を設けても良いな。
人間に修理技術を教えた後のスイの扱いなんてスクラップ以外になにがある?それでも1週間に1回授業をしなければならないんだから、なんだかんだと理由をつけて本題には触れない授業をしていくしかない。
もう、二度と改造人間は作らせない。それは俺だけじゃなく、スイの思いでもあるし、リオンの思いでもあった。
1枚のメモを手にとって眺める。
それは、先日調査に行った場所に関するメモと写真。
「アンタは、何を思ってた?」
写真に映るソレに声をかけ、溜息を吐く。
人間を滅ぼそうと本気で考えていたのだろうか?
だったら改造人間と戦わずに宇宙を越えて月にまで飛んでいけるロボットを作って直接人間を攻撃すれば良かったんじゃないか?
アンタには、それが出来た筈だ。
なのに、そうはしなかった……何故だ?
月を攻撃するとマズイ何かがあった?
もしそうだとしたなら、俺と良く似ているのかも知れない。
お偉い人間の言う事が本当なら今、月の収容所にはスイがいる。俺が授業をし続ける限り身の保障はするらしいが、1回も面会出来ていないんだから信じるには値しない。それでも、もうスイがいないなんて……考えられないからどうしようもない。
会わせろと言うのは簡単だ。それで会えるんなら今すぐにだって連絡をいれたい。でも、分かってる……俺がもしスイに会いたいと言えば、その分お偉い人間は、だったらあぁしろ、こうしろと次々とスイを生かす条件を増やしてくる。
会えない状況が同じなら、授業をしているだけの今のままが良い。
面倒だからとかじゃなくて、改造人間の作り方を人間に教えない為。
「……アンタなら、どうするんだろうな?」
再び写真に向かって声が出た。
そろそろ定期メンテナンスの時期か、スイのメンテは誰がするんだろう?
俺が直接担当させてもらえるのだろうか?
それとも、生徒達がメンテ出来るようになるまでスイのメンテは行われない?
くそ、せめて一言だけでも良いから話がしたい……無事なのかどうか、知りたい。
写真に視線を送り、俺はそのままアジトを出た。
授業は明日なのだから遠出をする事は控えた方が良いし、授業の準備もしなきゃならない。だけど、そんな事を考える余裕が頭には、ではなく、心になかったんだと思う。
こうして俺は写真に写っていたモノの中に降り立っていた。
前回調査した時ですら中には入らずに周囲状況を調べただけで終わらせていたから、中に入るのはあの日以来……。
リオンが最後に座っていたモニター前の椅子に腰掛け、暗い空間を懐中電灯で照らす。
今頃、本当なら授業をしている時間、か。
勝手にボイコットし、その上通信機の電源もオフにしっぱなしにしてんだ、もしスイが無事だったんだとしても終わった……かな。スイを生かす条件が授業をする事だったんだから決定打だよな。
「なぁ、あんたならどうする?」
椅子に座ったまま電源ボタンを押してみる。しかし当然のように電源はつかない。
リオンは一体どうやってコイツを壊したんだろう?
ウィルスに感染させてから初期化と言っていたから、コイツ自身にそのウイルスデータは残っていないんだよな?だったら今動かないのは電力不足か?それとも起こされる事を待っている?もっと中枢にある電源を入れる必要があるんだな。それでもここにある電源にバッテリーを繋げば数分は動くんじゃないか?
起こしてどうする?
俺は何を望む?
スイを生かす為の新たなカードの確立……けど、コイツが俺の味方になるとは思えないし、今度こそ全人類を撲滅……すれば良いんじゃないか?
スイがいないなら俺が存在する意味はないし、人間は改造人間が存在している事をよしとしていない。そして改造人間もお偉い人間を憎んでいる。
あの施設にいる人間達は、改造人間にも人権を。とは言っているが、そもそも改造人間は元々人間だ。なにを勝手に家畜扱いしてんだ?
結局、誰もイラナイんじゃないか?
