憧れの世界に召喚された変態

覚醒シナモン

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第20話:深淵の囁きと歪な共鳴の律動

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簡易結界が不吉な気配に揺らめいた直後、俺の額と両腕に刻まれたゼータの紋様が、灼熱の鉄を押し当てられたかのように激しく疼き始めた。それは、あの忌まわしき「契約の儀式」の苦痛を鮮明に蘇らせ、俺は思わず膝から崩れ落ちそうになる。
「レンさんっ!?」
「レン殿、どうしたのだ!?」
仲間たちの心配する声が遠のき、代わりに、ゼータの無機質で冷徹なテレパシーが、俺の脳髄に直接流れ込んできた。それは、第二の任務の「付与」というよりは、抗うことのできない命令の「上書き」に近いものだった。
『……新たな“不安定要素”――コードネーム“深淵の囁き”――の活動を検知。対象は高次元精神寄生体。宿主の負の感情を増幅・具現化し、現実世界への干渉領域を拡大する特性を持つ。被検体アルファ(レン)に対し、第二の任務を付与する。“深淵の囁き”の精神的核を特定し、あなたの“情動調律”能力をもって、これを無力化、あるいは封印せよ』
脳内に叩き込まれる情報と共に、俺の「情動調律」の能力が、ゼータによって強制的に「最適化」されるのを感じた。それは、ルナやシルフィといった対象者の感情エネルギーを、より効率的に、より深く、そしてより危険なレベルで引き出し、俺自身の力へと変換するための、冷酷なバージョンアップだった。これまで以上に、彼女たちの「くすぐったいポイント」や感情の起伏が、俺の歪んだ嗜好を刺激する形で、鮮明に感知できるようになっている。
「ぐ……うぅ……あああああっ!」
俺は頭を抱えて蹲り、情報の奔流と能力の変質に耐える。仲間たちが俺の周囲を取り囲み、カイトが冷静に状況を分析しようとしているが、今の俺には彼らの声も届かない。
やがて、ゼータからの情報伝達が終わり、俺は荒い息を繰り返しながら顔を上げた。額の刻印は、まるで自らの意思を持つかのように、禍々しい光を放っている。
「……第二の、任務だ……」俺は、絞り出すように言った。「“深淵の囁き”……この森の奥にいる、精神に寄生する化け物を……俺の力で、なんとかしろ、と……」
その言葉に、仲間たちは息を呑んだ。特にルナとシルフィは、顔面蒼白になり、その瞳には新たな恐怖と、そして俺に対する言いようのない感情が浮かんでいた。彼女たちは、俺の力が再び自分たちの感情を「利用」することを、そしてそれが前回以上に過酷なものになることを、本能的に察知したのだろう。
「レン殿……それは、また、あの時のような……」バルドが、言葉を詰まらせる。
「ゼータは、俺の力を強化した……。もっと効率的に……君たちの感情を……」俺は、ルナとシルフィから目を逸らし、唇を噛み締めた。
「ふざけるな!」ゴルドが激昂した。「レン殿一人の力に、そしてルナやシルフィ殿の犠牲に、全てを押し付けるというのか! その“調停者”とやらは、一体何様のつもりだ!」
カイトも厳しい表情で頷いた。「ギルドとしても、そのような一方的な任務への協力は認められない。この脅威が真実だとしても、まずはギルド本部に報告し、正規の調査部隊を……」
だが、その時、俺たちの足元から、まるで地の底から響くような、不気味な「囁き」が聞こえ始めた。それは言葉ではなく、聞く者の心の最も暗い部分、隠されたトラウマや欲望を直接刺激するような、甘美でいて冒涜的な音の連続だった。
『……おいで……もっと楽になれる……本当の自分を……解放するのじゃ……』
『憎しみも……悲しみも……欲望も……全てが力になる……快楽になる……』
「う……頭が……!」ロックが頭を押さえて呻き、その瞳に暗い光が宿り始める。
ゴルドも、過去の戦場で失った戦友の幻影を見たのか、苦悶の表情で剣を握りしめている。
バルドでさえ、禁断の知識への渇望を囁かれ、顔を歪めていた。
この「囁き」は、精神的な防衛を持たない者にとっては、抗いがたい毒なのだ。
