俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第二部

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 びゅぅ、と、冬の冷たい風が通り抜けて。私は思わず自分の身体を抱きしめた。

「あ、それも引き取ってもらって大丈夫です」

 自分の腕をさすりながら、私は私の家でせかせかと作業をしてくださるリサイクルショップの業者さんに声をかける。

「わかりました~」

 真冬の風が吹き付ける中、玄関を開けっぱなしの作業に申し訳なくなる。

「ええと、家電類はこれだけですね? どの家電も5年を経過しているので、あまり大きな金額にはなりませんが、それでもよろしいですか」
「はい、大丈夫です」

 受け取りのサインを記入して、現金を受け取った。少しばかりだけれど、生活の足しになる程度の金額ではあった。

「知香? これは?」

 智さんが私が避けて纏めていた家具に手を付ける。

「あ、それは持っていきたいって言ってた家具。持って行っていい?」

 わがままを言わせてもらっている、ということに、少しだけ申し訳なさを感じて。背の高い智さんを見上げた。ふわり、と、智さんが嬉しそうに微笑んだ。

「もちろん」

 ……そうして、愛着のあった白いローテーブルと、白い化粧台だけは、智さん宅…もう、今日から完全な、私の自宅に持ち帰ることにした。

 リサイクル業者さんと入れ替わるように、引っ越し業者さんが入って、大家さんの立ち合いを受けて。長年お世話になった管理人さんに挨拶をして、智さんと一緒に帰宅した。













 部屋着に着替えて、ソファに沈み込む。

「ん~………なんか、ちょっと不思議な気分」
「ん? なんで?」

 キッチンでコーヒーを淹れていた智さんが、私に視線を向けながら言葉を紡いだ。

「や、もう、ここが……私の家、なんだなって思うと、不思議な気持ちになっちゃう」

 上京してきたときも。実家ではない、私の家………と、ちょっと不思議な感覚を抱いたのを思い出す。

 あの時は、私もまだ18歳で。世の中のキラキラした部分しか見えていなかった。大学を出て、社会人になって。人間の黒い部分も、綺麗な部分も、たくさん見てきた。苦しんだ分…得られるものも、大きかった。すれ違う人はすれ違うだけの人じゃない、ということも、学んだ。




 ―――私の周りにいる全員が、いっぱいいっぱい、生きている。




「……私は、智さんが生きてきた人生の…ほんの少ししか触れられてないけれど…これからも智さんの人生に触れていきたいなぁ………」


 ぽつり、と呟くと、智さんが淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを手に持って、私の隣に沈みこんだ。もちろん、私のマグカップもその手にあって。するり、と、私に渡してくれる動作すら、とても愛しい。

「引越し、おめでとう?」
「ん。ありがとう? かな?」

 コーヒーが入ったマグカップを手に、くすくすと、笑い合う。そのマグカップに口付けながら、ぼんやりと、退去したばかりの自宅での記憶を手繰り寄せた。

「ねぇ、智さん。聞いていい?」
「ん?」

 智さんが、さらりと黒髪を揺らして、私に向き直った。

「……私の家に、初めて来た時。泣いてた、よね。……どうして?」

 ずっと、聞きたかったことがあった。私の誕生日…あの家に智さんが初めて来てくれたとき。


『それに気が付けたのは、知香のあの日の言葉。自分で幸せを掴む、なんて発想、俺にはなかった』


 そう言葉を紡いで、淋しそうに智さんがわらって……私は、その表情がとても儚くて、切なくなって…初めて、自分から口付けた。

「……あぁ……そうだなぁ」

 そのあと。智さんが、私の肩に顔をうずめて、泣いていたこと。ずっと、気になっていた。いつか、聞こうと思っていたから。退去した自宅のことを思うと、今、聞かなければならないような…そんな気がしたのだ。

「……」

 ふい、と。私から視線を逸らした智さんが、ゆっくりと。口を開いた。

「あの時、さ? 俺は…知香の優しさと穏やかさに、癒されたんだ」
「うん?」

 ぱちくりと、瞬きをする。遠くを見つめるような、そんな智さんの横顔に目を奪われる。

「……この1ヶ月……すれ違いをしたあの日から、絢子となんで破綻したのか……改めて考えてた。知香と、そうならないために」

 ぽつぽつと。まるで、智さん自身にも言い聞かせるように。智さんが遠くをみている。その視線の先に、何が見えているのだろう。少しばかり胸が騒めいて、手元のマグカップをぎゅっと握りしめた。