そうだ、最終確認をしよう。それから結論を出したって遅くはない。
椅子に座ったまま通信機の電源を入れ、施設に連絡を入れてみた。
出たのは現在あの施設のトップに君臨しているガドルで、俺が授業に来ない事をかなり心配しているようだ。
「今日の授業は間に合いそうもないですので、自習と知らせておいてください。それと、今から月にいるお偉いさんと話をさせろ」
分かった。そう返事があって5分程でお偉い人間が通信機越しに話しかけてきた。
「どーなさいましたかぁ?先生。授業しないんですかねぇ?」
最終確認の時間だ。
「スイの安否すら知らされない状況で、授業だけしろと言う方針に疑問を抱きましてね。それに今日は授業をしないのではなく、自習ですから」
もし、今日スイの安否が分からないまま通信を切られたら、その時はコイツを修理して月に連れて行く。月から高みの見物だけしておきながら改造人間を人間よりも下にしか見ない人間達に……俺達がどんなモノと戦っていたのかってのを、見せてやるよ。
「授業さえして頂ければ身の保障はすると言う約束でしたよね?」
こんな頭の悪い奴がお偉い人間様か。クソだな。
「授業のある日に声を聞かせる、位の事が出来ないんですか?配慮がなっていませんね」
いくら大声を張り上げたくても、スイの声が聞きたいと叫びたくても冷静さを失えば付け込まれる。だから極力相手を刺激しないようにしてきた。
けど、こうして最後のカードを目の前にしてるんだから、そんな気を使わなくても良いのかも知れない。
最善の方法ではないが、スイを奪われたのだとしたらコイツを月に送り込むだけでは俺の気は済まない……。
「……ジュタ……ごめん……」
不意に通信機の向こうから恐ろしくノイズに塗れたスイの声が聞こえた。そして空かさずお偉い人間の声。
「今日は自習と言う事なので、一言だけです」
なんで……いや、そんな……待て。最後に、もう1回だけ確認させてくれ!
「今のはスイがそこで喋ったんですか?今日の、今の声なんですか?」
もう何日も収容されている筈なのに声がしっかりしていたとか、どうして俺に謝ってるのかとか、そんなのはどうだって良い。今の言葉がもし本当に今の声だと言ったら……。
「私の隣にいますよ。来週も自習なんて事にはしませんよねぇ?先生」
そうか……今の声、なんだな。いや!本当に本当に最後にもう1回……。
スグ近くで機械音がして、ボンヤリと空間が照らされる。
慌ててモニターに視線を送ると、そこには通信機を片手に喋るお偉い人間を頭上から見下ろしている風な映像が映し出された。
これは……なんだ……?
「もう1度……代わってください」
モニターに視線を向けたまま喋ると、画面に映し出されているお偉い人間は面倒臭そうに頭をかき、そして、
「今日はここまでと言っているでしょう?来週、ちゃんと授業をして頂けたら、その時にまた」
と、通信機からだけじゃなく、モニターからもそう聞こえた。
これは、今現在の月の様子……なのか?だとしたらこの画面の何処にもスイがいないのはやっぱりそう言う事なんだな。
通信機から聞こえた声はスイの声で間違いはないが、明らかに再生された独特なノイズ音が混じっていた。そしてゴメンと謝った後にぷつっと再生を切る音……。
こう言う時、改造人間になって良くなった聴覚は便利だよな、全く……。けど、だけどスイがもういないって証拠にはまだ弱いよな?拷問を受けているから今喋れない状態だから仕方なく録音の……なんでそんな音源を用意してんだよ!!
「スイのメンテナンスに近々月に行きます」
そう言って通信機を切ると、モニターに映し出されているお偉い人間は雑に通信機を切ると何処かに向けて移動を開始させたのだが、モニターはその姿を追うように画面を切り替えてくれた。そして立ち止まったのは1枚のドアの前。
歩いて来た道中の景色からここが収容所の一室である事は明らかだ。
「メンテと言われてもな……」
そんな独り言を呟いたお偉い人間は、部屋の中を覗き込みながら溜息を吐いた。そしてパッと画面が切り替わり……。
細い手足から部品が飛び出し、身動き1つしない改造人間がボォっとした目でこっちを見ていた。
なんでだよ、なんで……どうして顔だけそんな綺麗に残ってんだよ!!もっと、識別不可能なレベルまでになってりゃ、もしかしたら……この映し出されたものが人違いじゃないかって、思えるのに……。
「スイ……ッ!」
モニターを前に俺はただ俯く事しか出来ない。だってそうだろ?スイを助ける事が出来なかったんだ。
「おい!ジュタは何処だよ!」
モニターからスイの怒鳴り声が聞こえて、慌てて顔を上げると2人の人間によって部屋に連れ込まれているスイが映っていた。
え……?
