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第19話:束の間の日常と疼く刻印
しおりを挟む「森の心臓」での壮絶な試練から数日、俺たちはカイトたちの案内で、森の比較的安全な泉のほとりに仮のキャンプを設営し、束の間の休息を取っていた。あの禁断の儀式で心身ともに深く傷ついたルナとシルフィも、バルドの薬と森の清浄な空気のおかげで、少しずつではあるが体力を回復しつつあった。だが、彼女たちの俺を見る目には、以前とは明らかに異なる、戸惑いと、そしてどこか熱っぽい何かが宿っているのを、俺の変質した知覚は敏感に感じ取っていた。
俺自身、体の倦怠感はだいぶ薄れたものの、ゼータによって額と両腕に刻まれた紋様は、時折、疼くような微熱を発し、その存在を主張し続けていた。そして何より、あの「情動調律」の儀式以降、俺の五感は異常なまでに鋭敏になり、特に仲間たちの感情のオーラや、その身体の特定の部分が、抗いがたいほど鮮烈に意識に飛び込んでくるようになっていた。それは、甘美な呪い以外の何物でもなかった。
ある日の午後、ルナが泉のほとりでうたた寝をしている姿が目に入った。戦闘の緊張から解放された彼女の寝顔は幼く、無防備そのものだ。長いまつ毛が微かに震え、規則正しい寝息に合わせて、豊かな胸が小さく上下している。そして……彼女のやや俯いた頭から覗く、うなじと髪の分け目。そこから、ふわりと、あの俺の精神を安定させ、同時に奥底の力を呼び覚ます、甘く芳醇な香りが漂ってくる。俺は、まるで磁石に引き寄せられるように、無意識のうちに彼女のそばに膝をつき、その香りを深く吸い込んだ。
(ああ……この匂い……ルナの……)
脳髄が痺れるような感覚。胸の奥が熱くなり、体内の刻印が微かに共鳴する。もっと、もっと深く、この香りに満たされたい。そんな倒錯的な欲求が頭をもたげる。ふと、彼女の柔らかな耳朶や、無防備に晒された首筋が目に入り、そこに指を這わせ、くすぐってみたいという衝動に駆られた。彼女が驚き、身を捩り、あの甲高い嬌声を上げる姿を想像するだけで、背筋に悪寒にも似た快感が走る。
「……ん……レン、さん……?」
ルナが、俺の熱っぽい視線を感じたのか、ゆっくりと瞼を開けた。寝ぼけ眼の彼女は、状況が飲み込めていない様子で、俺の顔を不思議そうに見上げている。その潤んだ瞳と、僅かに開いた唇から漏れる甘い寝息が、俺の理性をさらに揺さぶった。
「あ、いや……起こしてすまない。少し、日差しが強かったから、日陰を作ろうかと……」
我ながらぎこちない言い訳をして、慌ててその場を離れる。背中に突き刺さるルナの訝しげな視線を感じながら、俺は自分の頬が熱くなっているのを自覚した。
別の時には、シルフィが泉で髪を洗い、それを岩の上で乾かしている場面に遭遇した。濡れた銀髪は陽光を浴びてキラキラと輝き、そこから立ち昇る森の木々のような、清冽でいてどこか神秘的な香りが、俺の鼻腔をくすぐった。彼女が髪を梳くたびに、しなやかな背中のラインと、引き締まった腰、そして豊満な臀部が強調される。特に、彼女が屈んで髪を拭う際に見せる、丸く、弾むようなお尻の曲線は、俺の「大きいお尻フェチ」の琴線を激しく刺激した。
(シルフィアさんの……あれは……まさに“森の叡智”が凝縮されたかのような、完璧なフォルムだ……)
俺は、そんな馬鹿げたことを真剣に考えながら、彼女の後ろ姿に釘付けになっていた。もし、あの豊かな臀部を、この手で……いや、それ以上に、あのくすぐったがりだという長い足の裏を、指先で丁寧に……。そんな妄想が頭を駆け巡り、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
シルフィは、俺の視線に気づいたのか、冷ややかに、しかしどこか面白がるような表情でこちらを一瞥した。彼女の翠の瞳は、俺の心の奥底まで見透かしているかのようだ。
「何か用か、レン? 私の髪や……あるいは、他の部分に、そんなに見惚れるほど興味深いものでもあるのか?」
その言葉には、微かな挑発の色さえ含まれているように感じられた。
「い、いえ! その……素晴らしいお髪だな、と……」
俺はまたしても狼狽し、しどろもどろになる。シルフィは、そんな俺の様子を見て、小さく鼻で笑った。彼女との間には、ルナとはまた異なる、危険でスリリングな緊張感が漂い始めていた。
