俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

文字の大きさ
110 / 276
本編・第三部

141

しおりを挟む
 あの表情は、きっと私の勘違いなのだろう。だって、今、目の前にあるダークブラウンの瞳は、ちゃんと私を見ているから。

「ま、冗談はさておき。これから仕事中に電話とかすることも増えるだろうから。よろしくな」

 そう言葉を紡ぎながら、智はいただきます、と声をあげて、カレーの器に向かう。その姿を見て、私もソファに腰掛け、智の隣に沈み込んで。

「まぁ、私は今、2課に人がいなくて暫定的にやってるだけだから。智と関わるのも、今月だけじゃないかな。異動してきた西浦係長が畜産チームになると思う。私は一応、農産チームだし」

 カレーを口に運んでいく智の横顔をみながら、2課の内情を伝える。

 そう。本来なら、今日付けの組織再編で片桐さんと小林くんが畜産チームとなる予定だった。今はあのふたりが抜けた穴を、一時的に水野課長と私で分担しているだけ。しばらくすれば、今回のような畜産関係の通関業務は西浦係長が担当することになるだろうから。

 私の言葉に、ふぅん、と、智が面白くなさそうに声をあげた。業務上関わりができるということを少し嬉しいと思ってくれていたのだろうか。そう考えると、今後畜産関係から離れてしまうのがちょっと寂しくもあった。

 ぼんやりと考えていると、んで?と、智が探るような声色で言葉を紡いだ。

「新入社員はどうだったんだ?仕事出来そうか?」

「あ~…………えっと」

 南里くんのことを思い出すと、思わず歯切れが悪くなる。

 三木ちゃんに迫っていたあの時、間に入った片桐さんとの会話から色々と頭の回転が早い子だろうなとは思った。片桐さんも、同じ意見。だからきっと、事務仕事の覚えは早いだろう。

 けれど、初っ端からあのような態度であれば……取引先との会話が心配になる。間に入った冷たい空気を身に纏った片桐さんにも、臆することなく会話をしていた度胸は認めるけれど。
 一応、片桐さんは係長だ。南里くんは片桐さんの役職を知らなかったとはいえ、歳上の人にも食ってかかるような子。

 ……カッとなったら取引先に失礼な物言いをしないだろうか。

 まして、片桐さんのようなあんな子だ。仕事中ならまだしも、休憩中はどう接していいかわからない。

「………まさかと思うが、片桐パターンじゃねぇだろうな?」

 一瞬考え込んだ私に、智の声が低く響いた。片桐さんのように、新入社員が私に狙いを定めたのではないか、と、智は考えているのだろう。

 智がスプーンを持っていない左手で拳をぎゅっと握った。激しい感情の渦が、ダークブラウンの瞳に宿っていることを認めて、思わず慌てる。

「あ、や、違うの。私に、じゃなくて」

「……?」

 慌てたような私に、智が訝しげに瞳を細めて、首を傾げる。

 というより、私は見た目も平均的だし、三木ちゃんのように南里くんから一目惚れされる、というような、そういう心配はしなくていい気がするのだけど。智は私の見た目を買いかぶりすぎなんだ、と、心の中でひとりごちた。

「後輩の……三木ちゃんに」

 私の一言に、智が明らかにほっとしたような表情を浮かべる。鋭い光を宿していたダークブラウンの瞳が和らいでいく。

「あぁ……そっちか。その子には悪いが、ほっとした」

 ほう、と、智が大きく息を吐いた。そうして、何があった?と、視線だけで私に訊ねてくる。

「えっと、ね……今日は初日だから、新入社員は定時に上がらせたの。で、三木ちゃんと一緒に残業して。帰り際に……定時で上がらせたはずの南里くん、っていう男の子の方が、三木ちゃんに一目惚れしたって待ち構えてて。………それで…」

 そこまで口にして、一瞬躊躇って、智から視線を外す。

 土曜日に片桐さんに偶然遭遇して、智は明らかな嫌悪感を示していた。今回、片桐さんが助けに入ってくれたけれど、どういう形であれ、私が片桐さんと接触すること自体が智にとっては不安の材料だろう。

 だから。この先の話しをを智へ伝えるかどうか、一瞬、迷ってしまった。

(……でも…)

