俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第二部

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 深い呼吸を何度も繰り返して息を整える。私にのしかかる智さんと、鼓動が共鳴していた。

 まさかここで抱かれるとは思っていなかった。最後に昇りつめた時に気絶するかと思ったけれど、お風呂にも入ってないし、メイクも落としてない。このままここで気絶するわけに行かなくて、気力を振り絞って声を上げた。

「もぉ……ほんっとに、何考えてるんですか? ふつう、こんなタイミングで、ヤります?」

 掠れた声をあげて、智さんを精一杯睨みつけた。

「すっげぇ啼いて感じまくってた癖によくゆーよ」

 くっと喉の奥を鳴らして、智さんが面白そうに笑う。ずる、と、楔が抜けていく喪失感に息が漏れた。

「鏡見てこいよ。目ぇ真っ赤して、唇も誘ってるみてぇに濡れてっから」
「~~~もうっ」

 紡がれた言葉の恥ずかしさで、ぱちん、と智さんの胸を力の入らない手で軽くはたいた。
 テーブルに手を着いて、余韻で震える身体を叱咤し、無理矢理半身を起こしながら視線を上げると、智さんの昂りが目に入って。

「……ぇ、」

 そのあまりの大きさに、言葉を失った。一度果てたにも関わらず、先端が腹につくほど昂ったままのモノ。

 ………私は、を、受け入れていたのか。

 智さんは何事も無かったかのように白濁の溜まったゴムをパチリ、と結んで、服を整え始めた。その仕草に、ちゃんとゴム着けててくれたんだ、と、妙に安心した。

 ……けれど、その昂りの大きさとは別問題で。

「いやいやいやいや、無理無理無理!!!」
「知香?」

 そして、はたと思い出した。

『俺、その辺のコンビニに置いてるの、んだ』

 さぁっと青くなる。もしかしなくても……私は盛大な勘違いをしていたのでは。服を整え終えた智さんに、おずおずと問いかける。

「智、さん。あの、その辺のコンビニに置いてあるゴムが合わないって……その、素材のことじゃなくて……?」
「んん? サイズが合わねえって話だけど」

 私の問いに「何を言ってるんだ?」という表情で聞き返された。

「……ええええええ!?」

 きょとん、とする智さんから思いっきり視線を外す。過去の自分をメタメタに殴りつけたくなった。

「……知香? さっきからなんの話してんだ?」

 ふわり、と、智さんの手が私の肩を掴んだ。

「……っ!」

 半ば強制的に智さんと視線が合わされる。あまりの恥ずかしさにぎゅっと目を瞑って顔を背けた。

「知香さーん?」

 さん付けされて、身体がびくりと跳ねた。私はもう十分に学習したのだ。こういう口調の時の智さんからは……言い逃れ出来ない、ということを。

「……っ、だ、だって……思ってたより…………尻込みしたというか……」

 最後の方は恥ずかしすぎて声が小さくなり、口の中で消えていった。

「……ああ、そーゆーこと」

 智さんが、ダークブラウンの瞳を面白そうに歪めた。そして。

「今更すぎるな」

 ニヤリ、と、不敵に微笑んだ。

「や、だって……その……元カレより、大きいのに……」

 そう。実際、凌牙のモノより、大きい。なのに、痛くない。凌牙とのセックスが痛いのは、私が不感症ということもあるけれど、……モノが大きいから、というのも一因じゃないかと思っていた。

 けれど、それは全然違うのだ。智さんがどれだけ私を大事に、丁寧に。痛みを感じさせないように、時間をかけて抱いてくれているのかを目の当たりにした。クリスマスの日から一昨日まで……私に触れても、最後まで抱かなかった意味を。彼のその真意に気が付いて、私は、恥ずかしいやら、嬉しいやらで。口元がにやけるのを、止められるわけもない。

 心も、身体も。満たされた気持ちで包まれていった。



 震える手で下着や服を整える。立ち上がろうとして、まだ足に力が入らなくて、ラグの上にへたり込んだ。へたり込んだ視線の先に映るのは、先ほどまで押し倒されていたテーブル。その硝子天板にぐっしょりとした水溜まりを認めて、私はその水溜まりがなんなのかを瞬時に理解した。顔から火が出るほど赤くなるのが自分でもわかる。急いでティッシュで拭き取る姿を、智さんが見ていないはずがなく。くくくっと笑う声が聞こえた。

 ソファから立ち上がった智さんがラグに置いたっ放しの器を流しに持って行って、カウンターキッチンから私に声をかける。

「さっきも言ったけど、この家、何処も彼処もゴム隠してあるからな? ……今日みたいに隙みせたらいつだって襲うから覚悟しとけよ?」

『勝負』を持ち出したあの日のように、意地悪そうな光を瞳に宿している。

「……ほ、本気なんですか!?」
「俺が本気じゃないことなんて今まであったか?」

 智さんが、お皿を水で流しながら、楽しそうに喉を鳴らして私を見遣った。

 ……あらゆるところで抱かれるのは、本当に勘弁してほしい。だって、普通に生活していて、その場所に行ったら抱かれたことを思い出してしまうではないか。むぅ、と眉間に皺が寄る。

