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第18話 事故物件3

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 やや曇天の空であるが、予報では雨は降らないらしい。
あの暑い日差しも嫌いじゃないが、今日に限っては日差しがないのが有難い。
慣れない電車に乗り、数多の刺さるような視線を無視し、目的の駅で降りる。
途中何度も女性に捕まり声を掛けられ、やれ茶を飲もうだの、時間があるかなど聞いてくる。
こちとら仕事だというのに暇な人も多いものだ。しつこく連絡先を聞かれるのもうんざりだ。俺の個人情報を入手してどんな悪巧みをしようとしているのだろうか。
慣れない服装という事もあり俺は既に疲れていた。
駅から出て約5分程度にそれはあった。
入り口に大きく田嶋不動産と書かれている。
では、入るとしようか。

「こ、こちら田嶋不動産です。物件をお探しですか?」

 自動ドアが開き、近くにいた女性が声を掛けてくる。

「初めまして。本日、田嶋さんとお会いする約束をしておりました勇実と申します。田嶋さんはいらっしゃいますか?」
「は、はいッ! 少々お待ちください」

昨日電子書籍で買った猿でも分かるビジネス会話という本を読んで、何とかなれない敬語で話す。以前は一国の王であろうと敬語なんて使った事なかったのだが、この世界では潤滑油として必要になると判断した。
しかし俺は声を大きくしていいたい。
なんでや、と。

「お待たせしました。私が田嶋です。……勇実礼土さん、でよろしいですかな?」

 七三で綺麗に髪を分け、黒縁の眼鏡を掛けた40代くらいの男性が奥から出てきた。

「はい、和人さんからの紹介で来ました、勇実礼土です。どうぞよろしく」
「……失礼、ご職業はモデルとかではないのですよね?」
「一応、霊能力者として活動をしておりますね」
「失礼しました。では奥の方へ」


 今の俺の服装はいつもの私服ではない。仕事着に着替えている。
青色のジャケットにパンツ、薄紫色のネクタイ、銀色の腕時計に茶色の革靴。
この世界の標準装備なのは分かるが、ちょっと暑いのが難点だ。
そもそもは先日山城家を訪れた際にぽろっと服がシャツしかないと伝えたのが間違いの始まりだ。
あれよあれよとタクシーでどこかに連れられ、装備品を一式用意する事になった。
最初はプレゼントするといわれたが、必要経費と割り切りちゃんと良い物を自分で買おうと決めたのだ。剣や防具も一緒だ。自分の命を預ける商売道具。
下手な妥協は自分の命の価値を下げてしまう。

 そのため、かなりの金額を使った。
この装備一式で今回の依頼代なんかよりもはるかに高い。
ジャケット、パンツでお値段約10万円。革靴お値段7万円。
ここまではいい。問題は時計だ。
なんとお値段300万円。以前の世界には無かった機械仕掛けの腕時計に心引かれ、一目惚れしたのがまぁ高い時計だった。
一緒にいた和人は時計好きらしく、色々教えてもらい、結果買ったのがこの時計。
何でもかなり有名なブランドらしくそれを付けているだけでも、仕事はやりやすくなるといわれたのだ。

 正直買うのは非常に迷った。
時計の機能とは時間を見ることだ。正直数千円の時計でも可能だし、スマホで時間を見るだけでも事足りる。だが、和人から色々と教えてもらったことが結局は決め手になった。

『いいかい、礼土君。今後もし君が東京で仕事をしていくと考えているなら身なりは重要だ。仕事を依頼する相手は必ず君の身なりを見る。その時の印象で仕事が貰えるかどうかが決まる場合もあるんだ。服も靴も時計もそうだよ。お金を出して相手の関心が買えるなら僕は買ってしまったほうがいいと思うかな。それに君なら間違いなく栄えるからね』

