異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

文字の大きさ
71 / 97
(第三部)第一章 夏の始まり

01 樹の学生生活

しおりを挟む
「近藤、お前また宿題をやってこなかったのか。立て」

 教師の厳しい声に、うつむいていた坊主頭の少年がのろのろと立ち上がった。
 ここは立山小学校の六年二組の教室。
 都会に立つ学校のため、教室内の設備は真新しい。都心の敷地の地価が高いからか、学校は縦に高層化した建物になっていた。学校の前のグラウンドは狭く、運動部の生徒が全力で走り回るには少し窮屈だ。
 坊主頭の少年は、近藤武こんどうたけしという名前で、数少ない野球部の所属だった。今時、流行はやらない見事な丸刈りをしていて、部活に熱心に取り組んでいる。その分、勉強がおろそかになるようで、しょっちゅう宿題を忘れてくる。
 近藤少年は、怯えた表情で教師を見た。

「部活も良いが、勉強もしないと、中学に入ったら皆に付いていけなくなるぞ」
「はい……」
「本当に分かっているのか?」

 ただただ従順に頷くだけの少年に、教師は苛立った表情になった。

「お前は別に運動が得意って訳じゃない。野球を頑張ったところで有名な選手になれる訳でもないんだ。野球なんて趣味にとどめて、勉強に力を入れるべきだ」

 教師はぐるりと教室を見回して、生徒達に向かって宣言する。

「良いか、君達。本当に才能がある奴なんか一握りだ。野球選手、芸能人、芸術家……一部のスーパースターだけが活躍する厳しい世界だ。そんな見込みの無い夢を追いかけるより、きちんと足元を見て自分に出来ることを探しなさい。少なくとも最低限の学力は身に付けないと、世間ではやっていけない」

 生徒達が何も言わないのを良いことに、教師は熱弁を振るった。
 教室は水を打ったように静まりかえる。
 その沈黙が自分の言葉の正しさを証明しているようで、教師は密かに悦に入った。沈鬱な顔をした生徒達ひとりひとりを眺め渡していると、席がひとつ空いているのに気付く。
 そういえば、朝の点呼の前に、該当する席の生徒の親から、遅刻の連絡があったのだった。

「おはようございます」

 ちょうど、その遅刻してきた生徒が、教室の沈黙をものともせずに豪快に扉を開けて姿を現す。
 涼しい顔に眼鏡を掛けた小柄な少年だ。
 どこか飄々とした雰囲気の少年は、静まり返った教室と立たされた同級生に目をとめて、首を傾げる。

「皆、どうしたの?」
「い、いつきくん。またたけしくんが宿題を忘れてきちゃって」

 入ってきた少年に、近くにいた女子生徒が声を潜めて説明する。
 余計なことを言うなと教師にひと睨みされて、女子生徒は途中で言葉を切った。教師は遅刻してきた生徒に視線を移す。

各務かがみ、遅刻の理由は何だ?」
「寝坊です」

 少年は取り繕うこともなく、申し訳なさそうな様子も見せずに、ストレートな返事をした。教師のこめかみに青筋が走る。

「よくも毎度毎度、堂々と……少しは反省したらどうだ」
「すいません。僕、誰にも迷惑をかけてないなら、謝らなくて良いって、お爺ちゃんに教わったもので。でも、先生は僕のことを心配してくれてたんですね。ありがとうございます」

 人を食ったような返事に、教師は呆気に取られた。
 この各務樹かがみいつきという少年は、よく朝寝坊で遅刻してくる問題児として教師の間では有名である。しかし変わった言動をするわりには同級生達には人気があって、一部の教師からは一目置かれていた。

「……座りなさい、授業を再開する。近藤、お前は立ったままで反省するんだ……おい、各務?」

 遅刻してきた生徒に絡むのは諦めて、教師は授業を再開しようとした。しかし、少年は自分の席に座らずに、鞄を持って窓際へと歩いていく。

「何をしている、ええっ?!」
「えい!」

 各務というその生徒は、窓際に近寄ると学生鞄を開けて、ノートを数冊取り出した。そしてそれをそのまま――窓から階下へ投げ落とす。
 エコグリーンの表紙のノートは、バサバサと音を立てて地上に落下した。六年二組の教室は三階のため、地上へは距離がある。ノートは時間を掛けて、まるで空中を舞う蝶々のように、自由に空へ羽ばたいていく。
 目を剥いた教師に振り返って、各務樹はにっこり笑った。

「先生、僕、宿題を忘れてきました! 近藤と一緒に立ってますね!」

 教師はあんぐりと口を開けた後、いやいやと首を振った。
 そういう問題ではない。

「各務、お前は忘れてきたんじゃなくて、たった今、投げ捨てただろう!」
「いえ、忘れてきました。投げたノートの中に、宿題のノートがあったかどうか、拾って来ないと分からないですよね?」

 証拠は無いと、少年は微笑む。
 ギリギリと歯噛みした教師は、教室の空気が変わったことに気付く。少年少女達は、目を輝かせて各務という生徒を見ている。重く沈んでいた教室に光が射し込み、開いた窓から初夏の風が舞い込んだ。
 生徒に言い負かされるのは気にくわない。
 教師は各務の涼しい顔を崩してやりたいと、言葉を探した。

「……素晴らしい友情だ、各務。だが、友達は選んだ方が良い。勉強ができない友達を持つと足を引っ張られるぞ」

 各務樹は頭の良い生徒で成績も良い。
 近藤のような落ちこぼれに構っていては、成績が下がってしまうだろうと警告すると、少年はきょとんとした顔になった。

「先生、僕もそんなに勉強できないですよ」
「いやいやいや、君は進学校に行けるだろう」
「僕は皆と一緒に公立に行きますよ。勉強が出来たって、立派な大人になれる訳じゃないし、それなら自分の好きなことをしたい」

 先ほど教師の振るった熱弁と話の内容は似ているが、方向性は180度違う。結論は教師とは真逆だった。

「近藤はいつも楽しそうにボールを蹴ってるよね。今度、僕にも教えてよ」
「各務、俺がやってるのは投げる方だよ……」
「あ、そうだっけ? ごめんごめん」

 わざとなのか、少年はすっとぼけたことを言って笑った。
 それをきっかけに緊張した空気が一気に緩む。教師は溜め息を吐いた。各務の方が一枚上手だと認めざるをえない。ここで教師である自分が大人げなく食い下がると、みっともない事態になるのは明らかだった。

「近藤、各務、席に座れ。皆、これからプリントを配るから保護者の方に渡すように」

 教師は二人の少年が席についたことを確認すると、授業を再開した。
 準備してきたプリントを配り始める。
 教室の空気は平常の状態に戻った。


しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

幼馴染の勇者が一般人の僕をパーティーに入れようとするんですが

空色蜻蛉
ファンタジー
羊飼いの少年リヒトは、ある事件で勇者になってしまった幼馴染みに巻き込まれ、世界を救う旅へ……ではなく世界一周観光旅行に出発する。 「君達、僕は一般人だって何度言ったら分かるんだ?!  人間外の戦闘に巻き込まないでくれ。  魔王討伐の旅じゃなくて観光旅行なら別に良いけど……え? じゃあ観光旅行で良いって本気?」 どこまでもリヒト優先の幼馴染みと共に、人助けそっちのけで愉快な珍道中が始まる。一行のマスコット家畜メリーさんは巨大化するし、リヒト自身も秘密を抱えているがそれはそれとして。 人生は楽しまないと勿体ない!! ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。