憧れの世界に召喚された変態

覚醒シナモン

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第16話:歪な調律と覚醒の刻印

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俺が再び意識の縁から引き戻された時、最初に感じたのは、全身を苛む鉛のような倦怠感と、脳髄に直接焼き付けられたかのような膨大な情報の残滓だった。まるで高熱に浮かされた後のように思考はまとまらず、額と両腕に刻まれた紋様が、内側からじくじくと熱を放っているのが分かった。
「……レンさん!」
「レン殿、気がつかれたか!」
ぼやけた視界の中に、ルナの心配そうな顔と、カイトの鋭い眼差しが映り込む。俺は、森の奥深くにある、あの忌まわしい祭壇から少し離れた洞窟の中に横たえられていた。焚き火の心許ない光が、仲間たちの不安げな表情を揺らめかせている。
「……どれくらい……眠っていた……?」掠れた声で尋ねると、ゴルドが重々しく答えた。
「丸一日だ。あの後、レン殿は糸が切れたように意識を失い、我々も消耗しきっていたため、ひとまずここまで退避した」
丸一日……。その間、俺の体の中で、そして仲間たちの心の中で、何かが決定的に変わってしまったことを、俺はまだ理解していなかった。
ゆっくりと体を起こすと、奇妙な感覚に気づいた。視界の端で、仲間たちの感情が、まるでオーラのように揺らめいて見えるのだ。ルナの心配と安堵は温かい蜂蜜色、ゴルドの気遣いは武骨な鉄錆色、カイトの冷静な観察眼は氷のような薄青色……そして、バルドの学究的な好奇心と僅かな畏怖は、複雑に絡み合った深紫色として。
(なんだ、これは……ゼータの言っていた「同期」の影響か……?)
それだけではない。以前にも増して、ルナや、少し離れた場所で静かにこちらを見ているシルフィの、衣服の下の体のラインや、ふとした仕草から感じ取れる「弱点」――そう、俺の歪んだ嗜好が「くすぐったいだろう」と囁きかけるポイント――が、まるで発光しているかのように、鮮明に、そして抗いがたく俺の意識に飛び込んでくる。喉の奥が渇き、心臓が嫌な音を立てて高鳴った。
「レン殿、体調は……」バルドが、俺の顔色の変化に気づいたのか、慎重に言葉を選びながら問いかけてきた。「あの『契約の儀式』は、お主の魂に深く干渉したようじゃ。ゼータから転送されたという知識……何か思い出せるかの?」
俺は頭を振った。膨大な情報が断片的に渦巻いているだけで、まだ整理がついていない。だが、最初の任務――「損傷した祭壇の安定化と不安定エネルギーの回収」――その手順だけは、なぜか妙に鮮明に理解できていた。それは、まるで誰かにプログラムされたかのように、俺の思考に深く刻み込まれていた。
「祭壇を……安定させなければ……」俺は、まるで強迫観念に駆られるように呟いた。「そのための方法が……分かるんだ……」
その言葉に、仲間たちの間に緊張が走った。
「レンさん……無理はしないでください」ルナが懇願するように言った。「あなたの体は、まだ……」
シルフィも、無言ではあったが、その翠の瞳で強く俺を制止しようとしているのが分かった。彼女たちの体から放たれる「心配」と「拒絶」のオーラが、俺の新たな知覚を刺激する。
だが、俺の頭の中では、ゼータから与えられた「任務」が絶対的な命令として反響していた。そして、それ以上に、あの祭壇に、そしてあの力の奔流に、再び触れたいという、倒錯的で抗いがたい欲求が、心の奥底から湧き上がってくるのを感じていた。
「大丈夫だ……やらなければならない」
俺は、仲間たちの制止を振り切るように立ち上がった。足元は覚束ないが、体内に残るゼータとの契約の刻印が、まるで俺を操るかのように、祭壇へと足を向けさせる。
半壊した祭壇は、以前にも増して禍々しい雰囲気を漂わせていた。暴走したエネルギーの残滓が、そこかしこで紫電のような火花を散らし、空間そのものが不安定に揺らいでいる。
「これが……ゼータの言っていた不安定エネルギーか……」カイトが、ギルド製の計測器を取り出し、眉を顰める。「通常の魔力とは全く異なる、非常に高密度で危険なエネルギーだ。下手に触れれば……」
「大丈夫……俺には分かる……どうすればいいか……」
俺は、まるで夢遊病者のように祭壇の中央へと進み出た。そして、損傷した石柱の前に立つ。石柱の表面には、あの時俺が「くすぐる」ように刺激した紋様が、今も微かに光を放ち、俺の指先の感触を記憶しているかのように、疼いている。
俺は、ゼータからダウンロードされた知識に従い、両腕の刻印に意識を集中させた。すると、刻印が熱を帯び、そこからあの紫黒のオーラが再び滲み出し始める。だが、それは以前のような制御不能な奔流ではなく、より細く、より精密に制御された触手となって、俺の指先から伸びていった。
「レン殿……それは……!」バルドが息を呑む。