 なるほど。
ここでは命のやり取りは少ないだろう。
だが、髪型、服装、装飾品。そういった装備によって自分の価値を高めることが出来るのだ。
なら俺の価値は?
当然、安いことなんてありえない。
自分の価値は自分がよく分かっているのだから。



 そうして田嶋に連れられ俺は部屋の置くへと進んだ。
それにしても私服の時はそうでもなかったのにこのスーツに着替えたらやたらと視線を感じるようになる。確かに風貌はこの国の人間とは違うが、同じような容姿の外国人だって大勢いるのだ。だというのに何故こうも見てくる?
敵意は感じないのだがどうもやりにくい。

「どうぞ、そちらにお座りください」
「失礼します」

 ガラスのテーブルにソファーが二つ。
応接室のような場所に通され、座り心地のよいソファーに腰を下ろす。
田嶋は俺が座るのを見ると、何やら書類のようなものをテーブルに置き、手を懐に入れた。


 まさか短剣でも取り出す気か?
その場に緊張が走る。だが甘いな、この距離なら俺を取れると思ったのか。
刃が見えた瞬間に俺の魔法でその刃を細切れにしてやろう。
流石、背信業界を牛耳る和人の友人だ。一筋縄ではいかないようだな。
そう思い身構えていると、田嶋が取り出したのは小さなケースだった。
革で出来ているであろうその二つ折りのケースを開き、中から一枚の紙を取り出す。

「改めて、私は田嶋不動産の田嶋彰と申します」

 こ、これは噂の名刺交換か!?
やるな田嶋ッ! 俺にその武器がないのを見越してか!?

「あぁ申し訳ありません。実は名刺は持っておらず……」

 一応言い訳として名刺を切らしたという武器も用意していたが、
和人が紹介した相手に嘘を付くのもどうかと思い正直に話した。

「おや、そうなのですか」
「ッ! え、ええ」

 ……やるじゃあないか、田嶋。
魔王にだってここまでダメージを与えられたことはないぞ
くそ、和人に頼んで後で名刺を作る店を紹介してもらおう。
すると、部屋のドアからノックが聞こえる。

「し、失礼します。コーヒーをお持ちしました」

 扉を開け入ってくるのは先ほどすれ違った女性の人だ。
お盆の上に黒い液体が入ったカップを持ってきている。


 田嶋ァァアアア。
俺の弱点を的確に付いて来るじゃないかッ!
飲まないという選択肢はない。
それは俺がこの男を前に敗北するという事に等しいからだ。
目の前に置かれた闇の液体を見る。
田嶋はそれを涼しい顔で一口飲んだ。

 おいィィィイイイ、ミルクを入れろ! ミルクを!!
お前が入れないと俺も入れられないじゃないか。
ここで俺だけミルクを入れてみろ。
『あ、こいつミルク入れなきゃコーヒーも飲めないウッド君なのか』なんて絶対思われる。
いいだろう、俺の覚悟を見るがいいッ!!!


「いやあ、俺はコォーヒーが大好きでしてね、ありがとうございます」
「はぁ」

 目の前の闇を掴み、一気に流し込んだ。
ッッッかぁぁああ苦い!!!
マジ何でこれ普通に飲むの!? 
だが、顔に出すなレイド。俺が苦しい時は相手も苦しいはずだ。
笑顔だ。苦しい時こそ笑顔を作れッ!!

「……ご馳走様です」
「――ふむ、寺岡さん、お代わりを」
「は、はい! すぐに!!!」


 おのれぇぇえぇぇえ!!! 嫌味か!!!
くそ、やるじゃないか田嶋。
初めてだよ、俺に土をつけた奴はな。
だがここで終わると思うなよ、俺は敗北から学ぶことだって出来る男だ。
でもコーヒーはなぁ……

