憧れの世界に召喚された変態

覚醒シナモン

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第14話:覚醒の代償と異次元の調停者

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どれほどの時間が過ぎたのだろうか。深い水底から引き上げられるように、俺の意識はゆっくりと浮上を始めた。瞼の裏で、紫黒と真紅の奔流が渦巻く悪夢のような光景が明滅し、ルナとシルフィの悲痛な叫び声が耳の奥で木霊する。
「……ん……う……」
重い瞼をこじ開けると、最初に目に飛び込んできたのは、見慣れない岩肌の天井だった。どうやら、あの半壊した祭壇から少し離れた洞窟のような場所に運び込まれたらしい。焚き火の微かな爆ぜる音と、誰かのひそやかな話し声が聞こえる。
「……あの力は、あまりにも異質すぎる。レン殿自身にも、相当な負荷がかかったはずだ」カイトの冷静だが、どこか硬質な声。
「古の禁術に記された『魂の共振』……あるいは『情動の調律』と呼ばれるものに酷似しておる。だが、あれほど歪み、そして強大な形で発現するとは……」バルドの声は、畏怖と学究的な興奮、そして一抹の不安が入り混じっている。
「レンは……大丈夫なのでしょうか……」ゴルドの、仲間を案じる実直な声。
俺はゆっくりと体を起こそうとしたが、全身を襲う激しい虚脱感と、まるで骨の髄まで凍るような悪寒に、思わず呻き声が漏れた。
「レンさん!?」
「レン殿!」
近くにいたルナとロックが、俺の覚醒に気づいて駆け寄ってきた。ルナの瞳は赤く腫れ、心配と安堵がない交ぜになった表情で俺を見つめている。彼女の長い耳は力なく垂れ、いつもの快活さは影を潜めていた。ロックも、普段の陽気さはどこへやら、緊張した面持ちだ。
「……みんな……無事か……?」掠れた声で尋ねると、ルナは小さく頷いた。
「はい……レンさんが、あの……恐ろしい影を……。でも、レンさんこそ、丸一日、目を覚まさなかったんですよ……!」
丸一日……。そんなにも意識を失っていたのか。
俺は自分の両手を見下ろした。あの紫黒のオーラを放っていた感覚はもうない。だが、体の奥底に、何か得体の知れないものが根付いてしまったような、奇妙な違和感が残っていた。そして、視界の端に、時折、人の感情の揺らぎが、淡い色の靄や、微かな金属臭として感じられるような気がした。ルナの心配は温かい黄金色の靄として、ロックの安堵は錆びた鉄のような匂いとして……。
(なんだ……これは……?)
力の副作用なのか。俺の知覚が、何か決定的に変容してしまったのかもしれない。特に、ルナや、少し離れた場所でこちらを窺っているシルフィの姿を見ると、彼女たちの体の特定のラインや、衣服の下の柔らかな起伏が、妙に強調されて目に映り、鼓動が速まるのを感じた。それは、以前からの俺の嗜好が、より鋭敏に、そして抗いがたい形で表に出てきているようだった。
カイトとバルド、ゴルドも近づいてきた。カイトは冷静な目で俺の状態を観察し、バルドは複雑な表情で何かを思案している。
「レン殿、気分はどうじゃ? あの力の反動は、相当なものじゃったろう」バルドが問いかける。
俺は、あの時の自分の行動を思い返した。ルナとシルフィの恐怖と苦痛を、自分の力の糧にした……あの背徳的な恍惚感。そして、彼女たちに向けた、仲間としての庇護欲とは明らかに異なる、歪んだ執着。
激しい罪悪感が、冷たい水のように心を浸していく。
「……俺は……ひどいことを……」
言葉が途切れ、俯くしかなかった。
「レンさん……」ルナが、おずおずと俺の手に触れた。「怖かったです……すごく……。レンさんが、まるで知らない誰かになってしまったみたいで……。でも……助けてくれて、ありがとうございました」
彼女の指先は冷たく、微かに震えていた。その言葉は感謝でありながら、同時に拒絶にも似た響きを帯びているように感じられた。
シルフィは、少し離れた場所から、射るような翠の瞳で俺を見つめていた。彼女は何も言わなかったが、その視線は多くのことを物語っていた。警戒、不信、そして、もしかしたら、ほんの少しの……理解不能なものへの興味。
バルドが重々しく口を開いた。
