俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

【幕間】浅ましい願いの果てに 〜 side 達樹

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 イライラする。本当にイライラする。

「俺、三木さんが好きなんです。で、いろいろと三木さんの好みをリサーチしていて。先週まで通関部にいたあなたならなにかご存じでないですか?」

 それもこれも、この南里という男のせいだ。

「……俺も知らないですね」

 ふい、と。わざとらしく視線を外す。くりくりとした目が特徴的な、純情な少年のような可愛らしい見た目。

 でも。その、くりくりとした可愛らしい瞳の奥に。俺に対する―――明らかな敵意の光が宿っていることに。気が付かない、わけもない。

(……バレてンな…)

 俺と、三木さんの関係が。この、南里という男に、気が付かれている。

 この一週間、片桐に勘付かれてからは、社員食堂を利用せず、少ない休み時間だとしてもわざわざこうやって1階のカフェに足を運んだりして接触を避け、細心の注意を払っていたのに。

(………さっきの、三木さんの反応で気付かれたんだろうか)

 ふっと。肩のあたりで切り揃えられた、三木さんの明るい髪が脳裏をよぎった。

 極東商社は、社内恋愛に寛容だ。俺と三木さんの関係が公になったところで、誰に咎められるわけでもない。

 それでも、今、この関係を公にする、という選択を選ぶことは、俺には―――難しかった。

(……まだ、俺の噂が燻っているんだ)

 大口株主である九十銀行頭取の甥。ゆくゆくはその後釜におさまる、次期頭取……という、噂。

 噂が駆け巡ったのが、ちょうど一ヶ月前。

 それ自体は事実であるから、反論も弁明もする気はない。やっかいなのは、それに連なる悪意の塊たち。今、俺の隣に座っている一瀬さんが、その悪意の大半を振り払ってくれたものの。
 ……哀しいかな、人間の性なのか。まだまだ悪意に塗れた噂自体は蔓延っている。

 全員が全員、一瀬さんのように……他人を機能価値で、肩書きで見ない、そんな"人間"ニンゲンじゃない。

 腰かけ、だの、お高くとまってる、だの。イロイロと言いたい奴には言わせておけばいい。
 ここから先、俺に向けられるやっかみは、俺自身が畜産販売部で営業成績を出して振り払えばいい。そう、感じているけれど。

(今……公にしてしまえば、三木さんが色眼鏡でみられてしまう)

 そう。今、この関係を、俺が公に認めてしまえば。三木さんが……『肩書きに惹かれた女』と、薄汚いゴシップの的になってしまうことは、火を見るより明らかだった。

 ただでさえ、俺のことが面白可笑しく噂されているのだ。……そこに、余計な火種は追加したくない。

 俺を色眼鏡で見なかった三木さんだからこそ。あの夜、片桐の手から俺を護ろうと、俺にしか分からないように煙草の箱を使ってまで動いてくれた三木さんだからこそ。







 今度は俺が―――三木さんを護るべきで。









「どんな人がタイプとかでもいいので、知ってることがあったら教えてください」

「えぇ~……そうねぇ…」

 南里が三木さんの好みを、先ほどまで視線を合わせていた俺ではなく、隣に座っている一瀬さんにわざとらしく訊ねた。南里のその言動にも、イライラする。

 この一週間。初日はほとんどお遣いばかりだったけれど、それ以降は前任者の引継ぎで、今日のようにゆっくりと昼食を取る時間もなく。残業続きで、三木さんとしっかり話せる機会も時間もなかった。

(三木さん、俺にそういうこと言わないし)

 その事実にも、イライラしている。

 偽りの関係に、傷の舐め合いの関係に、終止符を打ったあの日。きちんと、連絡先を交換した。用があれば裏紙に書き込んでデスクに突っ込む関係だったから、ぎこちない遣り取りしかできていないけれど。

 順序が混ぜこぜになった俺たち。だからこそ、あれから三木さんに、自分から触れることもしていない。三木さんに一瀬さんを重ねて、三木さんを傷つけてきた、俺なりの償いのつもりだった。

(頼りねぇって思われてんだろうな……)

 心の中で大きくため息をつく。

 俺は一度、間違った選択肢を選び取った。自分の気持ちに気が付かないフリをして、スタートラインすら違えた。そんな俺が、三木さんに頼られるはずもない。

 だから。三木さんは俺に、南里にちょっかいをかけられている、と。一言も告げないのだろう。

 やりきれない気持ちを吐き出すかのように。小さくため息をついて、手に持ったサンドイッチを、強く握りしめた。


 南里が配属された初日。片桐に『猫』という形で忠告を受けなければ、きっと、俺もこの南里の動きに気が付かなかっただろう。

 通関部と畜産販売部は同じ階のフロアだからこそ、会社にいる時は、お互いに過剰なほど接触を避けるようにしている。

 その上、三木さんは南里のことを一言も俺に言わない。

 ……こんな状況で、気がつけるわけもない。

 あれは片桐がなにかに苛ついて、俺に当たり散らかしにきただったということもわかっている。

 あいつは性格がひどく歪んでいるけれど、俺への償いと口にした。その言葉は、あの瞳は、きっと、真実だろうから。

 ……だから、南里がどのように三木さんにちょっかいをかけているのか。この目で確かめたくて。この席に座る選択をした。

(……まぁ、俺も。片桐ほどではないけれど。だいぶん、性格は悪いな)