 私の中に片桐さんがいるのかもしれない、不安だ、と、感じているであろう今の智だからこそ。今回のことを隠してはいけない。そう、思う。私が片桐さんのことをなんとも思っていない、ということを、何度だって口にしなければならない。

 そう決意して、逸らした視線を智に合わせ、目の前にあるダークブラウンの瞳をじっと見つめた。

「えっとね……後輩の三木ちゃんに強引に迫っている南里くんを、片桐さんが間に入って止めてくれたの」

「片桐が?」

 智が驚いたように大きく目を見張った。それはそうだろう、だって、私だってあの瞬間はとても驚いたから。

 智の言葉に、うん、と頷いて。

「えと、ね。片桐さん……その、智への償いだって言ってた」

「……償い」

 私の言葉に智がゆっくり瞬きをして、償い、という言葉を繰り返した。

「うん。片桐さんが間に入って、止めてくれて。三木ちゃん、好きな人がいるって言ってたよね、こんなオープンな場所で迫るなんてナイと思う、って言ってたの。だから、びっくりしちゃって……片桐さんがそれを言うか、って言ったら『彼への償いだから』って、片桐さんは言ったの」

 私の言葉に、智がじっと考え込むように黙りこくった。

 長い脚を組みながら、左手を口に当てる。……智の、考えるときの癖。様になっているその姿勢に、ほう、と見惚れていると、ふっと、智が口の端をあげて、切れ長の瞳を僅かに歪ませた。

「…あいつも隅に置けねぇな……」

「へ?」

「いや。こっちの話」

「???」

 にやり、と。智が愉しそうな笑みを浮かべた。

「なるほどな。だから『償い』そして『部外者』か。やっと繋がった」

 くつくつと、智が愉しそうに喉を鳴らしている。

「……え?え?どういうこと?」

 全く意味がわからない。私の頭上にはてなマークが乱立する。
 私の混乱した表情に、智がやわらかく笑った。

「知香は気付かなくていい。……いや、違うな。と意味がねぇ」

 ゆっくりと、頭を撫でられていく。そうして、智の薄い唇が私の額に落ちてくる。小さなリップ音がして、智が私の瞳をじっと見つめて。ふっと、智が瞳を翳らせた。

「んで?片桐は?それ以上はなにも言わなかったのか?」

 片桐さんに、私から手を引くと言ったのに、どういうつもりかと問い詰めたときにみせた、あの……いるのに、瞳が、ふっと脳裏に蘇った。

「……南里くん、頭の回転は速い子なの。片桐さんが間に入ったから、片桐さんが三木ちゃんを好きなんだって思ったみたいで」

 じっと、目の前にあるダークブラウンの瞳を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。

「でも、片桐さんは、南里くんの前で自分は私狙いだって言った。私から手を引くって言いましたよねって問い詰めたら……私を好きなのは変わらないからって。でも、あの人、本当は私のことなんか好きじゃないのに」

 私が口にした言葉に、智が切れ長の瞳を瞬かせた。

「……え?」

(………やっぱり)

 やっぱり、智は気付いてなかったんだ。片桐さんは私を好きなんかじゃない、私を見ていない、っていうことに。

 まるで、幼い子どもに噛んで言い含めるかのように。智の頬に手を置いて。ダークブラウンの瞳を強く見つめて、言葉を紡いだ。

「本当は、あの人は……もう亡くなってしまったマーガレットさんのことが好きなの。私のことは1ミリも好きじゃない。それくらい、わかる。だって、智が私のことを私として、しっかり見てくれているから」

 ふるふると。ダークブラウンの瞳が、揺らめいている。

「だから。あんな暗示をかけられたって……私があの人の元に行く、だなんて、世界がひっくり返ってもあり得ない。私を好きでいてくれる智を捨てて、私を好きでもない片桐さんの元に行く、だなんて。暗示だろうと、絶対にあり得ない」

 智が不安な気持ちを抱えている、というのは、私の迂闊な行動のせいだ。だからこそ、私が、智の不安を取り除いてあげたい。

 私の言葉は、絶対に智に届く。その一心で。言葉を、続けた。



「私には、智だけ。たとえ世界が滅んでも、智さえ生きていれば、それでいいの」



 そうして。ふわり、と。微笑んでみせた。

しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。