「……さて、さっそく依頼の話をしたいのですが、よろしいですかな」
「え、えぇ。お願いします」

 目の前に並々注がれたコーヒーを見ながら、意識を切り替える。

「こちら問題の物件です」

 そういうと田嶋は手持ちの書類から1枚の紙を取り出した。
珠ハイツと書かれたアパートの情報が書かれている。

「個人情報保護法があるため、なくなった方のお名前は申し上げられませんが、ここの103号室で2件自殺が発生しております。全て遺書はありませんが死因が違います」
「首吊りと聞いていましたが?」
「それは先日亡くなった方の死因ですね。最初の方は包丁で自分の首を切って出血多量で亡くなっております」

 死に方に関連性はないか。

「お二人に何か共通点はありますか」
「……いえ、私どもで分かるといえば、同じ103号室に住んでいたという事くらいですね」
「田嶋さんの方で今回の件で何か思い当たることはありますか? 何でもいいです」

 そう言うと田嶋は頭をかきながら眼鏡を外した。

「あの珠ハイツは新築でしてね、以前はゴミ屋敷が立っておりました。そこを解体し新しく建てたのがあの珠ハイツと聞いています。しかしそのゴミ屋敷は解体時に色々問題が起きましてね」

 簡単にまとめるとこういう事だ。
その珠ハイツというアパートが出来るまで近所でもゴミ屋敷と有名な家があったそうだ。
異臭も凄く近隣住民からも苦情が多発していたらしい。
そのため、役所の人間が何度も臭いの原因であるゴミを撤去するように話していたそうなのだが、ある日その家に住む老婆は亡くなっていたらしい。
発見した役所の人間。
いつも通りゴミの件で話に言ったらいつもいる老婆がいなかったそうだ。
高齢だったため、何かあったのではと考えたその役所の人はハンカチで口を覆い家の中に入ったそうだ。
そこで見てしまったらしい。

 居間で糞尿を垂らしながら、舌を長く伸ばして死んでいた首を吊った老婆の遺体を。
そしてその居間の襖や壁などには近隣住民やその役所に対しての恨みの言葉が包丁か何かで削られていたそうだ。

「そうして遺体を片付け、家を解体し出来たのがこのアパートです。
最初に亡くなったのはこの103号室を最初に借りた方でした」
「その次は? 確か半年前に亡くなったと聞いてますが」
「別の業者に依頼し、その103号室を形だけ契約していただいたのですが、
それ以降はずっと空いておりました」

 ん? どういう意味だ。
形だけの契約っていうのは

「あぁ、そうですね、一応説明しましょう。たまにあるんですよ。所謂事故物件って奴です。
自殺以外にも交通事故や病死、とにかく前の住民が亡くなっている場合は必ず次の契約者にはそれを伝える義務があります。しかし、これには抜け道がありましてね。一度誰かが契約してしまえば、その次に借りる方に対しては説明の義務はないのです。今回の場合は自殺。正直不気味に思って借り手が付かない可能性が多いにある。だから、業者に連絡し、一度契約して書類上は住んでもらっているという事です」
「それは今も?」
「はい」

 なるほど。
まぁ自分が寝泊りする場所で実は誰か自殺してたなんて普通は嫌がるか。

「しかしこれで2度目。流石に普通ではないと考え誰かに依頼しようと思っておりました。正直に言いましょう。私は目に見えないものは信じられない性質です。こんな事を言うと殆どの霊能力者の方は煙たがるのですが、ひとつよろしいですか?」
「……なんでしょうか」
「貴方の力を私に証明する事は出来ますか?」

 まっすぐに鋭い目でこちらを見ている。
ああ、なるほど。試しているのか。



 ――この俺を。




「実に容易いことです」

 笑みを浮かべ、俺は指を鳴らす。

「――ッ! こ、これは」

 俺の前に置かれたコーヒーカップ。
それがまるで最初からそうだったかのように4つに分割された。
割れたカップからコーヒーがこぼれ、ガラスのテーブルを黒く染める。



よし、これでコーヒー飲まないですんだ!!!!

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