 そうして、ひとつの案が浮かんだ。

「じゃ、私がこっちにいる間、さっき言ったように洗濯と掃除担当します。智さんは、お料理をお願いできますか?」

 私が掃除を担当して隠し場所を暴き、ゴムを回収する。そうすれば、家事も進むし、あちらこちらで襲われる心配も排除できる。名案だ。

「……いーけど。そう簡単に隠し場所見つけられると思うなよ?」
「うっ…」

 ばれている。その事実にたじろいでいると、智さんがお皿を拭き上げながら笑いを堪えきれない、という表情で私に視線を向けてくる。

「ほんとに知香って可愛いよなぁ。そーゆー間抜けなところも含めて」
「まっ…!?」

 間抜け。そんなの、初めて言われた。あんぐりと口を開けて智さんを見る。その切れ長の瞳が獣のように煌めいて、智さんの低く甘い声が響く。

「……俺から、逃げられると思うなよ? 俺がどれだけ知香を愛しているのか、わからせてやる」

 その言葉に、どくり、と。身体の奥が疼いてかぁっと顔が熱を持った。その瞬間、お風呂の追い炊きが完了したお知らせ音が鳴って―――私はすごすごとお風呂へ向かうしかなかった。





 ふぅ、と大きく息を吐き出しながら、お風呂の扉を開けて洗面台に向かった。上書きされたばかりのデコルテに散らばる所有痕を改めて確認する。

「もうっ、ほんとに、こんないっぱいつけてっ」

 その事実に、身体が更に火照る。恥ずかしさはあるけれど。初めに比べて、制服のブラウスから見えない位置に付けられるようになったから、智さんなりの配慮なのかもしれないな、と思うようになった。

 湯舟から上がって、智さんに教わってから習慣となった、仙骨にシャワーを当てて。あれから自分なりに調べたけれど、これは『シャワーお灸』と言って昔からあるメジャーな健康法らしい。専門書も出版されていて、びっくりしたほどだ。習慣づけると苦にならないもので、仕事中のつま先の冷えが気にならない。基礎体温も僅かに上がった。毎日行うと、身体が一定の時間帯にリラックスモードに切り替わるようになるらしく、凌牙に振られてからあれだけ寝付きが悪かったのに、今ではすぅっと眠りにつけるようになった。

 汗がサラサラと流れていく。パタパタと化粧水をつけて、汗を拭きとる。

「……なんか、やむを得ず同棲することになってしまったなぁ」

 髪をタオルドライしながら、ぽつり、と呟いた言葉が洗面台に反響する。いや、片桐さんの件が落ち着くまで、だから。同棲(仮)かっこかりだろうか。

「お父さんとお母さんに、一言だけでも言っておいた方がいいのかな……」

 けれどもなんと伝えるべきだろうか。

『結婚前提の彼氏が出来た、だけど同僚の人に言い寄られていて家が知られてしまいそうだったから、オートロックの彼氏の家でしばらく同棲することにした』

 事実は事実なのだけれど、両親にしてみれば衝撃的すぎるだろう。ましてや、凌牙の件があってひどく心配をかけてしまっているのだから。

 ドライヤーを手にして髪を乾かしていくと、ふわり、と。智さんと同じ香りが漂った。

「いくら親とは言え…何も言わない方が、吉なのかな……」

 母は心臓に持病があって、昔からよく入退院を繰り返していた。今でこそ体調は落ち着いているが、あまりに衝撃的なことを話すと卒倒してしまいそうだ。だからこそ智さんに同棲を持ちかけられても断ったわけで。

「うん……優しい嘘、ってことで。許してね、お母さん……」

 両親には、黙っていることにしよう、とそう結論づけ、私はリビングに戻った。





 智さんは寝室のPCデスクに向かって調べ物をしていらした。

「ただいまです」

 そう口にしながら、パタリ、と。リビングと寝室を仕切る扉を閉めた。

「ん、おかえり」

 私は即座にベッドに倒れこんだ。眠気が酷い。早出して、ぶっとおしで仕事をこなし、お通夜に参列して、片桐さんを振り切って、智さんに抱かれて。……今日一日の出来事、濃すぎないか。

「うとうとしてるところ、悪いんだけど。ちょっと、話があるんだ」

 智さんが、私の頭を撫でながら言葉を紡いだ。

「……んぅ……な、んですか…?」

 ふわりふわりと、心地よい感覚に意識が持っていかれそうになる。

「落ち着くまで、とはいえ、結果的に同棲することになったわけだし。知香の両親に一言挨拶しときたい」

 薄目に映る視界の中、「だめ?」と、智さんが首を傾げた。その言葉と仕草に、ぱちり、と、沈みかかった思考が浮上する。

「……え?」
「知香は、俺の実家来てくれたろ? 俺は、挨拶もしてないから。電話でもいいから、一言…話しておきたいんだ」
「あ…」

 思わぬ言葉に。先ほどの私と同じことを考えていてくれたことに、胸が熱くなった。

 ベッドサイドの時計を見遣ると、22時半前。……母は寝てしまっているだろうけど、父は起きていると思う。こんな夜遅くに電話をかけることはあまりしなかったから、びっくりするかもしれない。

