憧れの世界に召喚された変態

覚醒シナモン

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第15話:歪な契約と調停者の刻印

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洞窟内に響く、異次元の存在「調停者ゼータ」の無機質な声。それは、俺の運命を左右する冷徹な選択肢を突きつけていた。封印か、管理か、それとも排除か。仲間たちの息を飲む音が、張り詰めた空気の中でやけに大きく聞こえる。俺の背後では、ルナが小さく身を震わせ、シルフィは警戒を解かぬまま、その翠の瞳でゼータと俺を交互に見つめている。
俺は、喉の渇きを覚えながらも、意を決して口を開いた。
「……分かった。あんたたちの……“調停者”の管理下に入ろう。だが、条件がある」
ゼータの鏡面のような顔が、ピクリとも動かない。感情というものが欠落したその存在は、ただ俺の言葉をデータとして処理しているかのようだ。
「俺の仲間たち――ここにいる全員の安全は、あんたたちが保証しろ。そして、俺の故郷であるミルブルック村……そこへの不干渉も約束してほしい。俺の力は、彼らを守るため、そして村の未来のためにのみ使う。それ以外の、あんたたちの都合や、“世界の調和”とかいう曖昧な目的のために、俺の意志に反して力を使わせることは拒否する」
それは、あまりにも虫の良い、そして無謀な要求だったかもしれない。絶対的な力を持つ存在に対して、脅威認定された者が突きつける条件としては。
洞窟内に、重い沈黙が流れる。仲間たちは固唾を飲んで俺とゼータを見守っている。特にルナは、俺の言葉にハッとしたように顔を上げ、その瞳を潤ませていた。
ややあって、ゼータのテレパシーが再び頭の中に響いた。
『……要求を分析。感情的要素に基づく非論理的条件を多数含む。しかし、被検体アルファの能力特性と、その“力の安定稼働”のためには、一定の精神的基盤の維持が不可欠と判断。提示された条件のうち、限定的範囲において受諾する余地を認める』
限定的……か。俺はゴクリと唾を飲んだ。
『第一条件:対象個体群(仲間)及び特定領域(ミルブルック村)の安全保障について。これは、“世界の調和”に直接的な悪影響を及ぼさない限りにおいて、優先的に配慮する。ただし、対象個体群及び特定領域が“不安定要素”へと変質した場合、この限りではない』
『第二条件:能力行使の目的に関する限定について。これも同様に、“世界の調和”維持の枠内において許容する。ただし、全ての能力行使は、事前に“調停者”の許可を得ることを原則とし、定期的な精神的同調による能力の最適化、及びエネルギー調整を義務付ける。これに違反した場合、あるいは許可なく能力の暴走が確認された場合、警告なしに封印プロトコルへと移行する』
それは、譲歩に見せかけた、より巧妙で厳しい束縛だった。力の使い道はある程度認められたものの、常に監視され、許可を求め、そして「調整」される。その「調整」という言葉が、バルドの言っていた「精神構造の一部改変」と重なり、背筋に冷たいものが走った。
「レンさん……そんな……」ルナが悲痛な声を上げる。彼女の頬を伝う涙が、焚き火の光を反射してきらめいた。
ゴルドも、「レン殿、それはあまりにも危険すぎる!奴らの言う『調整』が何を意味するのか……!」と声を荒らげる。
カイトは冷静な目でゼータを見据えながら、「その『精神的同調』や『エネルギー調整』とは、具体的にどのようなプロセスで行われる? 被検体の自由意志はどこまで尊重されるのだ?」と問い詰めた。
ゼータは、カイトの問いには答えず、ただ俺に向けてテレパシーを送ってきた。
『被検体アルファ、最終確認を要求する。この条件を受諾するか、否か』
俺は、仲間たちの顔を一人一人見回した。ルナの涙、ゴルドの怒り、バルドの苦悩、カイトの懸念、シルフィの鋭い視線、そしてロックの不安げな表情。彼らを守るためなら……。
「……受け入れる」