俺の紫黒の触手は、まるで生きているかのように、石柱の亀裂や紋様の溝へと滑り込み、その内部構造を探り始める。そして、俺は、祭壇のエネルギーラインが、まるで人間の神経系のように複雑に絡み合い、そして今、その一部が断線し、ショートを起こしているのを「視覚的」に理解した。
(ここだ……この歪みを……正常な流れに戻す……)
だが、物理的な修復だけでは足りない。この祭壇は、「感情」をエネルギーとして変換する装置なのだ。暴走した感情の奔流を鎮めるには、それとは異なる、調和のとれた「感情の調律」が必要だった。
俺は、ルナとシルフィの方を振り返った。彼女たちの体から放たれる、恐怖と警戒、そしてほんの少しの好奇心が入り混じった複雑なオーラが、俺の網膜に焼き付いている。
「ルナ……シルフィアさん……」俺の声は、自分でも驚くほど平坦で、感情が抜け落ちているように聞こえた。「少し……手伝ってほしい。君たちの……感情の波長を……少しだけ、貸してくれないか」
二人は、俺の言葉の意味を測りかねたように、戸惑いの表情を浮かべた。
「感情の……波長……?」
「ああ……。恐怖や苦痛じゃなくていい。もっと……穏やかな……そう、例えば、森の木漏れ日を見た時の……安らぎとか、綺麗な音楽を聴いた時の……静かな感動とか……そんな、清浄な感情を……心の中で、強くイメージしてほしいんだ」
それは、あまりにも突飛で、不可解な要求だった。だが、二人は、俺の真剣な、そしてどこか人間離れした瞳を見て、何かを感じ取ったのかもしれない。しばらくの沈黙の後、ルナが、そしてシルフィが、小さく頷いた。
彼女たちが、俺の言葉に従って、心の中で穏やかな感情をイメージし始めると、彼女たちの体から放たれるオーラの色が、ゆっくりと変化していくのが見えた。ルナからは優しい若草色の光が、シルフィからは澄んだ湖面のような青色の光が、ふわりと立ち昇り始めた。
俺は、その清浄な感情のオーラを、自分の紫黒の触手でそっと掬い上げ、まるで繊細な楽器を調律するかのように、祭壇の石柱へと導いていく。そして、石柱の「ツボ」とも言うべき特定の紋様を、彼女たちの感情のオーラを纏った触手で、優しく、しかし的確に「くすぐる」ように刺激し始めた。
「あ……っ」
ルナとシルフィの口から、同時に小さな吐息が漏れた。それは苦痛ではなく、かといって快楽でもない、何とも言えない、背徳的な響きを伴った声だった。彼女たちの体が、ピクリと微かに震え、頬が上気していく。
その反応に、俺の心の奥底の歪んだ嗜好が、またしても疼き始める。だが、今はそれを抑えなければならない。俺は、彼女たちの感情のオーラと、祭壇の荒れ狂うエネルギーラインとの間に、慎重に「共鳴」を築き上げていく。
それは、あまりにも異様で、倒錯的で、そして神聖さすら感じさせるような、禁断の儀式だった。
やがて、祭壇の石柱が、穏やかな青と緑の光を放ち始めた。暴走していたエネルギーは鎮まり、不安定な空間の揺らぎも収まっていく。そして、祭壇の中心部から、純粋な魔力の奔流が、まるで間欠泉のように吹き上がり、やがてそれは、美しい虹色の結晶体となって、ゆっくりと地上に降り注ぎ始めた。
「……安定した……のか?」カイトが、信じられないといった表情で呟く。
バルドもまた、目の前の光景に言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。
回収された虹色の結晶体は、手のひらに乗るほどの大きさだったが、そこからは、ギガンテス・スコローペンドラの素材など比較にならないほどの、凝縮された清浄なエネルギーが放たれていた。
「これが……不安定エネルギーを……安定化させたもの……」俺は、その結晶体を手に取り、その未知の力に戦慄した。これは、上手く使えば、村の発展のための強力なエネルギー源になるかもしれない。だが、一歩間違えれば……。
祭壇は静けさを取り戻したが、その奥からは、依然として何か得体の知れない、冷たい気配が微かに漏れ出してきている。災厄の影は消えたが、この森の異変の根源は、まだ完全には取り除かれていないのだ。
そして、俺自身も……。
ルナとシルフィの方を見ると、二人はまだ頬を染め、どこか放心したような表情でこちらを見つめていた。彼女たちの瞳の奥に、俺に対する新たな感情――それは、もはや単純な恐怖や感謝では言い表せない、もっと複雑で、そして危険な響きを伴った何か――が芽生え始めているのを、俺は感じ取っていた。
俺の体内で、ゼータの刻印と共鳴するように、回収した虹色の結晶体の一部が、チリチリと微かな音を立て、奇妙な光を放ち始めた。
この力と、この歪な絆は、俺たちをどこへ導くのだろうか。
「王国」への道は、あまりにも険しく、そしてあまりにも「王道ではない」ものになりそうだった。
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