 でも。それでも、智さんの気持ちは、ありがたかった。

「母は、もう寝ていると思うので…父、でもいいですか?」

 こくり、と、智さんが頷いてくれる。その動作を見届けて、私はそっとスマホを手に取った。連絡先から父の情報を呼び出して、電話をかける。

『もしもし? 知香?』
「あ、お父さん。夜遅くにごめん。まだ起きてた?」

 変わらない父の声に少しだけ安堵する。

『うん。まだ仕事の調べ物してるよ』

 父は、母の医療費を捻出するために、私が幼い頃から夜遅くまで仕事をして、帰宅しても書斎に籠っているような人だった。

「まだやってるの? 遅くまで頑張りすぎだよ。お母さんの体調も落ち着いているんでしょ? お父さんももう還暦なんだし無理しないでよ」

 思わず呆れたような声が出てしまった。

『やぁ、ごめんごめん。心配かけるつもりはなくてね。ところで、知香がこんな時間に電話かけてくるなんて、珍しいね? どうしたんだい?』

 困ったような笑い声とともに本題を促されて、一瞬言葉に詰まった。

「あ……えっと、ね。ちょっと、びっくりさせちゃうかもしれないんだけど…」
『うん?』

 困惑したような、きょとんとしたような。そんな声が耳元で響いている。

「えっと…話したいことは3つあって。1つ目は、……結婚前提で、お付き合いを始めた人がいるの」
『……そうか』

 父の声が、一瞬だけ低くなった。気まずくなって、言葉が紡げなくなる。しばらくの後、深いため息が電話の向こうから聞こえてきた。

『……そう、か…』
「うん。その、去年のことがあるから……心配、かけちゃってるよね……ごめん…」

 私のしょげたような声に「いや、いいんだ」と、父が小さく呟いた。

『で、2つ目は?』

 片桐さんのことをどう説明しようか、思わず視線を泳がせて逡巡する。言い寄られている、という話は、何となく……したくない。

「……え~~っとね……ちょっと、職場の同僚さんとトラブっちゃって……」
『トラブった?』

 父の声が驚きで裏返っている。慌てて父を宥めようと言葉を続けた。

「や、大したことじゃないの。だけど、なんというか……付き纏われている、というか…」
『……』

 はぁ、と、また大きなため息が聞こえる。居た堪れなくなって肩を落としながら説明を続けた。

「それで……その人に、自宅を知られちゃいそうで。その……今お付き合いしてる人。私より5つ年上で、智さんっていうんだけど。智さんの家が、オートロックで。私の家だと、危ないから、その……同僚さんとのことが落ち着くまで、こっちにいたら、って言ってくれているの」
『……で、3つ目は、その【智さん】が私と話したいって言ってるってこと?』

 流石は私の父だ。私が話したいことをしっかりわかっている。

「う、うん……そうなの」

 父の問いに肯定の言葉を紡いだ。しばらく沈黙があって、ため息とともに父の声が電話口から響いた。

『……わかった。その【智さん】に代わってくれ』
「……うん。ちょっと待って」

 ゆっくりと、智さんに視線を向ける。スマホをそっと手渡した。


「はじめまして。邨上智と申します」


 そういって、智さんが電話口の父に話しかけた。一言二言話して、智さんが私に向き直る。

「知香に聞こえないところで話したいってことだから、ベランダ行ってくる」

 ガラリ、とベランダに出た智さんの後ろ姿をぼうっと見つめていた。


 柄にもなく、手が震えている。何を、話しているんだろう。お父さん…智さんに対して、きついことを言っていないだろうか。私が話しているわけではないのに、緊張で心臓が破裂しそうだ。


 どれくらい、待っただろうか。智さんが、ベランダから戻ってきて、スマホを手渡してくれる。

「もう、電話切ったよ。……お父さん博之さん、同棲許してくれるって。あっちも折を見て引き払うように伝えてくれって言われたよ」
「え……?」

 お父さんが、同棲を許してくれた? あのカタブツ研究者のお父さんが? 思わぬ展開に混乱していると、智さんが微笑んでくれた。

「……お母さん彌月さんには、お父さん博之さんから明日の朝、ゆっくり話をするって。知香が決めたことなら大丈夫だ……って。そう言っていた」

 いつだって、両親は私の意思を尊重してくれる。去年だって、今回だってそうだ。その両親の温かさに、ぽろり、と涙が零れた。

 智さんが、ぎゅっと抱きしめてくれる。ベランダに出ていたせいか、智さんの身体が冷えきっていた。

 私の体温を押し付けるように……あらん限りの力で、智さんを抱きしめ返した。
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