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(第三部)第一章 夏の始まり
06 肝試しは波乱の幕開け
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野菜の収穫体験が終わり、樹たちは旅館で夕ご飯を食べた。
外が暗くなると花火が配られる。子供たちは旅館の前にある空き地で小規模な花火大会をした。
「各務君!」
「うわっ、急に声を掛けないでよ、落ちちゃったじゃないか」
密かに線香花火をどれだけ維持できるか実験していた樹は、急に声を掛けられて火芯を地面に落としてしまった。残念だ、もう少しで最長記録だったのに。
振り向くと声をかけてきたのは朱里だった。
「ねえ、これから肝試しに行かない?」
「肝試し? そんな予定はなかったと思うけど」
「予定は作るものよ!」
朱里は胸を張って言う。
しかし、大人たちに無断で外出しても大丈夫なのだろうか。
先ほどまでネズミ花火を投げていた武は乗り気ではないようだ。
「ううう……止めようぜ。暗いし静かだし、絶対何か出るって!」
「意気地なし! もう少し積極的になれないの?」
朱里は腰に手をあてて武を罵倒する。
しかし確かに武の言う通り、都会と違って明かりの少ない農村は闇に包まれていて不気味なほど静かだった。鈴虫の声が聞こえる他は、騒いでいるのは子供たちくらいだった。
「大丈夫よ! 私たちには文明の利器がある!」
ジャーンという効果音と共に、朱里が水戸黄門の印籠のごとくスマートフォンを掲げる。
スマートフォンから後光が……ちがった、画面から光が広がった。
「その手があったか……山梨さん、電池はある? アンテナは立ってる?」
「ばっちりよ!」
「じゃあ行こっか」
樹はバケツに花火の燃えカスを放り込んで立ち上がる。
おびえていた武があんぐり口を開いた。
「え、え、なんで各務、乗り気なの?」
「最初は正直面倒だなと思ってたけど、よく考えてみると夜の墓場って、面白そうだよね」
「違う、面白くない! 各務、それは面白いんじゃなくて、怖いんだよ!」
止めよう止めようと泣く武だが、多数決で肝試しは決行される。
民主主義の恐ろしきことよ。強引な朱里によって、武はついに押しきられた。
三人は連れ立って空き地を抜け出した。
幸か不幸か大人たちは気付かない。
朱里は文明の利器で、近くの墓場を検索する。
「ここをこう行けば……あ、音声案内をONにしよう」
『進行方向を右に曲がってください』
「なんて緊張感の無い……」
電子音声が親切丁寧に案内をしてくれる。
文明の利器の凄まじい性能に、武は恐れおののいた。
暗い小道もスマートフォンの画面の光で明るく照らせる。
しばらく田んぼの間の小道を歩くと、杉林の向こうに石塔や卒塔婆が見えてきた。
墓場の出入り口付近にある、六体のお地蔵様の前を通る。
スマートフォンの画面が唐突に点滅した。
ふっと、冷たい風が樹の頬を撫でる。
何かが樹の第六感に訴えかけてきた。ここはおかしい、と。
「ほら、何も無いだろ! もう帰ろうぜ、なあ!」
樹たちの前に回り込んで、武が通せんぼするように両腕を広げた。
その彼の後ろの墓石に何か大きな黒いモノが柱のように立っている。
「こ、近藤、あんたの後ろに……」
「え?」
振り向いた近藤少年は、夜の闇よりも黒い何かが見下ろしてきているのに気付いて、息を呑んだ。
「ひっ」
「近藤!」
樹は咄嗟に、武の腕を引いて自分の後ろにかばう。
そしてもう片方の手を前に掲げた。
それは何も考えていない無意識の行動だった。
「っつ!」
覆いかぶさってきた黒い何かは、しかし、樹の掲げた手の前の空中に現れた、虹色に輝く唐草模様に阻まれる。既にスマートフォンは消灯している。暗闇に閉ざされた墓場に、樹の生み出した光だけが一縷の希望となって輝いていた。
「きゃあああっ」
「山梨さん!」
背後から音もなく迫っていた黒い尾が少女の腹に巻き付き、墓場の奥へ連れ去ろうとする。
樹は「先に逃げて」と呆然としている武に言い置くと、その後を追った。
「……ここでは精霊の力が使えるのか」
何故かは分からないが、今、樹は、異世界で世界樹と繋がっている時に感じる、不思議な感覚を覚えていた。ただ、そのリンクは細い糸のように途切れ途切れだ。完全な状態で精霊の力を振るうことができれば、たとえば光の翅を使うことができたなら、飛んですぐに彼女に追いつけるのに。
もどかしさを覚えながら、樹はバチ当たりにも墓石を踏み台にして、墓場をつっきる。
走りながら今度は意識的に精霊の力を呼び寄せた。
前方で這っている黒い尾に光の蔦が絡みつく。少女を連れ去ろうとしている魔物の動きが弱まった。
「手を伸ばしてっ!」
朱里に声を掛けながら、樹は彼女の伸ばした手をつかむ。
墓場の中心に黒い円ができていて、黒い尾はその中から生えていた。尾は少女を巻き込んで、黒い円の中に消えようとしている。
精霊の力を使ってその邪魔をしながら、樹は力が足りないと歯噛みした。