そんな俺の「日常」を、仲間たちはそれぞれの思いで見守っていた。ゴルドは、俺の奇行に眉を顰めつつも、何かを諦めたようにため息をつくだけだった。バルドは、俺の鋭敏化した知覚や、特定の刺激に対する異常な反応を、学術的な興味を持って観察している節がある。「レン殿のその“感性”は、あるいは古代のシャーマンや神官が持っていた、世界と共鳴するための特殊な資質なのかもしれんのう……」などと、真顔で呟いたりもする。
カイトとロックは、比較的俺の奇行に慣れてきたのか、面白半分にからかってくることもあった。特にロックは、俺がルナやシルフィの特定の部位に視線を奪われているのを見つけると、「レンの兄貴、また“鑑賞”してるぜー!」などと野次を飛ばし、そのたびに俺は顔を真っ赤にして二人を追い払う羽目になった。
そんなある日、バルドが「古き守り手」から授かった「古の叡智」の一つである、簡易的な防衛結界術を試してみようと提案した。それは、この森に自生する、微弱な魔力を帯びた光る苔と、特定の紋様を地面に描くことで、小規模ながらも物理的・魔法的な障壁を作り出すというものだった。
「この結界術の要は、術者の『守りたい』という強い意志と、その土地の精霊との共鳴じゃ」バルドは説明した。「レン殿、お主のあの『調律』の力が、あるいはこの結界術の効率を格段に高めるやもしれん」
結界を張る場所として選ばれたのは、キャンプ地から少し離れた、森の精霊の力が比較的強く感じられるという泉のほとりだった。俺は、バルドの指示に従い、地面に複雑な紋様を描き、光る苔を配置していく。そして、最後に、その紋様の中心に立ち、意識を集中させた。
(守りたい……ミルブルック村を……仲間たちを……)
その純粋な願いと共に、俺の体から紫黒のオーラが立ち昇る。だが、それだけでは足りなかった。バルドの言う「土地の精霊との共鳴」……それには、もっと繊細で、もっと「特殊な」調律が必要なのだと、俺の本能が告げていた。
俺は、無意識のうちに、近くで見守っていたルナとシルフィに視線を送った。彼女たちの体から放たれる、甘美で芳醇な感情のオーラ。そして、彼女たちの体の、あの抗いがたい「ポイント」……。
「ルナ……シルフィアさん……少しだけ……力を貸してほしい」俺は、以前よりもずっと自然に、そしてどこか懇願するように言った。「君たちの……“息遣い”を……この結界に込めるんだ」
二人は、顔を見合わせ、そして微かに頬を染めながらも、俺の言葉に従ってくれた。彼女たちが、ゆっくりと深呼吸をし、その息吹に「安心感」や「守護」の念を込める。その感情の揺らぎが、彼女たちのオーラを美しいパステルカラーに変え、俺の紫黒のオーラと絡み合い、そして地面の紋様へと流れ込んでいく。
俺は、その光景に言いようのない興奮を覚えながらも、指先で空中に見えない紋様を描き、彼女たちの感情のオーラと、土地の精霊の力を「くすぐる」ように調律していく。それは、前回のような強制的で苦痛を伴うものではなく、もっと優しく、もっと官能的な響きを伴った調律だった。
ルナとシルフィの口から、抑えきれない吐息が漏れ、その体が心地よさそうに微かに震える。彼女たちの表情は、羞恥と、そしてどこか恍惚としたような、複雑な色合いを浮かべていた。
やがて、地面の紋様が眩い光を放ち、俺たちの周囲に半透明のドーム状の結界が形成された。それは、見た目以上に強固で、そしてどこか温かみのある、不思議な結界だった。
「成功じゃ……! これほどの規模と安定性……古の文献に記されたもの以上かもしれん!」バルドが歓喜の声を上げる。
だが、その瞬間、完成したばかりの結界が、まるで何かに反応したかのように、一瞬だけ激しく明滅した。そして、森のさらに奥深く……あの「森の心臓」があった場所の、さらに向こう側から、これまで感じたことのない、冷たく、そして強大な何かの気配が、まるで俺たちの結界を嘲笑うかのように、一瞬だけ放たれたのを感じた。
それは、災厄の影とも、森の守り手とも、そしてゼータとも異なる、全く未知の、そしておそらくは敵対的な存在の気配だった。
俺の額の刻印が、その気配に反応して、警告のように鋭い痛みを伴って疼き始めた。
同時に、ゼータからの簡潔だが不吉なテレパシーが、俺の脳裏に直接届いた。
『……新たな“不安定要素”の出現を確認。……コードネーム、“深淵の囁き”。……これより、被検体アルファ(レン)に対し、第二の任務を付与する準備に入る……』
束の間の日常は、あまりにもあっけなく終わりを告げようとしていた。
そして、俺の特殊な力と歪んだ嗜好は、否応なく、この世界のさらに深く、そして暗い混沌へと引きずり込まれていくのだった。
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