「レン殿。お主のあの力は、古の文献に記された『情動調律』と呼ばれる禁断の秘術に酷似しておる。それは、他者の強烈な感情――特に恐怖や苦痛、あるいは歓喜や恍惚といった極点の感情――をエネルギー源とし、それを増幅、変換して奇跡的な力を引き出すというものじゃ。しかし、それは術者の魂をも歪め、周囲に計り知れない影響を及ぼす……。お主は、その禁術の起動キーとして、異常な形で適合してしまったのかもしれん。そして、もはや、他者の感情を強制的に引き出し、それを糧とすることも可能になっておるやもしれん……。それは……あまりにも危険な道じゃ」
バルドの言葉は、俺に更なる絶望を突きつけた。俺は、化け物になってしまったのだろうか。
一行が重苦しい沈黙に包まれた、その時だった。
洞窟の入り口から、冷たく澄んだ空気が流れ込み、それと共に、全く異質な気配が俺たちの間に滑り込んできた。
音もなく、まるで空間そのものから滲み出るように、一体の存在がそこに立っていた。
水晶のように透き通った体に、無数の幾何学模様が青白く明滅している。性別も年齢も判別できない、滑らかな人型のシルエット。しかし、その顔にあたる部分には、目も鼻も口もなく、ただ磨き上げられた鏡面のような曲面があるだけだった。手足は人間よりも遥かに長く、その指はまるで鋭利な氷柱のようだ。その存在からは、一切の感情が読み取れず、ただ絶対的な零度にも似た、無機質で超越的なオーラが放たれていた。
「……!」
全員が息を呑み、身構える。この存在は、災厄の影とは全く異なる種類の脅威――あるいは、それ以上の何か――を感じさせた。
『……起動を確認。……ノイズ多し。……対象座標、特定完了』
その声は、直接鼓膜を震わせるのではなく、頭の中に直接響いてくるような、金属的で抑揚のないテレパシーだった。
『我は“調停者”。コードネーム、ゼータ。この領域における『古き災厄』の封印監視、及び『聖域の祭壇』の機能維持を任とするオートマトンである』
調停者、ゼータ。その言葉は、俺たちの理解を遥かに超えていた。
ゼータは、その鏡面のような顔をゆっくりと俺たち一人一人に向け、そして、最後に俺の姿に固定された。
『イレギュラーを確認。被検体コード:レン。あなたの存在と、先刻行使した能力は、世界の調和に対する潜在的脅威レベル5――“制御不能な因果律汚染源”として認定されました』
淡々と告げられる言葉は、まるで最終宣告のようだ。
『規定プロトコルに基づき、選択肢を提示します。一つ、あなたのその特異能力の完全なる封印。これには、あなたの精神構造の一部改変が伴います。一つ、我々“調停者”の直接管理下に入り、その能力を“世界の調和維持”という目的に限定して利用すること。これには、あなたの行動と精神に対する恒常的な監視と制御が伴います』
ゼータは、僅かな間を置いて続けた。
『この二つの選択肢を拒否した場合、あなたは“不安定要素”と見なされ、プロトコルに従い……排除されます』
ゴルドが剣を抜き、カイトが短剣を構え、シルフィが矢を番える。バルドも杖を握りしめ、ロックも警戒態勢を取った。だが、ゼータの放つ無機質なプレッシャーは、彼らの抵抗を許さないかのように、洞窟内の空気を凍てつかせていた。
俺は、自分の運命が、またしても自分の意志とは無関係な場所で決定されようとしているのを感じた。封印か、管理か、それとも排除か。どれも絶望的な選択肢に思えた。
しかし、俺の脳裏に、ルナの怯えた顔、シルフィの警戒心に満ちた瞳、そして仲間たちの姿が浮かんだ。そして、いつかミルブルック村を発展させ、そこに生きる人々を守りたいという、まだ消えていない願い。
(この力は……呪いかもしれない。でも……)
俺は、震える体を押さえつけ、ゼータに向かって、か細いが、しかし確かな声で問いかけた。
「……もし……あんたたちの管理下に入るとして……俺は……俺の仲間を……俺の村を守るために、その力を使えるのか……?」
ゼータの鏡面のような顔が、僅かにこちらを向いた気がした。
『……条件次第では、許可される可能性があります。ただし、全ては“世界の調和”という最優先事項に従属します』
それは、あまりにも曖昧で、危険な答えだった。だが、俺には、それしか道がないように思えた。
「……分かった。だが、一つだけ……条件がある」
俺は、この異次元の調停者に対して、あまりにも無謀で、あまりにも「王道ではない」交渉を試みようとしていた。
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