異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第三部)プロローグ

世界樹の精霊の誕生

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◇◇ 第三部は、樹の過去編です ◇◇




 世界樹の頂点の枝に、精霊の赤子が現れたらしい。世界樹の精霊の誕生を寿ことほぐ、風の精霊の歌を聞いて、アウルはいてもたってもいられなくなった。
 アウルは、コノハズクという種類のフクロウに似た霊鳥だ。ふかふかの羽毛に包まれた体は丸みを帯びていて、頭には耳のように突き出た羽が生えている。彼は期待に胸元の羽を大きく膨らませた。
 百年以上の年月を世界樹の枝で過ごしてきたが、世界樹の精霊の降臨は生まれてこのかた見たことがない。
 ねぐらにしている木のうろから出ると、翼を大きく上下させて気流に乗る。世界樹の天辺へと、アウルは一気に上昇した。

『ほう……これが』

 蒼空に舞い上がったアウルの金色の目に、世界樹の頂点に宿る虹色の輝きが映る。
 近付くとそれは、世界樹の一番上の枝に乗った、つゆのような透き通る球体だった。球体の中には小さな人間の赤子の姿が見える。赤子は健やかに穏やかな表情で眠っている。その背中には、精霊であることを示す光の翅があった。

『何とまあ、可愛いらしい子じゃ』

 アウルは露に近付いて、そっと赤子を覗きこんだ。
 露の中の子供はフクロウに気付かずに熟睡している。

『気になりますか?』

 突然、フクロウの背中に涼やかな女性の声が掛かった。
 振り向くとそこには、タツノオトシゴに似た姿をした白い竜がいた。竜と言えば巨大なイメージだが、白竜はアウルより少し大きいサイズで、半透明のレースのようなヒレを波立たせて空中を漂っている。

『ヨナ様』

 彼女は世界樹に住む中で最も長く生きているという古竜、ヨナだった。

『気になるのなら、アウル、あなたがこの子を育ててみませんか』
『わしが? 育てるとは、いったい』
『この世界樹の精霊は、異世界より召喚した人間の子供の魂。この子は、この世界のことも精霊のことも、何も知りません。普通の精霊ならおのずと自分が何の精霊かどういう存在か知っているものですが、この子は違う。精霊である前に人間の子供です。様々なことを教えてあげなければならない』

 ヨナは言いながら空中を泳ぐように飛んだ。
 赤子が入った露の上空から、アウルを見下ろして続ける。

『霊鳥の賢者と呼ばれるあなたに相応しい役目でしょう、アウル』
『わしが世界樹の精霊様を育てる……そんなことができるじゃろうか』

 アウルは自信がなくて不安になったが、その一方で挑戦してみたいとも考えていた。世界樹の精霊は、異世界の人間であるという。であれば彼を育てる過程で、アウルが知らないこと、異世界の知識などを知ることができるかもしれない。
 それは賢者と呼ばれるほど勉強好きなフクロウにとって、心踊ることだった。

『それにしても……見てください、アウル、あの銀のつたを』

 ヨナに促されて、アウルは世界樹の枝に絡みついている、銀色に光る蔦を目を向けた。繊細な雪の結晶のような葉を付けた蔦は、赤子の入った露の真下から世界樹全体へと広がっている。
 陽光を浴びた銀色の蔦は、虹のような輝きを辺りに拡散していた。

『これはサキワイヅタというもので、世界樹に精霊が降りると生える珍しい植物です。しかし、私は何度も世界樹の精霊の降臨を見てきましたが、こんなに広い範囲に生えているのは初めて見ました』
『古竜であるヨナ様が、初めてと仰るとは……』

 アウルは驚いて羽毛を膨らませる。
 古竜ヨナは感慨深そうに言った。

『このサキワイヅタは吉兆でしょうか。今回の世界樹の精霊は、今までと違う……もしかすると成長しても異世界に帰らずに、世界樹に留まってくれるかもしれません』

 異世界から喚んだ人間の赤子の魂は、成長すると純心さを失って精霊では無くなり、世界樹を去ってしまうのが慣例であった。
 露の中で眠る赤子に、アウルは密かに期待を寄せる。
 どうか長く長く世界樹に留まって欲しい、と。


 
 
 それから数年が経ち、露の外に出て歩き出した赤子の面倒を、アウルがみることになった。成長して、言葉を話すようになった世界樹の精霊は、アウルに自分の名前を教えてくれる。
 新しい世界樹の精霊の名前は、異世界の言葉で「イツキ」といった。


 

 
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