「彼は今から君の命と引換えに改造人間の作り方を我々に教える事になる」
1人の人間がそう言うと、
「はぁ!?そんなのジュタがする訳ないだろ!離せっ!」
そう暴れるスイは2人の人間を殴り付けると部屋を飛び出して行った。すると場面は廊下に移り、そこにはお偉い人間と……ガドルが、いた。
「罪を償って、早く帰ってあげて欲しい……お願いだから、大人しくして。出来る限りの事はするから……」
ガドルはスイにそう静かに呼びかけ、スイは自分から部屋に戻り、中に設置されているベッドの上にドカリと寝転んでカメラに気付いたんだろう、こっちを見ている。
何だこれ?
今にも聞こえそうなスイの声に視界が歪む。
これは過去の映像なんだな、ここからどういう目に遭ってスイがあんな姿にされたのかを見せようと言うのか?
俺がのうのうと生きて授業をしている間、スイの身に起きた事をそのまま俺に見せようと言うのか!?
動きがない時は映像は倍速になって流れ、何かが起きた時は等倍になるから……何が起きたのかを全て見る事が出来ている。
改造人間を直接拷問にかけられなかった人間達は、まず始めにスイに与える食事の量を減らした。
体力を奪われて動く気力もなくなった所で拷問が始まり、殴る、蹴る。そうやって日々を重ねているうち頭や顔をガードしていた両腕は腫れ上がり、捲れ、部品が飛び出した。
改造人間だと言っても人間にあるリミッターを利かないようにして、弱い間接や骨の部分を補強して、聴覚とか視覚を鋭くする為に脳をちょっと刺激して……だけど、これだけ傷付けば人間と同じ痛みを感じる筈だ。なのに、スイは痛みに顔を歪める事すらせずに殴られ続けていた。
「そろそろ彼が君に会わせろと言って来る頃だろうね」
もうあまりスイが動かなくなった所でお偉い人間が部屋にやってきて、ニタニタと笑いながらそう言った。
「ジュ……タ……?」
ボォっとしていた目に少しの光が戻ったようにスイは声を上げたが、お偉い人間は会わせるつもりがない事を告げてから何かを取り出した。
「直接話をさせる事は出来ないが、君の声を彼に届ける事は出来る」
小さな機械を受け取ろうとしたスイだが、腕が上がらなくなっていて……お偉い人間の傍まで這っていくと口で咥えて受け取った。
「ジュタ……ごめん……。俺のせいで、嫌な事……させられてんだよな?なぁ、畑……そろそろ収穫出来る、から……ちゃんと食うんだぞ?ジュタ、俺がいないと……飯、食わねーから……心配だよ……なんで、会えないの?どうして……俺っ……ジュタに会いたいよ……こんなになっちまったけど、それでも…………」
スイ……。
冒頭で謝ったスイの声は、さっき通信機で聞かされた音源と同じもの。お偉いさんはこの音源を使ってたんだな。
何が声を届けるだ!俺には何も……なにも!
