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花火と本音
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「明世、いらっしゃい!」
「遅れてごめん……!」
部屋に入るとクレメリッサが駆け寄って来て抱き付いた。俺はいつものように受け止めると頭を撫でて開口一番に謝った。
「来てくれただけで嬉しいもの。シャローラも、呼びに行ってくれてありがとう!」
「では、わたくしはこれで」
そう言ってシャローラは素早く部屋から出ていってしまった。
クレメリッサは俺の手を引き窓際に設置された大きなテーブルまで誘導した。向かい合うようにこれまた大きな革張りのソファが置いてあり、そこに座るように促された。
俺は言われたまま腰を下ろすと、思っていたよりも沈み込み倒れそうになった。そんな様子を見てクスクス笑うクレメリッサの顔は、いつもと変わらないように見えて少しだけ安心した。
「ここは誰の部屋なんだ……?」
「お母さまの! でも今は使われていないけど」
使われていない、に妙な含みを感じた俺は一拍置いて考えた。そう言えば、今日の開会式に皇后の姿は無かった。別段国民たちも気にした様子がなかったところを見ると、おそらくどう転んでも良い話ではないことは見当が付いた。
だから俺は話題を変えた。
「この国はお祭り好きな人が多いな」
「んーそうかも! わたしもお祭りは好き! 明世は嫌い……?」
「俺は……嫌いっていうより苦手かな。特に人混みが……だからこんな特等席から眺められるならお祭りも悪くないなって思うよ」
「本当? 良かった!」
俺の言葉に安堵したような表情を浮かべたクレメリッサは、その後怒涛のお喋りを始めた。
おそらく普段の話し相手がシャローラとレクシリルしかいないため、俺のリアクションが新鮮で面白かったのだろう。オルレードのこともクレメリッサ自身のこともたくさん教えてくてた。
「そういえば、なんでクレメリッサは俺のこと知ってたんだ?」
クレメリッサに初めて会った日、俺のことをすぐに明世と呼んだ。まるで昔から知っていたかのように。
「お兄さまがいつも話してくれたから」
「話してくれた……?」
「うん。初めて明世に会った時の気持ちとか、どれだけ明世のことを好きかとか、ぜーんぶ」
今すぐここにレクシリルを呼び出して問い詰めたい衝動を抑え、平静を装ってクレメリッサの話を聞く。
「同じ話を何回もするから覚えちゃった」
まるで御伽話のように語られたらしい初恋の思い出に恥ずかしさが止まらなくなる。よくレクシリルは語れたなと思ったが、真顔で喋っている姿が簡単に想像できてしまった。
「お兄さまは本当に明世のことが好きでね、」
「…………そんなことないと思う」
兄がどれだけ俺のことを好きか語ろうとしたクレメリッサの言葉を思わず遮ってしまった。
あ、と思った時にはもう遅く、クレメリッサは不安そうな顔をしていた。
「…………やっぱり昔の話だし、思い出補正もかかってると思うよ」
「そんなことないわ! お兄さまは本当に明世のことが好きよ! 自信持って!」
自信を持って、と言われても、その自信を根本から無くす現場を見たばかりでは持てる自信が見当たらない。俺自身、俺なんかよりあの子の方がお似合いだと思ってしまったのも痛かった。
「はは……ありがとな」
誤魔化すように笑うと、クレメリッサはもどかしそうに足をバタつかせた。皇女らしからぬ年相応の行動に、今度は心の底から笑うと、恥ずかしくなったのか足を動かすことをやめ、上目遣いで俺を見た。
徐々に外の景色が変わってくる。
宮殿の最上階に位置するこの部屋からは広場と、街の光がぼやけて見えた。ここからでも海は見えないんだな、と考えていると、クレメリッサの動きが段々鈍くなっていることに気が付いた。
「…………もしかして、眠い?」
「眠くない…………」
完全に船を漕いでいながら倒れまいと抵抗している姿に微笑ましくなる。そうして見守っているうちに完全に夢の中に旅立ってしまったクレメリッサはソファの上で丸まるようにして寝息を立て始めた。
俺は起こさないように立ち上がり、何かかけるものはないかと部屋の中を探した。クローゼットの中に女物の羽織を見つけそれをかけてやった。
このまま明日を迎えたらクレメリッサは悔しがるだろうか、そしたら明日も一緒に花火を見る約束をしようか、などと考えていると、急に室内が明るくなった。
一瞬の光はすぐに消え、また新しい光が明るく照らす。俺は窓の外を見て口を開けた。
今まで見てきたどんな花火より印象的な大輪はオルレードの夜空に美しく咲いていた。
起きる様子がなかったクレメリッサはそのまま寝かせておくことにし、俺はバルコニーに続く扉に手をかけた。スッと風が入り込む音と花火の音が同時に聞こえる。冷たい夜風が気持ち良く、俺はバルコニーに出ると一人夜空を見上げた。
色とりどりの花火が咲いては散ってを繰り返し、まるで夜空が花壇になったようだった。
「…………明世?」
「あ、クレメリッサ?」
俺としたことが、扉を閉め忘れていたらしく、花火の音でクレメリッサが目を覚ましてしまったようだった。クレメリッサは眠たそうに目を擦りながら俺の隣まできた。悪いことをしたな、と思った。
しかし、起こしてしまったものはしょうがない。約束通りクレメリッサと一緒に花火を楽しもうと、再び夜空を見上げようとした。
が、突然クレメリッサから発せられた高笑いに俺の心臓が凍った。
「あははは、久方振りの人の世じゃ」
