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前夜祭
しおりを挟む俺がレクシリルに会えたのはそれから三日経った、ルシファザ祭の前日だった。
前日と言っても夜の十一時過ぎ、ほぼ一日が終わろうとしている時間に、レクシリルは部屋に戻ってきた。
俺はというとやることもないのでとっくに寝ていて、一度寝たら滅多なことでは起きない俺が、この日は僅かな人の気配を感じて目を覚ました。
薄く目を開けると目の前にレクシリルの顔があった。視力の悪さと近過ぎる距離にはっきりとは分からなかったが、少しやつれたような気がした。
レクシリルは俺が目を覚ましたことに気が付かなかったのか、ちゅ、と微かな音を立てながら唇に触れるとすぐに離れた。
ぼーっとしながら、どこか物足りなさを感じていると、レクシリルはそのままドアから出て行こうとした。ドアノブに手が掛かった瞬間、俺の意識は覚醒し思わず声が出た。
「えっここで寝ないのか……?」
突然響いた俺の声にレクシリルは驚き振り返った。ベッドの上の俺と目が合うと、困ったような顔をして微笑んだ。
「うん。祭りが終わるまでは別の所で寝る」
「なんで……?」
「それは……」
通りでレクシリルと会えないはずだと思った。
レクシリルは寝ている俺にキスするためだけに部屋にやって来て、すぐに別の場所に移動していたのだから。俺が起きる前にいなくなっていたのではなく、そもそも同じ部屋で暮らしていなかったのだ。
あれほど皇子と同室は煩わしいと思っていたのに、何故か急に寂しくなった。
「俺ももう起きちゃったし、俺のこと気遣って別の部屋に移動してたんなら、今日は……」
先ほどは咄嗟に口から出てしまったが、一緒に寝ようとは恥ずかしくて言えなかった。
だから代わりに横にずれ、レクシリルのスペースを空けてみる。伝わったのかレクシリルは堪えるような顔をした。
「無理」
短い拒絶の言葉は想像以上のダメージを俺にもたらした。あまりのショックに固まっていると、レクシリルは慌てたように言葉を訂正した。
「違う、明世と一緒が無理なんじゃなくて、オレが……」
「レクシリルが?」
名前を呼び返して我に返る。
どこか夢の中の延長線のような空気で話を続けていたが、そういえばレクシリルは俺のことが好きなのだと思い出した。
好きな人から気軽に同衾を勧められるなんて心中複雑になってしまっても仕方ない。
俺としては、そこまで深くは考えていなかったが、その考えの浅さに頭を抱えたくなった。
「なんか…………ごめん」
「大丈夫……」
全然大丈夫じゃなさそうなくらい、暗がりでも分かるほど顔が赤くなっているレクシリルに目を奪われる。あれほど無表情だったレクシリルがこんな姿になってしまうほど、自分を思っていてくれているのかと思うと、伝染するように顔に熱が集まり始めた。
「もし、明世が嫌じゃなかったら」
「ん……?」
「少しだけ、触らせて」
「触っ……! 何する気だよ!?」
「明世を抱き締めたい」
あまりにも可愛いお願いに拍子抜けすると共に自分の汚さが嫌になる。すぐにそっち方面に考えてしまうことへの羞恥心を悟られたくなくて、何でもないような顔で答える。
「別にそれくらいなら……ほら」
年上のプライドもあって平坦な声を出したつもりだったが声が震えた。しかし、レクシリルは俺の答えが意外だったのか、目を丸くしてしていて、俺の動揺には気付いていないようだった。
そんなことをする必要はないのに、大きく腕を広げて待っていた俺の胸にレクシリルはおずおずと身体を寄せてきた。
俺としては俺が子どもをあやしているような画を想像していたのに、鏡に写った姿は完全に恋人のそれだった。レクシリルの長い腕が腰に回され、首筋に顔を埋められる。全身で俺を感じているかのようにゆっくりと大きな呼吸を繰り返すレクシリルとは対照的に、俺は浅い呼吸を忙しなく続けていた。
想像以上の密着度度合いに緊張して身体が固くなる。一方レクシリルは慣れているのか余裕そうに俺の背中を撫でていて、なんだかイラついた。
「……もういいだろ」
そう言いなが引き剥がす。
レクシリルは名残惜しそうに俺の身体に指を滑らせると離れていった。
「……元気出たかよ」
「うん」
無邪気な顔で笑うから、俺も堪らなくなる。
別にこれくらいで喜んでくれるならレクシリルのしたい時にしてもいい――とは思いつつも恥ずかしくて提案なんてできない。
「…………祭りが終わったら、また一緒に寝たい」
「それは……好きにしたらいいだろ。ここは俺とレクシリルの部屋なんだから」
なんでこうもぶっきらぼうな言い方しか出来ないんだろうと反省する。子どもの時はさておき、思春期に入ってから異性はおろか、同性とも関わりを絶ってしまった弊害がこんな所で現れると思ってなかった。
人と接することの難しさが、この歳になってようやく分かり始めた。
「じゃあ……オレはもう行くから」
レクシリルは俺の頭を引き寄せると、額にキスをした。それから、あ、と何かに気付いたような顔をした。
「これも確認を取らないといけないのか?」
改まって聞かれると本当に恥ずかしい。額にするのは大丈夫です。でも口の場合は一声掛けてください。なんて真面目な顔して言えるわけない。
「…………そういうのは空気読め」
「? 分かった」
分かってなさそうな顔で頷くと、レクシリルはベッドから立ち上がった。なんとなく、レクシリルの腕に手を差し伸べたい衝動を抑えて背中を見送った。
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