政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。

如月 そら

文字の大きさ
13 / 87
4.黒い大型犬

黒い大型犬②

しおりを挟む
 片倉の手は浅緋の手よりずっと大きくて、きゅっと握られたら、全部包み込まれてしまうみたいで、それが照れくさいのだけれど、嬉しいから。

「浅緋さんがいてくださるだけで、僕はいいんですけど。今日は名前で呼んでくださいましたし、こうして、手も繋いでしまいましたね。それで充分ですけど、もっと?」

「はい!」
「じゃあ……」

 そう言って繋いだままの手を引かれて、浅緋は緩く片倉にもたれかかってしまう。
 浅緋の手を握っていた手はそのまま、浅緋の背中に回された。

 抱きしめられている‼︎

 こんな風に片倉と密着することは初めてで、ただ身体を固くすることしかできない浅緋だ。
 しかも、心臓の音はばくばくと耳元に響いて、顔も熱い。
 緊張で指一本を動かすこともできないのだ。

 少しだったような気もするし、長い時間だったような気もする。
 実際は数秒だったのかも知れなかった。

 以前、浅緋が泣いた時も片倉は抱きしめてくれていたけれど、その時よりはるかにどきどきするのはなぜなんだろうか?

「浅緋さんが、ここにこうしていて下さるだけで僕は十分なんですけどね」
 片倉はどんな時も優しい。

「何か、ありましたか?」
 頭の上から聞こえる声に、浅緋はどきりとした。

 それは胸の高なりなんてものではなくて、見透かされたことによる心臓の鼓動の音だ。

 先日、槙野に『あなたを認めてはいない』と言われたことは、浅緋の心に徐々に重くのしかかってきていた。
 どう考えても、そう言われても仕方がないからだ。

 それでも、この優しい人に心配を掛けたくない。

「いいえ。何も。何も心配なことなんてありません」
 浅緋はそう答えたのだった。

 その日の日中も浅緋は簡単な業務だけを与えられて、相変わらず槙野からはシャットアウトされている。

 だから、最近落ち込んでいる浅緋を見かねたのか、同僚が夕食に誘ってくれたのだ。
 片倉は浅緋の帰りが遅くなると、おそらく心配するだろうと思い、浅緋は電話をすることにした。

 そう言えば、電話をかけるのは初めてだ。
 そんなことですら、緊張してしまう。
 数回のコール音の後、片倉は割と早くに電話に出てくれた。

『どうしました?』
 いつも穏やかなその声はとても浅緋を安心させるものだ。

「今日は、お友達がお夕飯に誘ってくださったんです。あの、帰りに食事をしていってもいいですか?」
『ああ、もちろんです。では外で食べてくるということですね?』
「はい」

『分かりました。気を付けて。あまりにも遅くなるようなら連絡してください。お迎えに行きます』

「……っ。大丈夫です、たぶん」
 片倉は浅緋を甘やかしすぎだと思う。

『心配なんですよ。だから連絡して、ね?』
 優しく首を傾げている片倉のその様子が想像できてしまって、浅緋は電話をしながらでも顔が熱くなってきてしまった。

 その様子を見つめる目があることに、浅緋は気付いていなかった。

 仕事が終わり同僚である池田に案内されたのは、小洒落たイタリアンの店だったのだが、その席に男性がいることは浅緋は想像していなかった。

 彼らは総務部にいる池田とはとても仲の良い様子だ。
「園村さん、紹介しますね。私の同期なんです」

「初めまして! 岡本です。池田にはいつも書類が間違ってるって叱られてばっかりいます」
 岡本は元気で爽やかな好青年だった。

 他にももう一人、川野と名乗った男性がいた。
 部署が違うようだけれど、同じ会社であるとのことだ。

「園村さん、社長についているのを遠くから見たことはありますけど、近くで見てもすごく可愛い方ですね」
 浅緋の向かいに座った岡本はそう言って笑顔を向けてくれる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒
恋愛
ある日礼奈は、社長令嬢で友人の芹香から「お見合いを断って欲しい」と頼まれる。 引き受ける礼奈だが、お見合いの相手は、優しくて素敵な人。 そして礼奈は、芹香だと偽りお見合いを受けるのだが……

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐
恋愛
クリスマスイブのホテルで偶然出会い、趣味が合ったことから強く惹かれあった古川遥(27)と堂本匠(31)。 のちに再会すると、実はライバル会社の御曹司と秘書という関係だった。 逆風を覚悟の上、惹かれ合うふたりは隠れて交際を開始する。 それは戻れない茨の道に踏み出したも同然だった。 遥に想いを寄せていた彼女の上司は、仕事も巻き込み匠を追い詰めていく。

処理中です...