年下皇子が離れない

ことわ子

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『何か』

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 居場所を失った俺は、とりあえず中央付近に集まる女の子たちの中に身を隠すことにした。幸い、好奇心からその輪の中に入っていく男性もちらほらいた為、俺の姿が浮くことはなく、皇子のダンスを見に来た一市民として溶け込むことが出来た。
 レクシリルと婚約者を中心に囲むように見物客が輪を作る。まるで今から決闘でも行われるのかと思うほどの謎の緊張感が辺りに漂っていて、主にその空気を醸し出しているのは目が本気な女の子たちだと分かる。待機している数人の衛兵がその様子に若干表情を引き攣らせ、それでも今は仕事中だからと平静を装っていた。
 しかし、当の本人たちは気にしていないようで、レクシリルはいつも通りの真顔、婚約者のチェルシアはそんなレクシリルの顔をニコニコと見つめている。
 一刻も早くこの場から去りたいと思うのに足が動かない。リュリュに頼まれたから、なんて俺にとって薄い理由だけじゃないことは明白で、動けない言い訳を意味もなく探す。
 と、二人が向かい合うように立ち、チェルシアがレクシリルに向かって右手を伸ばした。その手を取るために、レクシリルは腕を上げ、そして空中でぴたりと止めた。その瞬間、会場の空気も一緒に止まった。
 チェルシアが首を傾げ、僅かに眉を寄せる。
 一拍遅れて俺が妙な胸騒ぎを覚えた時、レクシリルが薄く口を開いた。そして、何か小さな声でチェルシアに言葉を投げた。途端にチェルシアの表情が曇る。
 レクシリルは宙ぶらりんだった腕を下ろし、広場の王宮がある方へ向き直った。たまたま俺の後ろに王宮があったため、俺がいることがバレたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。先日、自分たちが立っていたバルコニーを見据えて口を開いた。
 ――レクシリル様があの目をした時は絶対に何かトラブルを起こす!
 リュリュの言葉が脳内にフラッシュバックする。
 聞いた時は、なんだそりゃと思った程度の言葉だった。しかし、『あの目』を目の当たりにしてしまうと、何故か納得してしまう。
 レクシリルは『何か』やらかそうとしている。
 それが、レクシリルにとって、チェルシアにとって、そして多分俺にとっても良くないことだと直感して思わず身を乗り出した。背後からいきなり押された女の子が不満そうな顔で俺の方を見るが、そんなことに一々構っていられない。
 どうにかしてレクシリルを止めなければ、と思い思わず声が出た。

「レクシリル!!」

 一瞬にして人々の視線が俺に集まる。
 好奇と嫌悪と困惑が混ざり合った空気が俺を包んだ。控えていた衛兵がすかさず俺の方に歩み寄ってくる。今の俺は皇子を呼び捨てにするただ不届きものだ。それでもやるしかない。

「レクシリル、やめろ!!」

 主語はない。それでもレクシリルは俺を見て口を閉じた。衛兵が俺の腕を乱暴に掴む。想像以上の力強さに顔が歪む。
 この広場から摘み出されるくらいが多分最良。最悪は牢に放り込まれるかもしれないな、と覚悟を決め目を伏せると急に腕の痛みが引いた。代わりに手に触れる温かさを感じる。
 え、と顔を上げるとすぐそばにレクシリルの瞳があった。状況を把握する前に強く腕を引かれる。
 混乱する衛兵を片手で制した後、レクシリルは俺の手を引き歩き出した。見物客は皇子の突然の乱入に思わず道を開け、穴が開くかもしれないと思うほど俺とレクシリルを目で追った。誰も声は発せず、ただ困惑気味に喉が上下する音と、遠くから聞こえてくる祭りの音だけが広場に響き渡っていた。
 そんな空気を断ち切るかのように、レクシリルの歩みはどんどん速くなっていく。それに釣られて無我夢中で歩いていると、気付けば一般人は進入禁止とされている王宮の中まで来てしまっていた。

「レクシリル、ここ、俺が入っちゃ……」

 レクシリルとの歩幅の違い、普段の運動不足も手伝って息も絶え絶えになりながら声を掛ける。が、当たり前のように無視をされてしまった。それでもなんとなくではあるが、歩調は緩やかになり、少しの気遣いは感じ取れた。
 俺が少しだけ安堵すると、レクシリルは急に歩みを止めた。そして、目の前にある大きな扉を開くと俺を引き込み、後ろ手に閉めた。室内に灯りはなく、窓から差し込む外の光だけが俺たちを照らした。
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