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6.一瞬の邂逅
一瞬の邂逅①
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「僕の方はそれでお話を進めてもらって構わないですが……」
「なぜ迷う?」
「浅緋さん自身のお気持ちです」
「浅緋の方はそんなこと考えていないだろう。それに君のことを嫌がるとも思えないが」
好み、という点で言えば園村も浅緋は男臭い男性よりも、片倉のような優し気な男性の方がいいような気がしていた。
押しが強い男性だと、浅緋はおそらく委縮してしまうだろう。
園村は改めて片倉を見る。
優し気な雰囲気だけれど、芯があり、一度引受けたことは彼の責任下に置いてやり遂げることは長い付き合いの中で分かっている。
大事な掌中の珠を託すのならば、この人物しかいないと思うのだ。
「まあ、よく考えてみてほしい。ただし、時間はそんなにないからな」
そう言われ、片倉は病室を後にした。
会社の事は何とかなると判断できた。
しかし、人……となるとそうもいかない。
──どうしたものか……。
片倉が考えながら廊下を歩いていたときである。
正面から歩いてきた女性に、一瞬で目を奪われた。
それは先ほど園村に写真を見せてもらった女性だったからだ。
浅緋だと、すぐに分かった。
品の良いベージュのコートとオフホワイトのマフラーを手にして、手に何か包みを持っている。
看護師に話しかけられて柔らかい笑顔を向けて何か話していた。
看護師の方も笑顔だったので、関係は良好なのだろうということが分かる。
そうして浅緋は話していた看護師に頭を下げて、片倉の方に向かって歩いてきた。
片倉はどくん、どくん、という自分の鼓動を感じる。
浅緋はベージュピンクのニットと、淡いグレーのチェックのスカートという姿で、ふわりと髪をなびかせ、だんだん近づいてくる。
つい、片倉は緩やかに頭を下げてしまった。
浅緋にしてみれば見知らぬ人から頭を下げられたのだから、戸惑ってもよさそうなものだが、彼女はそういうことにも慣れているのか、口元に笑みを浮かべて軽く会釈を返してきた。
関連会社の人間かと思ったのかもしれないし、同じように見舞いに来た人間だと思ったのかもしれない。
それでも怪訝な顔をするわけでもなく、笑顔で会釈を返してくれた姿が目に焼き付いた。
そうして、一瞬の邂逅は終わったのだ。
浅緋の中ではどうともないことだっただろうが、片倉はとても心が揺らいでいた。
こんなことはあまりない。
浅緋の実物が、こんな儚げでしかも優しい雰囲気の人だとは思わなかった。
姿も服も、人との対応も仕草も、すべてが理想通りの人だった。
……彼女が自分と。
そして、自分が承諾しなければ他の人と。それは到底承服し難いことのように片倉には思えた。
だから、次に園村に会った時に
「浅緋さんとの件ですが、ぜひお話を進めていただきたい。」
と片倉は伝えたのだ。
園村はお見通しであるかのように軽く笑った。
「見たんだな?」
確かに前回のお見舞いの時には、片倉と浅緋は入れ替わりのようになっていたはずだ。見た、と悟られても仕方のない事だった。
片倉は素直に返事を返す。
「はい、拝見しました。理想の女性でした。僕に守らせていただけるなら、そうさせてほしいです」
園村が今までも、浅緋をお嫁にと言う声は、引きも切らないと言っていたが確かに納得だ。
「素敵な方だと思いました」
「話したわけでもないんだろうに」
「なぜ迷う?」
「浅緋さん自身のお気持ちです」
「浅緋の方はそんなこと考えていないだろう。それに君のことを嫌がるとも思えないが」
好み、という点で言えば園村も浅緋は男臭い男性よりも、片倉のような優し気な男性の方がいいような気がしていた。
押しが強い男性だと、浅緋はおそらく委縮してしまうだろう。
園村は改めて片倉を見る。
優し気な雰囲気だけれど、芯があり、一度引受けたことは彼の責任下に置いてやり遂げることは長い付き合いの中で分かっている。
大事な掌中の珠を託すのならば、この人物しかいないと思うのだ。
「まあ、よく考えてみてほしい。ただし、時間はそんなにないからな」
そう言われ、片倉は病室を後にした。
会社の事は何とかなると判断できた。
しかし、人……となるとそうもいかない。
──どうしたものか……。
片倉が考えながら廊下を歩いていたときである。
正面から歩いてきた女性に、一瞬で目を奪われた。
それは先ほど園村に写真を見せてもらった女性だったからだ。
浅緋だと、すぐに分かった。
品の良いベージュのコートとオフホワイトのマフラーを手にして、手に何か包みを持っている。
看護師に話しかけられて柔らかい笑顔を向けて何か話していた。
看護師の方も笑顔だったので、関係は良好なのだろうということが分かる。
そうして浅緋は話していた看護師に頭を下げて、片倉の方に向かって歩いてきた。
片倉はどくん、どくん、という自分の鼓動を感じる。
浅緋はベージュピンクのニットと、淡いグレーのチェックのスカートという姿で、ふわりと髪をなびかせ、だんだん近づいてくる。
つい、片倉は緩やかに頭を下げてしまった。
浅緋にしてみれば見知らぬ人から頭を下げられたのだから、戸惑ってもよさそうなものだが、彼女はそういうことにも慣れているのか、口元に笑みを浮かべて軽く会釈を返してきた。
関連会社の人間かと思ったのかもしれないし、同じように見舞いに来た人間だと思ったのかもしれない。
それでも怪訝な顔をするわけでもなく、笑顔で会釈を返してくれた姿が目に焼き付いた。
そうして、一瞬の邂逅は終わったのだ。
浅緋の中ではどうともないことだっただろうが、片倉はとても心が揺らいでいた。
こんなことはあまりない。
浅緋の実物が、こんな儚げでしかも優しい雰囲気の人だとは思わなかった。
姿も服も、人との対応も仕草も、すべてが理想通りの人だった。
……彼女が自分と。
そして、自分が承諾しなければ他の人と。それは到底承服し難いことのように片倉には思えた。
だから、次に園村に会った時に
「浅緋さんとの件ですが、ぜひお話を進めていただきたい。」
と片倉は伝えたのだ。
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「見たんだな?」
確かに前回のお見舞いの時には、片倉と浅緋は入れ替わりのようになっていたはずだ。見た、と悟られても仕方のない事だった。
片倉は素直に返事を返す。
「はい、拝見しました。理想の女性でした。僕に守らせていただけるなら、そうさせてほしいです」
園村が今までも、浅緋をお嫁にと言う声は、引きも切らないと言っていたが確かに納得だ。
「素敵な方だと思いました」
「話したわけでもないんだろうに」
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