「んで、な。存在価値と機能価値、っつーのを、実感したんだ」

 ふわり、と。智さんが私に視線を合わせた。切れ長の瞳が、初めて見るような温かさで、穏やかに笑っている。

 その表情と、紡がれた言葉の意味がわからず、首を傾げた。

「……機能価値?」

 そう、と、短く呟いて、智さんがマグカップに口付けた。その薄い唇に吸い込まれたコーヒーが、ゆっくりと喉を通って。喉仏が動く様子を、まるで映画のワンシーンのようだな、とぼんやりと見つめる。飲み下した薄い唇からほぅ、と吐かれた吐息が、壁掛け時計の秒針が動く小さな音に紛れていく。

「クリスマス前に、絢子が俺に接触してきた時。俺には……絢子に対する恨みしかなかった」

 恨み。そういえば……俺を踏みにじったことを謝るなら赦す、と言って、絢子さんを突き放した、と…説明を受けた記憶が蘇った。あの時も、そう、こうやって……このソファに座っていた。

「今思えば、あいつは、俺に機能価値を求めていた。要は……狩りをして、絢子を守って、絢子を幸せにする機能を持った存在だと、見ていたんだ。俺の事を」
「……」

 機能価値。それの意味が、何となくわかった。

 昔からよくいわれている、他者からみて、数値化しやすい客観的な価値。学歴や収入、職業、ルックス。誰にとっても、わかりやすい価値。

 絢子さんは、安定した生活がしたいから、商社マンを辞めて公務員になって欲しい、と言っていた、らしい。

 私は、それを聞いて、何となく。そういう女性もいるよねぇ、と聞き流すだけだった。

 安定した生活がしたいと願う人がいたり、波瀾万丈でもいい、と感じる人がいたり。たくさんの選択肢がある世の中。どの選択をしようと、決して……誰も間違ってなんかいない。

「知香は……俺に、いてくれるだけでいいと。だからこそ、絢子が憎かったんだろうな」

 けれど。恋人と破局を迎える、というのは、人生の分岐点になることが多い。私だってそうだった。凌牙との別れから色んなことを学んだ。智さんも、恨むだけでなく、何かを学び取りたい、とそう考えている、のだと思う。

 これから先ずっと、智さんの人生に触れていきたい。だから、智さんが考えていること、全部……知りたい。そう思うと、一言だって聞き逃したくなくなかった。じっと、智さんの穏やかな瞳を見つめた。

「俺が、絢子を幸せにしたいと心血を注いで築きあげた全てを……その全てを、砕いた絢子が。あの日、謝れ、と突きつけるほど……絢子が結婚した、ということを聞いた時ですら…俺と知香を傷つけて、自分だけ幸せになりやがって、と。恨んでいた」

「……」

 マグカップをテーブルに置いて。智さんの、鍛えられた太ももに手のひらを置いた。

「知香は、俺にただ、ここにいていいと……言ってくれた。そして、幸せにしたい、と。言ってくれた。知香と、絢子。正反対の、女だ。だから……だから、絢子が、憎かったんだ」

 自分の中の膿を吐き切るかのように。言葉を紡ぐ智さんが、愛しかった。


 自分の汚い部分を晒すのはいつだっていやなものだ。けれど、私も、私の汚い部分を吐き出して、それを受け止めてくれた智さんに心から感謝したから。


 だから、私も、智さんの汚い部分だって。全部全部、受け止めてあげたい。

「けど、な。結局は、価値観の違いだったんだと。機能価値を求めて満たされる女もいれば、機能価値を女から求められて満たされる男もいる。俺は、そうじゃなかった。ただ、それだけだと」

 機能価値と、存在価値。それは、きっと、全ての人間が持つもの。機能価値を優先する人もいれば、存在価値を優先する人もいる。星の数ほど人間がいる訳だから、色んな価値観があって、当然なのだ。


 価値観が、合わなかった、ただ……それだけ。


「……そっか」

 智さんが、絢子さんとの破局を経て学んだこと。それは、きっと、これから先の人生で大きな学びになるんだろう。

「あの時、泣いていたのは、ただここにいていいと言ってくれた知香の温かさが、心に染みたんだ」

 太ももに置いていた手を引かれて。ぎゅう、と。智さんに抱きとめられた。

「……」
「結局、お互い、合わなかったんだ。機能価値を求めた絢子と……そうでない、俺。そして、お互いがお互いを意のままに導きたいと考えていた。そんな俺たちが、合うわけが、ねぇんだよな」

 私の、左耳で。初めて聞くような、穏やかに笑う声が響いた。

「だから……破綻した。それに気がついたんだ」
「……そっか」
「知香は、俺に……存在価値を、与えてくれた。俺は。そういう意味でも、知香を裏切らない。裏切りたくもない。そう思っている」

