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1.これって出逢いじゃないの?

これって出逢いじゃないの?②

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「あの、ありがとうございます。お礼させて頂きたいのですが、お名前やご連絡先を伺えますか?」

 その瞬間、彼は微妙にイヤそうな顔をしたのだ。
 それは先ほどまでの真っすぐさを全否定するような表情だった。
(え? そんな顔する!?)

「たまたま見かけただけなので、気にしないでください」
 そう言うと、彼は足早に去ってしまったのだ。それは足の長さ分、あの男性よりも早かったと思う。

 亜由美はその場に残されてしまった。
 ──いや、いくらなんでも……え? えーっ?

 これって普通なら出逢いなのではないだろうか?

 しばらく呆然としていたけれど、遅刻だということを思い出して、亜由美は会社に慌てて連絡する。

「すみません。今日、少し遅れます。いえ……電車遅延とかじゃなくて、寝坊でもないんですけど」

 その場で説明をするのに五分は要したと思う。

 結局三十分ほど遅れて亜由美は出社した。まだ出社しただけなのに、もうすでにぐったりだ。

 亜由美は課長の席へまずはお詫びに行く。
「遅れて申し訳ありません」
「いやいや、大丈夫だった? 駅には申し出た?」

 頭を下げた亜由美に課長は心配そうに声をかけてくれた。
 助けてもらって事なきを得たのだし、両手を横に振る。
「いえ。たまたま通りかかった方が助けてくださったので、そのまま出社しました」

「無理しないようにね」
「ありがとうございます」
 そう言ってまた頭を下げて亜由美は自分の席に戻った。

「聞いたよー、変な人に駅で絡まれたんだって?」
 隣の席の奥村絵梨香おくむら えりかが亜由美を気づかって声をかけてくれた。

「そうなんです。申し訳ありません。遅れてしまって」
「仕方ないよ。警察行った?」

 席に座ってパソコンの電源を入れながら、亜由美は首を横に振る。

「いえ。通りすがりの方が助けてくださったんですけど、駅員さんを呼ぶ前にいなくなってしまって」

「あー、そうだよね。駅だと人も多いし、さっと逃げられちゃうよね」

 奥村は亜由美の教育係をしてくれた先輩社員だ。亜由美が羨ましくなるほどの小柄な身体と、黒目勝ちの大きな瞳と可愛らしい丸顔の持ち主だった。

 二人で並んでいて、どちらが先輩でしょうか?と聞かれれば間違いなく亜由美の方を指さされてしまうことだろう。

 けれど奥村は可愛らしい見た目に反して、中身はなかなか尖っている。業務上でも判断は早いし白黒がはっきりしていた。

 できること、できないこと。やらなくてはいけないこと、やってはいけないこと。
 そのラインがとても明確で、新入社員の亜由美にも分かりやすく説明してくれて指導してくれているカッコいい先輩だ。

「でも。月末の繁忙日だったのに、遅れてしまって……」
「大丈夫! ちょっと遅れただけでしょ? 今日はまだまだあるからねっ」
 奥村らしい答えに亜由美は笑って業務を開始した。


 経理部ではいろんな締め日がある。
 経理部が出した数字は経営に関わることもあるので、締め日は本当に大事だ。

 亜由美が担当している経費関連は経理部で精査したのちにシステムで計上されて、経費や給与、予算へと反映される。

 基本的に社内ではシステム計上することを推進されているが、締め日に間に合わない場合などは経理部に書類を直接持ち込むことも許されてはいる。
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