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心を預ける相手
第67話 準備はできましたわ
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鳥たちとルシエルが集めてきた薬草が、台所の前に積み上がる。ネーヴェはフルヴィアと一緒に、薬草を洗って煮詰める作業を行った。邪竜の巨体にも対応できるよう、濃縮したペーストを作って、アップルパイの底に敷き詰める予定だった。
薬草ペーストは、火の精霊鳥ブリストルが味見してくれる。
『うおぇぇ~~。これなら邪竜も吐き出すこと間違いなし!』
「大丈夫ですか?」
効果抜群だったようだ。
ブリストルは、地面に吐き出した後、すっきりした様子で飛んでいった。
「生命の実を取ってきたぞ」
「シエロ様」
薬草ペーストが出来たところで、シエロが帰ってきた。
上着の袖をしばって袋にし、十個ほどの黄金の林檎を詰め込んでいる。
「ネーヴェ様、私は向こうの部屋で休んできます!」
「フルヴィア、どうしたの?」
「まったまた~。お二人でごゆっくり」
アップルパイ作りはシエロ様と二人でどうぞと、フルヴィアは去っていった。
「お前の従者は、賢明だな。生命の実には、なるべく触れない方が良い。お前が間違って味見しないよう、俺はここで監視しよう」
シエロがそう言い、ネーヴェは成程と納得した。理屈詰くめの理由であるが、二人きりになれるなら良いのかもしれない。お互い実はそう思っていたのだが、気付いていない。フルヴィアの気遣いは適切だった。
ネーヴェは、黄金に輝く林檎を受け取り、調理台の上に並べる。
「自惚れかもしれませんが⋯⋯私に食べさせたいとは、考えなかったのですか」
言いながら、不安に思う。
自分がシエロの特別なのかどうか、自信が持てなかった。
もし否定されたら、恋人扱いされているというのは盛大な勘違いになる。
「少しだけ、考えたことはある。しかしお前の意見を聞きたいと思った。永遠を生きたいか? 俺が死んだ後も生きていくことになるかもしれない」
深海色の瞳は、ネーヴェを心配するように揺れている。
彼は手を伸ばして、黄金の林檎に触った。
「俺は一人だけ生きていても詰まらないから、お前もそうなのではないかと邪推しただけだ」
「そうでしたか。死んだ後の話は、まだ早いですね。今、決めることはありませんわ」
安堵が胸を満たす。
想い、想われている実感が湧いてきた。
こうして話し合って二人で決めることが出来る。それは、とても幸せなことだ。ネーヴェは、幸福を噛みしめた。
触った感じ、生命の実は普通の林檎と同じ形で、固さも同じようだった。注意深く観察し、普通の林檎と同じように剥けそうだと判断する。
ネーヴェは果物ナイフを持って、皮を剥いてみた。
中の真っ白い果肉は、薔薇のような強い香りがする。しかし香りはともかく、しゃりしゃりしていそうな果実の断面は林檎と同じだ。ここまで確認し、残りは皮を剥かず、そのまま調理してしまおうかと思う。少なくとも邪竜にやる分は、丁寧に皮を剥く必要はない。
皮を剥いた生命の実は、薬草ペーストを入れる分とは別にして、シエロに食べさせるアップルパイにしよう。
「まずは、普通に小さなアップルパイを作ってみますわ。そのあと、邪竜用に大きなアップルパイを焼きます」
「良いだろう」
シエロの監視のもと、まずはパイ生地を作る。
新鮮な牛乳があればバターを作ることができるのだが、今ここにないので、小麦粉と水と塩だけで生地を練る。形を整えたら布巾をかけて少し寝かせる。
その間に、生命の実を切り刻む。酸味のあるベリーの汁を混ぜて鍋で加熱し、ほんのり透明になるまで見守った。
火が通ったら、寝かせたパイ生地の上に載せ、生地でくるっと巻いて棒状にする。
「丸く皿にして盛らないのか?」
「時短ですわ」
生地を細長い袋状に閉じて、その中に果実を入れることにより、熱が入りやすくなって果汁が中にとどまる。
焼きあがったパイを割ると、中から黄金色の果汁が、じゅわりと染み出た。
出来上がったと見るや、シエロはパイを一切れ掴み上げると、おもむろに口に入れる。
「どうですか?」
「……うまい」
本当は味見したかったネーヴェは、期待を込めてシエロを見上げる。
具体的なコメントを求められていると気付いたシエロは、戸惑った顔になり続けた。
「食感は、普通にアップルパイだ。しかし、生命の果実が柔らかくて口の中でとろける。上等の蜂蜜のようだ」
「そんなに甘いのですね。食べることが出来なくて残念ですわ」
しかし、シエロに食べさせてやれたのだから、良しとしよう。
料理する人の楽しみは、好きな人に作った料理を食べてもらうことだ。
「ル⋯⋯邪竜に食わせるのが、もったいないな」
「本当ですね」
「⋯⋯仕方ない。ルシエルに持っていく」
「お願いしますわ」
実験で作った普通のアップルパイの残りは、シエロがルシエルに食べさせると持っていった。結局シエロがルシエルに食べさせるのを嫌がって自分でほとんど食べたのは、ネーヴェが知らない話だ。
ネーヴェは手早く残りの生命の実を切り刻んで煮込み、広く伸ばしたパイ生地に乗せた。薬草ペースト入りのパイも作って、どんどん焼いていく。
こうして、大量のパイが焼き上がった。