口角をこれでもかと歪め笑うクレメリッサは俺を見て鋭く目を細めた。
「遅れてごめん……!」
部屋に入るとクレメリッサが駆け寄って来て抱き付いた。俺はいつものように受け止めると頭を撫でて開口一番に謝った。
「来てくれただけで嬉しいもの。シャローラも、呼びに行ってくれてありがとう!」
「では、わたくしはこれで」
そう言ってシャローラは素早く部屋から出ていってしまった。
クレメリッサは俺の手を引き窓際に設置された大きなテーブルまで誘導した。向かい合うようにこれまた大きな革張りのソファが置いてあり、そこに座るように促された。
俺は言われたまま腰を下ろすと、思っていたよりも沈み込み倒れそうになった。そんな様子を見てクスクス笑うクレメリッサの顔は、いつもと変わらないように見えて少しだけ安心した。
「ここは誰の部屋なんだ……?」
「お母さまの! でも今は使われていないけど」
使われていない、に妙な含みを感じた俺は一拍置いて考えた。そう言えば、今日の開会式に皇后の姿は無かった。別段国民たちも気にした様子がなかったところを見ると、おそらくどう転んでも良い話ではないことは見当が付いた。
だから俺は話題を変えた。
「この国はお祭り好きな人が多いな」
「んーそうかも! わたしもお祭りは好き! 明世は嫌い……?」
「俺は……嫌いっていうより苦手かな。特に人混みが……だからこんな特等席から眺められるならお祭りも悪くないなって思うよ」
「本当? 良かった!」
俺の言葉に安堵したような表情を浮かべたクレメリッサは、その後怒涛のお喋りを始めた。
おそらく普段の話し相手がシャローラとレクシリルしかいないため、俺のリアクションが新鮮で面白かったのだろう。オルレードのこともクレメリッサ自身のこともたくさん教えてくてた。
「そういえば、なんでクレメリッサは俺のこと知ってたんだ?」
クレメリッサに初めて会った日、俺のことをすぐに明世と呼んだ。まるで昔から知っていたかのように。
「お兄さまがいつも話してくれたから」
「話してくれた……?」
「うん。初めて明世に会った時の気持ちとか、どれだけ明世のことを好きかとか、ぜーんぶ」
今すぐここにレクシリルを呼び出して問い詰めたい衝動を抑え、平静を装ってクレメリッサの話を聞く。
「同じ話を何回もするから覚えちゃった」
まるで御伽話のように語られたらしい初恋の思い出に恥ずかしさが止まらなくなる。よくレクシリルは語れたなと思ったが、真顔で喋っている姿が簡単に想像できてしまった。
「お兄さまは本当に明世のことが好きでね、」
「…………そんなことないと思う」
兄がどれだけ俺のことを好きか語ろうとしたクレメリッサの言葉を思わず遮ってしまった。
あ、と思った時にはもう遅く、クレメリッサは不安そうな顔をしていた。
「…………やっぱり昔の話だし、思い出補正もかかってると思うよ」
「そんなことないわ! お兄さまは本当に明世のことが好きよ! 自信持って!」
自信を持って、と言われても、その自信を根本から無くす現場を見たばかりでは持てる自信が見当たらない。俺自身、俺なんかよりあの子の方がお似合いだと思ってしまったのも痛かった。
「はは……ありがとな」
誤魔化すように笑うと、クレメリッサはもどかしそうに足をバタつかせた。皇女らしからぬ年相応の行動に、今度は心の底から笑うと、恥ずかしくなったのか足を動かすことをやめ、上目遣いで俺を見た。
徐々に外の景色が変わってくる。
宮殿の最上階に位置するこの部屋からは広場と、街の光がぼやけて見えた。ここからでも海は見えないんだな、と考えていると、クレメリッサの動きが段々鈍くなっていることに気が付いた。
「…………もしかして、眠い?」
「眠くない…………」
完全に船を漕いでいながら倒れまいと抵抗している姿に微笑ましくなる。そうして見守っているうちに完全に夢の中に旅立ってしまったクレメリッサはソファの上で丸まるようにして寝息を立て始めた。
俺は起こさないように立ち上がり、何かかけるものはないかと部屋の中を探した。クローゼットの中に女物の羽織を見つけそれをかけてやった。
このまま明日を迎えたらクレメリッサは悔しがるだろうか、そしたら明日も一緒に花火を見る約束をしようか、などと考えていると、急に室内が明るくなった。
一瞬の光はすぐに消え、また新しい光が明るく照らす。俺は窓の外を見て口を開けた。
今まで見てきたどんな花火より印象的な大輪はオルレードの夜空に美しく咲いていた。
起きる様子がなかったクレメリッサはそのまま寝かせておくことにし、俺はバルコニーに続く扉に手をかけた。スッと風が入り込む音と花火の音が同時に聞こえる。冷たい夜風が気持ち良く、俺はバルコニーに出ると一人夜空を見上げた。
色とりどりの花火が咲いては散ってを繰り返し、まるで夜空が花壇になったようだった。
「…………明世?」
「あ、クレメリッサ?」
俺としたことが、扉を閉め忘れていたらしく、花火の音でクレメリッサが目を覚ましてしまったようだった。クレメリッサは眠たそうに目を擦りながら俺の隣まできた。悪いことをしたな、と思った。
しかし、起こしてしまったものはしょうがない。約束通りクレメリッサと一緒に花火を楽しもうと、再び夜空を見上げようとした。
が、突然クレメリッサから発せられた高笑いに俺の心臓が凍った。
「あははは、久方振りの人の世じゃ」
口角をこれでもかと歪め笑うクレメリッサは俺を見て鋭く目を細めた。
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