「くそっ……これが、“深淵の囁き”の力か……!」俺は、自分の内なる歪んだ嗜好が、この「囁き」と奇妙な共鳴を起こし、倒錯的な心地よさを感じ始めていることに気づき、戦慄した。俺のこの特殊性が、逆に「囁き」の侵食を早めているのかもしれない。
「レンさん……!」ルナが、恐怖に震えながらも、俺の腕に手を伸ばしてきた。「しっかりしてください……!」
彼女の感情のオーラが、必死の抵抗を示すように激しく揺らめいている。その純粋な想いが、俺の意識を辛うじて繋ぎ止めた。
「……行くしかない……。このままでは、全員が飲まれる」俺は、強化された「情動調律」の力を、今度は自分自身に向かって微調整し、精神の表面に薄いバリアのようなものを形成した。完全ではないが、多少は「囁き」の直接的な影響を緩和できるはずだ。
「レン殿……」
「レンさん、私たちも……」
ルナとシルフィが、覚悟を決めた表情で俺を見つめてきた。彼女たちの瞳の奥には、恐怖と共に、どこか歪んだ献身と、そしてこの異常な状況に対する、諦めにも似た興奮が宿っているように見えた。彼女たちもまた、この「特殊な」状況に、徐々に適応し始めているのかもしれない。
俺は、ゼータから与えられた情報を頼りに、「深淵の囁き」の核が存在するという森の最深部――そこは、もはや物理的な空間というより、精神と現実が混濁した異次元の狭間のような場所らしかった――へと、仲間たちを導き始めた。
その道は、想像を絶する悪夢だった。足を踏み入れるたびに、地面は粘つく腐肉のように変化し、木々は苦悶の表情を浮かべた人間の顔となり、空気中には、甘ったるい腐臭と、鉄錆の匂いが充満している。そして、絶えず耳元で、あるいは直接脳内に響き渡る「囁き」は、俺たちの最も隠された欲望やトラUMAを抉り出し、精神を内側から蝕んでいく。
カイトは、ギルドの仲間を見殺しにした過去の任務の幻影に苦しみ、シルフィは、故郷の森が病に侵されていく光景を繰り返し見せられ、その美しい顔を絶望に歪ませていた。
俺自身の前には、無数の、目隠しをされ、手足を縛られた美しい少女たちが現れ、声にならない声で俺にくすぐられることを懇願するという、あまりにも倒錯的で甘美な幻覚が、何度も何度も繰り返し再生された。その度に、俺の体の奥底の刻印が熱を帯び、歪んだ力が昂ぶりそうになるのを、必死で抑え込む。
「しっかりしろ! これは幻だ!」俺は叫び、仲間たちの肩を揺する。だが、その声も「囁き」にかき消されそうになる。
ついに、俺たちはその中心部らしき場所に到達した。そこは、巨大な洞窟のようでありながら、壁も天井も、まるで生きている肉塊のように脈動し、無数の瞳のようなものがこちらを凝視している、おぞましい空間だった。そして、その中央には、黒く渦巻く巨大な「影」――それが「深淵の囁き」の本体、あるいはその精神的な核なのだろう――が、不気味な鼓動を繰り返していた。
「……あれを……調律する……?」
絶望的な任務。だが、やるしかない。
「ルナ……シルフィアさん……」俺は、二人の名前を呼んだ。彼女たちの顔は蒼白で、瞳には深い恐怖と疲労が浮かんでいたが、それでも俺の呼びかけに応えようと、必死に意識を保っている。
「今度は……もっと深く……君たちの感情を……“共鳴”させる必要がある……。恐怖や苦痛だけじゃない……怒り、悲しみ、絶望……そして、もしかしたら……その先にある、歪んだ……“快感”さえも……」
俺の言葉は、もはや人間のそれではなく、何か異質な存在が彼女たちに囁きかけているかのようだった。
ルナとシルフィは、息を呑み、そして……ゆっくりと、しかし確かに、頷いた。彼女たちの瞳の奥に、狂気と献身、そして破滅への誘惑にも似た、妖しい光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。
「王国発展」のためには、まずこの深淵を乗り越えなければならない。そして、そのためには、俺も、仲間たちも、人間性の最も暗く、そして「特殊な」領域へと、足を踏み入れる覚悟が必要だった。
俺は、両腕の刻印を輝かせ、ルナとシルフィの魂に、歪な調律の旋律を奏で始めた。それは、絶望と官能が入り混じった、禁断のセッションの始まりだった。
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