俺の口から絞り出された言葉は、洞窟の静寂に重く響いた。
その瞬間、ゼータの水晶のような体から、無数の光の糸が放たれ、俺の体へと殺到した。それは、まるで冷たい針で全身を刺されるような、激しい痛みを伴うものだった。
「ぐ……あああああああっっ!!」
俺は膝から崩れ落ち、身を捩って苦痛に耐える。光の糸は俺の皮膚を突き破り、血管を、神経を、そして魂そのものを侵食していくかのような感覚。
仲間たちが何かを叫んでいるが、もはや俺の耳には届かない。
意識が遠のき、代わりに、ゼータの持つであろう膨大な情報の一部が、奔流となって俺の脳内へと流れ込んできた。宇宙の創生、星々の輪廻、異次元の構造、そして、数えきれないほどの“世界の調和を乱す不安定要素”と、それを“調停”してきた過去の記録……。それは、人間の精神が到底処理しきれない、圧倒的な情報量だった。
頭が割れるような激痛の中で、俺の特殊な嗜好が、その混沌とした情報の中に、奇妙な秩序やパターンを見出し始めた。それは、まるで複雑怪奇なレース編みの模様や、無数の少女たちの柔らかな曲線が織りなす無限のタペストリーのようにも見えた。そして、そのパターンに対して、俺の深層心理は、恐怖と同時に、倒錯的なまでの「理解」と「興奮」を示してしまう。
(これは……なんだ……この感覚は……気持ち、悪い……でも……もっと……知りたい……)
その時、ゼータの無機質な声が、苦痛に喘ぐ俺の頭の中に直接響いた。
『“契約の刻印”を開始。被検体アルファの精神構造と生体エネルギーを、“調停者ネットワーク”に同期する』
俺の額と両腕に、焼印を押されたかのような激痛が走った。そこには、青白い光を放つ複雑な幾何学模様の紋様が、まるで生きているかのように浮かび上がり、皮膚の下に深く刻み込まれていく。それは、呪いであり、祝福であり、そして永遠に消えない隷属の証だった。
どれほどの時間が経過したのか。やがて、光の奔流と激痛が引き潮のように遠のいていく。俺は、まるで搾りかすのように、地面に倒れ伏していた。呼吸は浅く、指一本動かすのも億劫だった。
しかし、確かに何かが変わった。俺の体には、ゼータとの精神的な繋がり――あるいは、冷たい鎖のような束縛――が確立されたのを感じた。そして、頭の中には、断片的ではあるが、祭壇のエネルギー構造や、古代の力の片鱗に関する知識が、まるでダウンロードされたかのように存在していた。
ゼータは、消耗しきった俺を見下ろし、淡々と告げた。
『契約は成立した。これより、あなたは“調停者ゼータ”の管理対象となる。最初の任務を付与する。損傷したこの“聖域の祭壇”を安定化させ、そこから漏出する不安定エネルギーを回収せよ。必要な基礎情報は、あなたの記憶領域に転送済みである』
その言葉と共に、ゼータの姿がゆっくりと透明になり、やがて完全に消え失せた。まるで、最初からそこに何も存在しなかったかのように。
後に残されたのは、変わり果てた祭壇と、心身共に深い傷を負った俺たち、そして、あまりにも重く、そして「王道ではない」未来への道筋だった。
「レン……!」
最初に駆け寄ってきたのはルナだった。彼女は涙を浮かべながらも、必死に俺の体を支えようとする。その手はまだ震えていた。
俺は、霞む視界の中で、彼女の首筋や、汗で張り付いた髪、そして恐怖と疲労で僅かに開いた唇に、以前よりも強く、そして抗いがたく惹かれる自分を感じていた。それは、あの儀式によって、俺の歪んだ嗜好が、より鮮明に、そして危険な形で増幅されてしまった証なのかもしれない。
(これが……俺が選んだ道……か)
「王国発展」という言葉が、今の俺にはあまりにも遠く、そして皮肉に響いた。だが、この異様な力と、調停者から得た断片的な知識こそが、そのための歪んだ鍵となるのかもしれない。俺は、仲間たちの不安げな視線を感じながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
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