異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第三部)第一章 夏の始まり

02 異世界につながる夢

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 配布されたプリントは、夏休み中の課題や注意事項が書いてあった。
 角ばったゴシック文字の文面を眺めながら、いつきは紙の余白にシャーペンで落書きを始めた。
 やがてチャイムと共に授業が終わって、教師が教室を出て行くと同時に、樹の周囲に同級生が集まってくる。

「何描いてるの? ロボット?」
「フクロウ」
「……生き物だったんだ」

 樹の手元を覗きこんだ同級生が、謎の絵を見て顔を引きつらせた。
 同級生には樹の絵は難解すぎたのだろうか。自分の絵が破滅的に下手だと気付いていない樹は、言い返そうと口を開きかけた。

「各務!」

 その時、先ほど宿題を忘れて教師に怒られていた、例の近藤少年が机の前に立った。

「なあ、夏休み、一緒にサマーキャンプに参加しようぜ!」
「サマーキャンプ?」
「うちの母ちゃんがこのチラシを友達に渡して、一緒に行ってもらえって」
「ふーん」

 近藤少年から渡されたチラシを樹は見つめた。
 どうやら夏休み中に特定の団体が開催する、泊まり掛けのイベントの類らしい。自然豊かな山に行って、川で遊んだりカレーを作ったり、星空を見たりするようだ。

「親に相談するよ」

 無難に答えた樹だが、自分の両親は「行ってらっしゃい」と言うだろうなと思っていた。樹の父親は考古学の仕事をしていて、フィールドワークでしょっちゅう外出する。母親も昔は父親の趣味に付き合って、あちこち旅行したらしい。アウトドアが大好きな両親は反対どころか、むしろ樹に行けと勧めかねない。
 けれど樹自身は、他の子供と一緒に泊まりの旅行に行くのは、少し怖かった。
 今朝も寝坊したばかりだ。
 朝寝坊には理由があるが、あんまりにも非現実的な理由なので、樹は両親にも誰にも、自分の眠りが深い理由を話したことがない。

「絶対一緒に行こうな! 約束だぜ!」
「僕は約束してないよー、って聞いてないし」

 一方的に約束して近藤は教室を出ていってしまった。
 どうしたものかな、と樹は頬杖をついた。



 家に帰ってサマーキャンプについて母親に話すと「良いじゃない、行ってきなさいよ!」と案の定、軽くOKが出た。
 
「僕、朝起きられる自信ない」
「友達に起こしてもらいなさいよ」

 まあ、親からすれば、そう言うだろう。
 樹は「えー」と唇を尖らせたが、言い返す言葉も思い付かなかったので、早々に二階の自分の部屋に退散した。
 各務家は家は一戸建てで、子供には個別に部屋が与えられている。おかげで樹は、夜、死んだように眠っていようが、暴れて寝言を叫ぼうが、両親や弟に気付かれることがなくて助かっていた。
 ベッドの上に寝転ぶと、目を閉じる。
 少し早いけれどまあいいか。


 暗闇を通り抜けると、そこは別の世界。


 目を開けると眩しい緑が視界いっぱいに飛び込んでくる。
 澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、樹は身体を起こした。
 樹が目覚めた場所は、天高くそびえ立つ大樹の枝の上。高所にある太い枝は、下を見ると気が遠くなるくらい地上と距離が離れている。
 現在地を確認しながら、ふと足元を見ると、細長い生き物がにゅるりと通り過ぎるところだった。

「うわわっ、蛇?」

 足に絡み付いてくる蛇を、樹は慌てて振り払い、枝の下に蹴落とした。都会育ちの樹にとっては普段見慣れない生き物だ。蛇の中には無害なものもいるというが、樹には見分けがつかない。
 ドサッと音を立てて枝の下に落下する蛇。
 樹は額の汗をぬぐう。

「ふう……」

 目元に慣れた眼鏡の感触は無い。
 今の服装は、ベッドに入る前に着替えた裾がゆったりとした寝間着ではなく、白いシャツに紺色のズボンの、外出着だ。服装は樹のイメージに左右されると、前に説明を受けた。

『大丈夫か、イツキや!』
「アウル」

 なぜか焦った様子で、大きな翼を広げたフクロウが舞い降りてくる。
 この人の言葉を話すフクロウは、名前をアウルといって、樹にあれこれ、この世界のことについて教えてくれる。ここが世界樹という名前の大きな木の上で、夢の中では服装が変わることを教えてくれたのもアウルだった。

『つい先ほど、精霊を食らう悪魔蛇イビルスネークという魔物が、世界樹に大量に現れたのじゃ。噛まれておらんだろうな』
「平気だよ、蹴り落としておいたから」

 樹は立ち上がると、翼をバタバタさせて慌てているアウルに答える。
 それにしても、この平和な世界樹で魔物が大量発生しているなんて、大事件だ。

「他の精霊たちは大丈夫なの?」
『うむ、精霊の卵が狙われておるようで、今、風の高位精霊アスファルが守りに向かっておる』
「僕もいく!」

 精霊の卵は、バスケットボールのような白い球体をしていて、世界樹の上の方の枝に果実のように鈴なりになっている。
 樹は空を見上げて、背中に意識を集中する。
 そこには、現実世界では無かったもの――八枚の光のはねがあった。
 枝を蹴って翅を羽ばたかせると、樹の身体はふわりと空を舞う。

『待ちなさい、イツキや。お前も精霊の子供だから危険なのじゃぞ! 行くでない、安全な場所で……こら!』
「待ってるなんて嫌だよ。一緒に行こう、アウル!」

 フクロウのアウルと共に、樹は世界樹の上層を目指して空を飛んだ。


 樹の夢は異世界に通じている。
 そしてなんと、その異世界で樹は天を貫く大樹、この世界樹に宿る精霊なのだという。両親や友達に話せば頭がおかしいと思われてしまうだろう。これが朝寝坊の理由、樹の抱える重大な秘密だった。


 
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