少し、落ち着こう。もしかしたらこの映像はただコイツが都合の良いように俺に見せているだけなのかも知れない。
良く考えてみろ、スイがいるのは月だぞ?そこにある監視カメラか何かの映像を、初期化された状態のコイツがハック出来ている時点で可笑しいじゃないか。
流れていた涙を拭い、大急ぎでアジトに戻ってスイのメンテナンスに向けた準備を始める。もし、本当にあのモニターに映し出された姿が今のスイの姿だったんなら一刻の猶予もない。なのに修理にはどれだけの工具が必要になるのかも詳しくは分からないんだ、準備はし過ぎている位で丁度良いだろう。
手遅れなんて……考えただけで可笑しくなりそうだ。
こうして2時間後、シャトルに乗り込んで月に向かい、人間達の静止も聞かずに収容所に向かった。
「助手のメンテに来た。入れてもらおう」
しかし中々通してもらえず、止む無くお偉い人間に連絡を入れた。
「まさか、今日来るとは思いませんでしたよ」
奥から出て来たお偉い人間は、俺を追い返す為の言葉を捜しているようだ。けど、もうどうだって良い……こんな所で時間を費やしている場合じゃない。
「それでは、入りますよ」
鉄格子を思いっきり掴んで広げて廊下を歩くと、見た事のある景色が広がっていた。
この廊下の模様、床に描かれた線、壁の凹みやシミ、モニターで見た景色そのままだ。なら、スイのいる部屋はこっち……。
長時間モニターで見続けた部屋のドア。間違いない、ここだ。
ドアノブに手をかけるが当然鍵は締まっていて開かない。後ろを付いてきたお偉い人間も開ける気がないのか、帰れ、的な事を言っている。肩を掴まれ、押し出されるように部屋から遠ざけられ。
冗談じゃない、ここまで来て帰れる訳がない。スイを連れて帰る。それが今の俺に出来る唯一の事なんだ!
人間を押し退け、力いっぱいドアノブを引いて無理矢理に入った部屋の中、そこにはモニターで見せられた姿そのままのスイが……。
「スイ!」
スイに駆け寄り痛々しい腕に触れて抱き起こすと、少しだけ視線がこっちを向いた。完全に無表情、それで感情もないのか……これだけの大怪我をしていると言うのに呼吸も落ち着いている。
取り外した筈のスイッチが入っている状態か?それとも精神的なモノか……。
どっちでも良い。痛みを感じなくなったお陰でスイはショック状態に陥る事もなくこうして生きて……生きてる……。
けど、モタモタしてる時間はない。飛び出た部品の消毒に、歪んだ部品交換とやる事は山程ある。しかし、なによりも先にしなければならないのは、部屋の中に設置されているカメラの破壊だ。こんな大規模な修理を記録されたら改造人間を作る最大のヒントになってしまう。
カメラを破壊し、ドアを閉めてから部屋の中にテントを張る。抗菌素材で、しかも中の温度は10度前後にまで下げられる高性能テント。その中にスイを寝かせて麻酔を吸引させ、眠らせてから両手足を切り開いて部品の交換や消毒をしつつ人間の部分を治療する。切れて出血している血管を焼いて塞ぎ、傷付いた神経を繋げ、折れた骨を固定して。ウイルスに感染しないようにと消毒はたっぷりとした。
目に見える所の処置は終わり、両手足の傷を縫って塞ぎ、スイの麻酔が切れるのを待つ。
もう、絶対に1人で留守番なんかさせないから……だから耐えてくれ。
「ちょっと待っててくれな?」
目覚めないスイの頭を撫ぜてテントを出て、ドアを出た所で俺達を見張っていた人間にお偉い人間を呼んでくるようにと頼んだ。
数分でやって来たお偉い人間の隣にはガドルと、ネット中継の撮影隊の姿がある。
なにが、出来る限りの事はする。だ……スイがこんな状態になっても俺になに1つ連絡してくれなかった癖に……何をコイツはしてくれたってんだよ!
