年下皇子が離れない

ことわ子

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ルシファザの思惑

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 ルシファザはオルレード帝国の始祖であり、偉大なる守り神として今なお帝国を守護し続けている。オルレードが異世界転移を行なっても一人の死者も出さず、また国として繁栄を続けていられるのもルシファザがこの国を守っているからだ、と国民たちは信じて疑わなかった。
 しかし、俺の中でルシファザは、下世話で人間臭く、いつまで経っても過去の価値観に囚われた神だというイメージが定着していた。
 そんな、今の俺にとって天敵とも言える神が、今、目の前にいるのだと感覚的に理解した。

「わえの国は美しいと思わんか?」

 狂い咲くように夜空に咲く花火を背にそう問い掛けてくる。いつものクレメリッサとは似ても似つかない鋭い空気に目が離せなくなる。
 質問の意図が分からず、下手な対話はしない方がいいと黙っていると鼻で笑われた。

「ハッ、そんなに警戒されるとは思うとらんかったわ。楽にせぇ、わえはお前と話してみたかっただけじゃ」

 このまま黙り続けても得策ではないかもしれない。クレメリッサの身体を人質に取られているような状態では尚更だ。

「安心せぇ、わえはオルレードの民を傷付けたりはせん。自分のように可愛がっておるのにそんなつまらんことするはずが無かろ」

 俺の考えを読んだかのようにルシファザが嘲笑した。確かにそうだ、と思いつつ、俺の呪った張本人の言葉を真っ直ぐ受け取ることは出来ない。
 オルレードの国民にとっては守り神でも、俺にとってはただの疫病神だ。
 しかし今はルシファザの言葉を信じる他ない。
 クレメリッサの身の安全が保障されれば、いくらか話はしやすくなる。

「…………なんで急に入れ替わったんだ……?」
「入れ替わったとな? わえはこの子の半身だと聞いておろう? 入れ替わったという表現は適切ではない」

 細かい神だな、と若干イラッとしつつも、嫌味をたっぷりと含めて言葉を改める。

「どうしてルシファザ様とお会いできたのでしょうか?」
「条件が揃ったから、かの」
「条件……?」

 今の今までクレメリッサはクレメリッサのままだった。特に前兆もなければレクシリルからそういった話も聞いたことが無かった。

「そうじゃ。そういえば、この子は花火の最中に皇宮から出たのは初めてじゃったの。先代は子どもの頃はよう逃げ出しておったから、わえも度々顔を出しておったが」

 花火の最中に皇宮から出る、と言われてピンときた。
 そして、バルコニーでも建物という結界から出てしまうことになるのかと知らなかったとはいえ、今更悔やむ。
 大体の言い伝えや伝説には元になった教訓があることが多い。クレメリッサの掟も、意味もなく皇宮から出られない訳ではなかった。この事態を防ぐために出られなかったのだ。

「祭りの日は特に調子が良くての、建物内に篭らない限りはこんなものじゃ」

 誇らしげな顔をするルシファザに俺は質問を続ける。

「…………で、いつになったらクレメリッサと話ができるようになるんだ?」

 つまり、いつになったらクレメリッサの身体を返すのか、それが今一番知りたいことだった。
 このまま一生、なんて許せるはずもないが、神が取り憑いてしまった以上、俺一人で対処するには力が足りない。

「そう心配するな。祭りを満喫したら戻ろうと思うておるわ」
「…………」

 祭りの期間は三日間。既に初日を終えていると考えると後二日。そのくらいの期間なら何とかなるかもしれない。下手に神を怒らせるよりは要求を飲む方が得策かもしれないと考える。

「…………本当に祭りが終わったら帰るんだな」
「帰るという表現は――」

 また屁理屈が始まりそうな気配に俺は言葉を遮る。

「で、本当の要求はなんだ?」

 ルシファザは最初、俺と話してみたかっただけだと言った。その割には祭りを満喫するという。
 そこには何か本当の目的があると俺は思った。

「話が早くて助かるのぉ」

 ルシファザはニヤ、と再び不気味なくらい口角を上げると、俺の顔に手を伸ばしてきた。動けない俺の顔の輪郭を人差し指でなぞると眉根を寄せる。

「顔の造形は普通じゃの。まぁ分かっておったが」

 失礼なことを言われている自覚はあったが、本当のことでもあったので、何も言えなかった。むしろ普通と評されたことすら意外だった。

「坊はこんな男のどこが良いのかのぉ?」

 そんなこと、こんな男に聞かれても困る。
 嫌な予感はしていたが、やはりレクシリル関係かと頭が痛くなってくる。

「まぁ、良い。人の好みはそれぞれじゃ。わえは『理解のある』神じゃからの」

 理解のある、を強調してルシファザは笑う。一瞬だけクレメリッサに戻ったような気がしたが、直ぐに歪められた瞳を見て我に返る。

「じゃがなぁ、わえは疑っておる」
「疑ってる……?」
「お主がわえの可愛い坊を傷つけないか、じゃ」
「…………」

 俺はもうレクシリルを傷つけるつもりはない。
 しかし、レクシリルと同じ思いかと言われれば、完全に肯定は出来ない。その事がレクシリルを傷つけるとすれば、絶対に傷つけないとは言い切れない。
 俺が黙っていると、ルシファザは飽きれたようなため息を吐き、鋭い目を俺に向けた。

「楽しい祭りになりそうじゃの」

 ハッキリとした敵意の視線に俺は何も言えないまま、鼻歌を歌い始めたルシファザが部屋へ戻っていくのを見つめていた。
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