 存在価値を与えたい、なんて。そう思って行動していたわけじゃない。

 けれど、こうやって。智さんを、誰かを恨む苦しみから救い出せたことは、私の一生の誇りだ。

「だから、今は。絢子には、感謝している。知香からしたら複雑かもしれねぇけど」

 ふるふると、頭を振った。私だって、凌牙とのことがあったからこそ、今、こうして、智さんと……深く、向き合えているのだから。

 智さんが私を抱きしめていた腕を緩ませ、ゆっくりと顔を覗き込んできた。

「絢子との出会いと別れがあったからこそ、俺は、今…知香と一緒に生きていけるんだろう、そう思っている」

 そのダークブラウンの瞳は、本当に……優しい光を宿していた。

 ……私は、最後の。本当に、これで最後の確認をした。

「絢子さんのこと、今でも……恨んでる?」

 誰かを恨む、ということは。負の感情を持ち続ける、ということ。それは……途方もないエネルギーを使い続けることだから。

「いや。今は、もう、何とも思ってねぇ。俺の知らないところで……俺の知らない幸せを掴んでくれれば、それでいい。恨んで、俺の人生の時間を浪費したくねぇから」

 聞き覚えのあるセリフに、思わず笑みが零れた。

「ふふ、それ、私が言ったセリフ」

 私の笑い声に、少し智さんが顔を赤らめる。

「本当にそう思ってんだから、俺が使ったっていーだろ?」
「うん、いいよ、使って使って」

 そう。もう、智さんを縛る、機能価値、という呪縛は解けた。私は、智さんが思うように。智さんのやりたいように、生きて欲しい。



 だって。今生きている人生は、誰のための人生でもない。


 ―――自分のための、人生なのだから。




 ふふ、と、お互い笑いあっていく。さわり、と。智さんが、私の頬の輪郭をその角張った長い指でゆっくりなぞった。


「……恨んで、俺の人生の時間を浪費するより、知香とこうして言葉を重ねて……身体を重ねたい」
「……っ」

 穏やかな光が宿っていた瞳が、いつの間にか………欲を孕んだ、獣の瞳に変わっていた。

「な? いいだろ?」

 甘く……低く響く、智さんの声。じりじりと、ソファの端まで追い詰められる。

「ちょっ、ま、まだお昼っ……!」

 にじり寄ってくる智さんの後ろに視線を向ける。今はまだ、柔らかい日差しが燦燦と降り注ぐ……14時過ぎ。

「待てない」

 その言葉が終わらないうちに、智さんの力強い腕がするりと私の首に回され。その大きな手で後頭部を抑えられ、唇を奪われる。啄ばむように軽く口付けられていたのに、いつの間にか唾液を交換するような深い口付けになっていく。

「ん、ぅ……っふ、……んんっ……」

 獰猛に、貪欲に、私を、深く味われて。奥に縮こまる舌を絡めとられていく。段々と、呼吸ができなくなっていく。頭がぼぅっとする。唇が解放され、つぅ、と。銀の糸が、柔らかい日差しに煌めいて。

「もぉっ、…この、性欲、おばけ……」

 息も絶え絶えに情欲の宿った切れ長の瞳をぎゅっと睨みあげた。すると、ふっと。智さんが、心底面白そうに口の端を歪みあげた。

「……知香。逆効果だぞ、それ。目も顔も真っ赤して。誘ってんの?」

 紡がれた言葉の意味を理解して顔が火照る。

「っ、も、ほんと、意地悪っ!」
「いー顔。そそるねぇ……」

 つぅ、と。ダークブラウンの瞳が細められた。

「知香。好きだ」

 甘く、低く、耳元で愛の言葉を囁かれては。私にはもう、抵抗なんて、出来る訳もなく。

「……ぁ、さ、最近っ、んっ、ベッド以外でするの、んぅ……お、多くない……!?」

 智さんの手がカットソーの上からふたつの膨らみやわやわと揉みしだく。甘い声が上がるのを必死で抑え、抗議の声を上げた。

 そう。ここのところ、ベッド以外のところで襲われる回数が増えている。掃除を担当しているのにも関わらず、ゴムの隠し場所も暴けなくて。いつだって、智さんの手のひらの上で弄ばれている。

「ん? だって、ベッドだとさ」

 するり、と。智さんが私のカットソーの下に手をいれて。立ち上がってきた蕾を、ブラジャーの上からゆっくりと嬲りはじめる。

「ひゃぁっ! ああっ、ん、ああっ」

 いつも思うけれどどうしてブラジャーの上からでも的確に攻めてこれるのだろうか。そんなことを考えていたら、智さんの声が、一層低く響いて。

 私の身体の奥がどくりと震える一言が放たれた。
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