焼き上がったパイは木箱に積み上げ、ルシエルの力で邪竜の鼻先に転移させる。ルシエルは空間を制御し、邪竜を袋小路に追い込む予定だった。
準備は整い、邪竜との最終決戦が始まった。
薬草ペーストは、火の精霊鳥ブリストルが味見してくれる。
『うおぇぇ~~。これなら邪竜も吐き出すこと間違いなし!』
「大丈夫ですか?」
効果抜群だったようだ。
ブリストルは、地面に吐き出した後、すっきりした様子で飛んでいった。
「生命の実を取ってきたぞ」
「シエロ様」
薬草ペーストが出来たところで、シエロが帰ってきた。
上着の袖をしばって袋にし、十個ほどの黄金の林檎を詰め込んでいる。
「ネーヴェ様、私は向こうの部屋で休んできます!」
「フルヴィア、どうしたの?」
「まったまた~。お二人でごゆっくり」
アップルパイ作りはシエロ様と二人でどうぞと、フルヴィアは去っていった。
「お前の従者は、賢明だな。生命の実には、なるべく触れない方が良い。お前が間違って味見しないよう、俺はここで監視しよう」
シエロがそう言い、ネーヴェは成程と納得した。理屈詰くめの理由であるが、二人きりになれるなら良いのかもしれない。お互い実はそう思っていたのだが、気付いていない。フルヴィアの気遣いは適切だった。
ネーヴェは、黄金に輝く林檎を受け取り、調理台の上に並べる。
「自惚れかもしれませんが⋯⋯私に食べさせたいとは、考えなかったのですか」
言いながら、不安に思う。
自分がシエロの特別なのかどうか、自信が持てなかった。
もし否定されたら、恋人扱いされているというのは盛大な勘違いになる。
「少しだけ、考えたことはある。しかしお前の意見を聞きたいと思った。永遠を生きたいか? 俺が死んだ後も生きていくことになるかもしれない」
深海色の瞳は、ネーヴェを心配するように揺れている。
彼は手を伸ばして、黄金の林檎に触った。
「俺は一人だけ生きていても詰まらないから、お前もそうなのではないかと邪推しただけだ」
「そうでしたか。死んだ後の話は、まだ早いですね。今、決めることはありませんわ」
安堵が胸を満たす。
想い、想われている実感が湧いてきた。
こうして話し合って二人で決めることが出来る。それは、とても幸せなことだ。ネーヴェは、幸福を噛みしめた。
触った感じ、生命の実は普通の林檎と同じ形で、固さも同じようだった。注意深く観察し、普通の林檎と同じように剥けそうだと判断する。
ネーヴェは果物ナイフを持って、皮を剥いてみた。
中の真っ白い果肉は、薔薇のような強い香りがする。しかし香りはともかく、しゃりしゃりしていそうな果実の断面は林檎と同じだ。ここまで確認し、残りは皮を剥かず、そのまま調理してしまおうかと思う。少なくとも邪竜にやる分は、丁寧に皮を剥く必要はない。
皮を剥いた生命の実は、薬草ペーストを入れる分とは別にして、シエロに食べさせるアップルパイにしよう。
「まずは、普通に小さなアップルパイを作ってみますわ。そのあと、邪竜用に大きなアップルパイを焼きます」
「良いだろう」
シエロの監視のもと、まずはパイ生地を作る。
新鮮な牛乳があればバターを作ることができるのだが、今ここにないので、小麦粉と水と塩だけで生地を練る。形を整えたら布巾をかけて少し寝かせる。
その間に、生命の実を切り刻む。酸味のあるベリーの汁を混ぜて鍋で加熱し、ほんのり透明になるまで見守った。
火が通ったら、寝かせたパイ生地の上に載せ、生地でくるっと巻いて棒状にする。
「丸く皿にして盛らないのか?」
「時短ですわ」
生地を細長い袋状に閉じて、その中に果実を入れることにより、熱が入りやすくなって果汁が中にとどまる。
焼きあがったパイを割ると、中から黄金色の果汁が、じゅわりと染み出た。
出来上がったと見るや、シエロはパイを一切れ掴み上げると、おもむろに口に入れる。
「どうですか?」
「……うまい」
本当は味見したかったネーヴェは、期待を込めてシエロを見上げる。
具体的なコメントを求められていると気付いたシエロは、戸惑った顔になり続けた。
「食感は、普通にアップルパイだ。しかし、生命の果実が柔らかくて口の中でとろける。上等の蜂蜜のようだ」
「そんなに甘いのですね。食べることが出来なくて残念ですわ」
しかし、シエロに食べさせてやれたのだから、良しとしよう。
料理する人の楽しみは、好きな人に作った料理を食べてもらうことだ。
「ル⋯⋯邪竜に食わせるのが、もったいないな」
「本当ですね」
「⋯⋯仕方ない。ルシエルに持っていく」
「お願いしますわ」
実験で作った普通のアップルパイの残りは、シエロがルシエルに食べさせると持っていった。結局シエロがルシエルに食べさせるのを嫌がって自分でほとんど食べたのは、ネーヴェが知らない話だ。
ネーヴェは手早く残りの生命の実を切り刻んで煮込み、広く伸ばしたパイ生地に乗せた。薬草ペースト入りのパイも作って、どんどん焼いていく。
こうして、大量のパイが焼き上がった。
焼き上がったパイは木箱に積み上げ、ルシエルの力で邪竜の鼻先に転移させる。ルシエルは空間を制御し、邪竜を袋小路に追い込む予定だった。
準備は整い、邪竜との最終決戦が始まった。
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