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1.これって出逢いじゃないの?
これって出逢いじゃないの?③
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ただしそれは緊急時のみだ。
その際にも明確で細かなルールが定められている。亜由美にしてみれば当然のことだ。
けれど、中にはそんなルールはあってないがごとくに無視するような社員もいる。
そのルール無視の代表格と言っても過言ではない営業部の一条が経理部に姿を見せて亜由美の姿を見て「げ……」という声を漏らしたのを聞き逃してはいなかった。
あらかた亜由美がいないと聞いて慌てて伝票を持ってきたのだろう。
営業部からの経費申請を担当しているのは亜由美のいるグループだし、最初に伝票を確認するのも亜由美の仕事だ。
一条は営業部のエースとも目されている人物で、確かに顔立ちもなかなかに整ったいわゆるイケメンだ。はっきりした目鼻立ちと少し垂れ目がちの甘やかな顔立ちは社内でも人気があって、一条に甘い女性社員も多い。
「一条さん、どうかされました?」
「いや……伝票、を……」
妙に歯切れが悪いのは必要書類を揃えていないからだろうということは、簡単に察しがつく。
「受領書ください」
亜由美はきっぱりと一条に向かって言った。
受領書は社内で書類を受け渡しする際に必ず作らなくてはいけない書類である。
いつ何の授受があったのか、また渡していない受け取っていないと言われないために必要とされている書類なのだ。
「そんなの作る暇ない」
その一言に亜由美は引っかかりを覚える。
『作る暇』?
「皆さん、暇で作られるわけじゃないです。それが社内ルールだから作るんです。受領書を作成してから持ってきてください。でないと受け取った、受け取らないで揉める原因にもなりかねませんから」
ましてやお金を扱う経理部へ提出する書類だ。経理部が管理する書類はそれが会社の数字にも関わることなど、営業部なら知っていてしかるべきなのに。
亜由美は一応笑顔を浮かべて伝票を突き返した。
──営業部のエースだかイケメンだか、知らないけども。
仕事をきちんとしない時点で亜由美の中ではイケメンではない。
亜由美は絶対に譲らないと知っているので、一条はその場を離れる。亜由美だって、事情が勘案できる何かがあればもちろん積極的に協力するが、わがままには付き合えない。
チッという小さな舌打ちの音が聞こえたが、亜由美はそれをとがめるようなことはしなかった。
『時間と約束とお金のことは、きちんと守ること。それが信頼を守る』
そう父から言われて育ってきている亜由美なのだ。固いと思われても融通が利かないと思われても構わない。
信頼は一度失うと取り戻すことがとても大変なのだと散々聞かされていたし、それは本当に事実だ。
父に言われていた時はピンときていなかったけれど、自分が社会人になると父の言葉をとても実感する。
いつもは水筒に自分の好きなお茶を淹れてきている亜由美だが、今日は遅刻寸前だったこともあって、水筒を持ってこられなくて、やむなくフロアにある自販機へ向かった。
その手前で、一条の声が聞こえたのだ。
「杉原女史、本当にうるせー」
思わず自販機に向かう足が止まってしまった亜由美だ。
自販機はフロアのパーテーションの奥にあるため、亜由美がいることに一条は気づいていないのだろう。思わず足が止まってしまった亜由美はそっと、物陰に隠れた。
一条はもちろん亜由美がいるなんて思っていないからこその発言なのだろう。
吐き捨てるような声に亜由美は胸が痛くなった。
それは好かれているとは思っていなかったけれど、こんなふうに自分のことを聞くのはつらい。
「まだ、若いからな?」
聞こえた声は一条の同期の営業部の社員だろう。
その際にも明確で細かなルールが定められている。亜由美にしてみれば当然のことだ。
けれど、中にはそんなルールはあってないがごとくに無視するような社員もいる。
そのルール無視の代表格と言っても過言ではない営業部の一条が経理部に姿を見せて亜由美の姿を見て「げ……」という声を漏らしたのを聞き逃してはいなかった。
あらかた亜由美がいないと聞いて慌てて伝票を持ってきたのだろう。
営業部からの経費申請を担当しているのは亜由美のいるグループだし、最初に伝票を確認するのも亜由美の仕事だ。
一条は営業部のエースとも目されている人物で、確かに顔立ちもなかなかに整ったいわゆるイケメンだ。はっきりした目鼻立ちと少し垂れ目がちの甘やかな顔立ちは社内でも人気があって、一条に甘い女性社員も多い。
「一条さん、どうかされました?」
「いや……伝票、を……」
妙に歯切れが悪いのは必要書類を揃えていないからだろうということは、簡単に察しがつく。
「受領書ください」
亜由美はきっぱりと一条に向かって言った。
受領書は社内で書類を受け渡しする際に必ず作らなくてはいけない書類である。
いつ何の授受があったのか、また渡していない受け取っていないと言われないために必要とされている書類なのだ。
「そんなの作る暇ない」
その一言に亜由美は引っかかりを覚える。
『作る暇』?
「皆さん、暇で作られるわけじゃないです。それが社内ルールだから作るんです。受領書を作成してから持ってきてください。でないと受け取った、受け取らないで揉める原因にもなりかねませんから」
ましてやお金を扱う経理部へ提出する書類だ。経理部が管理する書類はそれが会社の数字にも関わることなど、営業部なら知っていてしかるべきなのに。
亜由美は一応笑顔を浮かべて伝票を突き返した。
──営業部のエースだかイケメンだか、知らないけども。
仕事をきちんとしない時点で亜由美の中ではイケメンではない。
亜由美は絶対に譲らないと知っているので、一条はその場を離れる。亜由美だって、事情が勘案できる何かがあればもちろん積極的に協力するが、わがままには付き合えない。
チッという小さな舌打ちの音が聞こえたが、亜由美はそれをとがめるようなことはしなかった。
『時間と約束とお金のことは、きちんと守ること。それが信頼を守る』
そう父から言われて育ってきている亜由美なのだ。固いと思われても融通が利かないと思われても構わない。
信頼は一度失うと取り戻すことがとても大変なのだと散々聞かされていたし、それは本当に事実だ。
父に言われていた時はピンときていなかったけれど、自分が社会人になると父の言葉をとても実感する。
いつもは水筒に自分の好きなお茶を淹れてきている亜由美だが、今日は遅刻寸前だったこともあって、水筒を持ってこられなくて、やむなくフロアにある自販機へ向かった。
その手前で、一条の声が聞こえたのだ。
「杉原女史、本当にうるせー」
思わず自販機に向かう足が止まってしまった亜由美だ。
自販機はフロアのパーテーションの奥にあるため、亜由美がいることに一条は気づいていないのだろう。思わず足が止まってしまった亜由美はそっと、物陰に隠れた。
一条はもちろん亜由美がいるなんて思っていないからこその発言なのだろう。
吐き捨てるような声に亜由美は胸が痛くなった。
それは好かれているとは思っていなかったけれど、こんなふうに自分のことを聞くのはつらい。
「まだ、若いからな?」
聞こえた声は一条の同期の営業部の社員だろう。
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