 いい機会だ、と、心の中で小さく呟いて。

 わざと。南里ではなく、一瀬さんの焦げ茶色の瞳を見つめて、棘のある言い方をした。

「……片桐係長のような人ではない人がいいんじゃないですか。三木さん、えらく片桐係長のこと嫌ってましたから」

「あはは……それは言えてるかも」

 一瀬さんが乾いた笑いを俺に向けた。片桐が一瀬さんに休憩中に堂々と迫っていたように、南里が三木さんに堂々と迫っていることの肯定だろう。

 腸が煮えくり返っている。沸々と滾る感情を、一瀬さんの乾いた笑顔を眺めながら必死で抑えた。




 一瀬さんへの想いが完全に途切れたわけじゃない。でも、俺の中の、ひとつの思い出として。あの夜に、俺の中の宝箱に仕舞って、鍵をかけた。


 自分のための人生を生きるために。前に進むために。

 俺の生命が尽きる瞬間に、後悔しないために。


 これはきっと、俺が一生抱えて生きていくはずの、ひどく優しい感情、なのだろう、と……思う。




 困ったように笑う一瀬さんの耳元で、ダイヤモンドのイヤリングが煌めいて。その煌めきに、三木さんに贈った、雪の結晶のネックレスを思い出した。

 三木さんは、雪のようなひとだ。冷たいくせに、ひどくあたたかくて、優しい。

 そんなひとが、『自分の大切なひと』なのだ、と。

 『このひとは自分のものなのだ』と、自分の心に刻みつけるように。あのネックレスを、選んだ。

 浅ましいとは思っている。他の人への想いを断ち切ることも出来ず、後生大事に宝箱に仕舞いこんで、それでもなお、目の前の人が欲しいと願ってしまう。

 途方もなく、俺は、浅ましい。

(……遠い、な)



 幼い頃からの呪縛に雁字搦めになって、必死に足掻いていた俺に、自分のための人生を生きなさい、と。勝気な瞳に真っ直ぐな光を宿し、俺を叱ってくれた、彼女。


 一瀬さんへの想いを押し殺して、一瀬さんへの執着心から、身勝手な劣情から、自分勝手に着火剤になってやると息巻いて、邨上に宣戦布告をして。辛酸を舐め続けることに耐えられなくなって、彼女に一瀬さんを重ね。それを盾に片桐に嵌められて、血反吐を吐いてボロボロになっていた、そんなみっともない俺を。



 彼女自身の想いも感情も、全部全部、あの白い背中に押し込めて。いつだって俺を護ってくれた、あの白い背中に。

 浅ましい劣情を抱えた俺とは正反対の、強く、美しい、彼女に追いつきたいと、願っているのに。

 空に浮かぶ雲には届かないとわかっていても。

 こんなにも浅ましい俺が届くはずはないと、わかっていても。

 この手を、必死に伸ばしているのに。



(……隣に、立ちてぇのにな……)



 あの白い背中は。こんなにも……遠い。



 そうして、はっと気が付く。

 俺は、今。この、南里という男に。



(宣戦布告されている……っつうワケか)



 ゆるゆると、視線を南里に合わせる。
 くりっとした瞳と、視線がかち合う。

 少年のような可愛らしい顔立ちに浮かぶ、敵意の焔に。貫かれていく。

(…………)

 俺が宣戦布告をした、あの時。邨上あいつは、俺に、こう言った。



『そん時は……俺が、また奪い返してやる』



 己の心に嘘をつかず、それでいて、強気で、自信家で。不敵に、余裕ぶった、スカした笑みを浮かべるあのダークブラウンの瞳を。

 俺に、自分の人生を生きろと叱って、俺を痛みから救い上げようとしてくれたあの勝気な瞳を、脳裏に浮かべて。

(ふたりに、届かなくても、いい)

 もう、次は。気が付かないフリも、しない。間違った選択肢を、選び取らない。

 彼女を護るための、一歩を。この足で、踏み出して。



 ―――正しいスタートラインに、立ってやる。



 ゆっくりと、席を立って。目の前に座ったままの、南里に視線を合わせて。

 自分の視線に、強い意思を込めて。強く、南里の瞳を見つめた。



(奪えるものなら、奪ってみろ。奪い返してやる)



 お前が俺に宣戦布告をしたのならば。その勝負……受けて立とう。

 お前に、真梨さんをくれてやる気なんて、やっと気づけた自分の気持ちを、やっと手にした俺の人生の光を、お前にくれてやる気なんて。

 お前の宣戦布告に、気が付かないフリをするつもりなんて。



 ―――さらさら、ねぇんだ。



 相手が俺でなくても。彼女が幸せになってくれればそれでいい、と。物分かりの良いことを宣う、そんな気持ちは。



(ひと欠けらも持ち合わせてねぇんだよ、今の俺は)



 じっと、睨み合いが続く。


「席、ありがとうございました。では」


 一瀬さんに、ぺこりと頭を下げながら。

 南里にしか、分からないように。一瀬さんに気づかれないように。首を傾げながら、自らの瞳を、細く歪ませて。

 邨上あいつが俺にむけたように。



『奪えるものなら、奪ってみろ』



 ゆっくりと。口を動かした。

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