落ち着け。スイが起きるまでにゴタゴタを解決させなきゃならないんだ、こんなネット中継のカメラがある状況で感情的になったら負けだ。
「……改造人間に関する授業をすれば助手の身の安全は保障されていた筈です。確かに彼は身分を偽っていた。しかし、あのような拷問を受ける程の事とは思えません……貴方達は助手の命を危険に晒しただけではなく、助手の身を保障すると言う私との約束も破った。貴方達に協力するギリはもう何処にもありません……今、生中継ですか?」
カメラマンに尋ねると、カメラの後ろにいたリポーターらしき人間が頷いた。
そうか、生放送中か……好都合だ。
「助手は今重度の怪我をしています。最善を尽くしましたがまだ意識は戻っていません。私が代金を支払った所で彼の罪が許される事はないのでしょう。しかし、彼はもう充分に罪を……償った。そうでしょう?私に授業をさせる為の人質となり、1ヶ月もの間っ……」
駄目だった。
最後までドクターとして訴えかけようと思っていたのに、途中で涙が溢れて止まらなくなって、喋り続ける事が出来なくなってしまった。
生中継なのに、もっとちゃんとスイが住みやすいようにしてやりたいのに……。
「っ……くっ……ぅぅ……」
声が、出ない。
「貴方の助手はどうされたのですか?」
リポーターが泣き崩れてしまっている俺の口元にマイクを差し出してきたが、それでもしばらくは泣く事しか出来なかった。そして必死になって声を絞り出した。
「生身の人間ならショック死しているレベルの拷問を受けていたんですよ……1ヶ月間、ズット……なのに俺はっ!身の保障はするって言葉を信じて……」
バカだよな、こんな奴らの話を信じてしまったんだから……もっと早くにこうして無理矢理にでも来ていれば良かったんだ。
スイが目覚めなかったら俺のせいだ。俺がバカだったせいで……スイが……。
「今の話は本当なんですか!?」
これ以上話せないと判断したのだろう、リポーターはお偉い人間にマイクを向けている。
「そっ、そんな筈ないでしょう!?全部この男の作り話だ!!」
声を荒げたお偉い人間は俺を指差し、更に大嘘付きだの、演技が上手いだのと散々騒ぎ始め、今の俺の話をただの狂言にしようとしていた。
本当に俺の夢なら、こんなに嬉しい事はない。
「これ……なんの音だ?」
マイクを持っていた人間が何か可笑しな音を拾ったのか、ヘッドフォンに集中した。俺も息を止めて耳を済ませると、微かに呻き声のような音が……っ!
慌てて部屋に戻りテントの中に入ると、苦しいのか空を掻きながら必死に息を吸っているスイがいた。
そうか、神経を繋げたせいで痛みが……けど、まだ麻酔が効いてる筈で……とにかく麻酔だ!でなきゃ痛みでスイが壊れちまう!!
「ゆっくり、深く吸え!」
麻酔を吸引し、再び意識を失ったスイ。用意してきた麻酔は後1回分しかないが、この調子だと麻酔を切らせる訳には行かないし、抗菌仕様とはいえ衛生的ではないテントでいつまでも寝かせているのも良くない。
もっとちゃんとした所で治療を受けさせたいのだが、改造人間を診られる場所なんて地球にある施設かアジトしかない。麻酔が効いている間に移動させるか、それとももう少し容態が安定するまでここにいるか……いや、麻酔が残り1回分しかないんだから急いで移動はしなきゃならない。
テントを出るとスグ傍にカメラマンが立っていて、中の様子を映そうとしていた。
どうせ映せても放送事故扱いされるだろうスイを何故撮ろうとしているんだろう。
でも、俺の狂言かどうかを検証するにはスイを見るのが1番手っ取り早いのかも知れないな。なら、カメラで映すのは流石に許可できないが、リポーターの男だけなら。
「私の狂言だと思うなら、どうぞ……」
そう言って少しテントの入り口を開けてやると、リポーターは中を覗き込み、ほんの数秒で口元を押さえながら後退りした。その顔からは血の気が引き、カタカタと小刻みに震えている。その様子を見たカメラマンは、カメラを置いてテントの中を覗き込み、同じように口元を押さえた。
「あれで生きてんのか?」
小声で呟くカメラマンにリポーターは、
「それを声に出す必要があるのか!?」
と、酷く震える声で怒鳴った。
「改造人間も人間と同じように痛みを感じるんです……曲がり、折れた部品を、体を切り開いて取り出し、交換し、繋げ……想像できますか?」
早く、連れて帰ろう。
もっとちゃんとした場所で治療してやろう。
目覚めた時、スイの視界に1番に入って安心させてやりたい。
リポーターとカメラマンが数秒しか見る事が出来なかったスイの体を抗菌シートで包み、出来るだけ揺らさないように注意してシャトルまで運ぶ。途中何度も人間達に呼び止められたが、生放送の中だったと言う事もあって攻撃も受けずに地球に向けて出発する事が出来た。
スイ、俺が責任もって治してやるからな!
無理だった場合は……俺も逝くから心配すんな。
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