異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

文字の大きさ
73 / 97
(第三部)第一章 夏の始まり

03 精霊の卵

しおりを挟む
 樹が現場に到着した時、複数の悪魔蛇イビルスネークが次々と精霊の卵を丸のみにしているところだった。卵を飲み込んだ悪魔蛇イビルスネークは、空中に開いた黒い円の中に吸い込まれるように消えていく。
 そして黒い円の上空には、一人の少女が八枚の光の翅を広げて立っていた。
 少女の長い髪は雪のように白く輝いていた。瞳は柘榴のような真っ赤で、身にまとっている黒いワンピースには銀のアクセサリーが付いている。

「やったわ、大漁よ! これで明日から特大の目玉焼きが食べられる!」

 歓声を上げる少女の前に、樹はすたっと飛び降りた。

「そこまでだよ、死の精霊エルル」

 魔物を操って、精霊の卵を強奪していたのは、死を司る最高位の精霊であった。以前に顔をあわせたこともあり、樹とは知り合いだ。
 彼女の棲みかはここではなく、世界樹から遠く離れた場所、世界の果ての暗い地底にある。
 樹が声を掛けると、エルルは魔物を操る手を止めた。
 
「精霊の卵を、目玉焼きにするって?」
「な、なによ。いいじゃない、これだけ沢山あるのだから、少しくらい」

 エルルは精霊の癖に、なぜか魔物を作って同じ精霊を襲う、危険な思想の持ち主だ。
 当然のように精霊たちから嫌われている。
 樹は彼女と向かい合って、その非道な行為を糾弾した。

「卵は卵でも、精霊の卵を食べるだなんて酷いだろ! 確かにゆで卵は美味しい! スクランブルエッグやだし巻き玉子も大好きだ! オムライスもプリンも最高。だけど、それとこれとは話が別だよ!」
「う……異世界の卵料理は美味しそうね」

 死の精霊エルルは樹が別の世界から来ていることを知っていた。
 知らない卵料理の名前を聞いて、少し興味が惹かれたようだ。

「精霊の卵を返せ!」

 樹の瞳が碧に光った。
 世界樹の精霊の力が発動する。
 枝に生えた蔓草つるくさが伸び上がり、蛇の魔物を拘束する。
 蔓草は空に伸びて死の精霊エルルをも捕まえようとしたが、光の翅を広げた彼女は、さっと世界樹の枝から遠ざかる。

「もういいわ! ひとまずこれで勘弁してあげる!」

 少女は空中で一回転すると、黒い円の中に飛び込んで姿を消した。どうやら、あの円はワープゲートのようなものらしい。
 死の精霊の逃亡を見送った樹の隣に、少し離れて様子を見ていたフクロウのアウルが舞い降りる。

「逃げちゃった……本気で精霊の卵を食べるつもりかな」
『ううむ。死の精霊さまは何をするか分からんからのう……』
「卵を取り戻しに行きたい」

 途中で阻止したものの、数個の卵は蛇の魔物もとい、死の精霊に奪われてしまった。
 卵を取り戻しに世界樹の外に出たいというと、アウルは困ったように胸の羽を膨らませた。

『無理じゃよ、イツキ。精霊は精神生命体、自然に宿って自然と共生している生き物じゃ。宿っている本体から遠くに離れられん。世界樹の精霊であるお前も一緒じゃ』
「ちょっと待ってよ。なら、死の精霊はどうやってここまで来たのさ」
『死の精霊さまは、この世界で最も古い精霊じゃ。特別な力を持っておる』

 異世界に来ているのに、樹はこの世界樹の外に出たことがない。外には人の住む国や、見たことのない世界が広がっているらしい。せっかく空を飛ぶ翅を持っているのに、そこに行くことができないなら意味がないじゃないか。
 不満に思って膨れていると、涼しい女性の声が会話に割って入った。

「精霊が本体を離れて移動することは、可能です」
「アスファル」

 アスファルは、青いドレスを着て白い髪をポニーテールのように頭の高い位置で結った、女性の精霊だった。背中の翅は六枚。翅の数で精霊の格は決まる。六枚翅は高位の精霊の証だ。
 樹とエルルの八枚翅は、それより更に上の力を持つ精霊であることを表している。八枚翅の最高位の精霊は世界に数えるほどしかいない。

「到着が遅れ、卵を守ることができずに申し訳ありません、イツキさま。ご質問についてですが……精霊が本体から離れて活動するには、人間との契約が必要です」
『アスファル、イツキにそれは教えてはならんと』
「最高位の精霊は通常、人間と契約しませんからね」

 樹は世界樹から離れる方法があると聞いて顔を輝かせたが、すぐに現実を悟った。

「人間、いないじゃん……」

 そうなのだ。
 ここ世界樹に住んでいるのは精霊たちと、アウルのような精霊と獣の中間のような霊獣ばかり。
 人間は付近に一人も住んでいない。

『諦めるのじゃ、イツキよ……』
「やだっ! 僕は世界樹の外も見てみたいー!」

 好奇心旺盛な樹は、子供らしく盛大に駄々をこねた。
 アウルがおろおろする。
 現実世界でも異世界でも、子供の樹は保護者の管理下に置かれていて、なかなか自由に行動できない。叶うなら、大人の目を盗んで冒険の旅に出かけたいところだ。


しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。