生命を司る世界樹の精霊の力は光の属性で、闇の力が強い場所では効力を発揮しづらい。ましてやここは地球で、世界樹のある異世界との間には時空の壁がある。この全き暗闇の中、世界樹から遠く離れた地球で、樹が使える力は限られた。
綱引きのような力比べの結果、少女は引きずられて黒い円に飲み込まれようとしている。
樹はその黒い円に目を凝らした。
あれと似たものを、どこかで見たことがある。
そう、あれは異世界で、死の精霊が使っていたワープゲートと似たようなものだ。
このままでは朱里は別の世界に連れていかれる。
彼女と一緒に黒い円を通れないのならば、後で彼女の連れ去られた場所を見つけるために、目印が必要だ。
「……僕は」
これから使う魔法が本当に上手くいくか分からない。
精霊として未熟な樹は正しい手順を知っている訳ではなかった。それでも樹は、胴体まで黒い円の中に身をひたした朱里に向かって叫んだ。
「世界樹の名のもとに! 僕は山梨朱里と契約する!」
空中に浮かんだ虹色の唐草模様が、一瞬、まばゆい光を放った。
朱里が驚愕した表情を浮かべる。
すべては光の中に消えて。
光が収まった後には、少女の姿も黒い尾の魔物も無く、地面に落ちたスマートフォンの画面がちかちかと点滅するのみだった。
外が暗くなると花火が配られる。子供たちは旅館の前にある空き地で小規模な花火大会をした。
「各務君!」
「うわっ、急に声を掛けないでよ、落ちちゃったじゃないか」
密かに線香花火をどれだけ維持できるか実験していた樹は、急に声を掛けられて火芯を地面に落としてしまった。残念だ、もう少しで最長記録だったのに。
振り向くと声をかけてきたのは朱里だった。
「ねえ、これから肝試しに行かない?」
「肝試し? そんな予定はなかったと思うけど」
「予定は作るものよ!」
朱里は胸を張って言う。
しかし、大人たちに無断で外出しても大丈夫なのだろうか。
先ほどまでネズミ花火を投げていた武は乗り気ではないようだ。
「ううう……止めようぜ。暗いし静かだし、絶対何か出るって!」
「意気地なし! もう少し積極的になれないの?」
朱里は腰に手をあてて武を罵倒する。
しかし確かに武の言う通り、都会と違って明かりの少ない農村は闇に包まれていて不気味なほど静かだった。鈴虫の声が聞こえる他は、騒いでいるのは子供たちくらいだった。
「大丈夫よ! 私たちには文明の利器がある!」
ジャーンという効果音と共に、朱里が水戸黄門の印籠のごとくスマートフォンを掲げる。
スマートフォンから後光が……ちがった、画面から光が広がった。
「その手があったか……山梨さん、電池はある? アンテナは立ってる?」
「ばっちりよ!」
「じゃあ行こっか」
樹はバケツに花火の燃えカスを放り込んで立ち上がる。
おびえていた武があんぐり口を開いた。
「え、え、なんで各務、乗り気なの?」
「最初は正直面倒だなと思ってたけど、よく考えてみると夜の墓場って、面白そうだよね」
「違う、面白くない! 各務、それは面白いんじゃなくて、怖いんだよ!」
止めよう止めようと泣く武だが、多数決で肝試しは決行される。
民主主義の恐ろしきことよ。強引な朱里によって、武はついに押しきられた。
三人は連れ立って空き地を抜け出した。
幸か不幸か大人たちは気付かない。
朱里は文明の利器で、近くの墓場を検索する。
「ここをこう行けば……あ、音声案内をONにしよう」
『進行方向を右に曲がってください』
「なんて緊張感の無い……」
電子音声が親切丁寧に案内をしてくれる。
文明の利器の凄まじい性能に、武は恐れおののいた。
暗い小道もスマートフォンの画面の光で明るく照らせる。
しばらく田んぼの間の小道を歩くと、杉林の向こうに石塔や卒塔婆が見えてきた。
墓場の出入り口付近にある、六体のお地蔵様の前を通る。
スマートフォンの画面が唐突に点滅した。
ふっと、冷たい風が樹の頬を撫でる。
何かが樹の第六感に訴えかけてきた。ここはおかしい、と。
「ほら、何も無いだろ! もう帰ろうぜ、なあ!」
樹たちの前に回り込んで、武が通せんぼするように両腕を広げた。
その彼の後ろの墓石に何か大きな黒いモノが柱のように立っている。
「こ、近藤、あんたの後ろに……」
「え?」
振り向いた近藤少年は、夜の闇よりも黒い何かが見下ろしてきているのに気付いて、息を呑んだ。
「ひっ」
「近藤!」
樹は咄嗟に、武の腕を引いて自分の後ろにかばう。
そしてもう片方の手を前に掲げた。
それは何も考えていない無意識の行動だった。
「っつ!」
覆いかぶさってきた黒い何かは、しかし、樹の掲げた手の前の空中に現れた、虹色に輝く唐草模様に阻まれる。既にスマートフォンは消灯している。暗闇に閉ざされた墓場に、樹の生み出した光だけが一縷の希望となって輝いていた。
「きゃあああっ」
「山梨さん!」
背後から音もなく迫っていた黒い尾が少女の腹に巻き付き、墓場の奥へ連れ去ろうとする。
樹は「先に逃げて」と呆然としている武に言い置くと、その後を追った。
「……ここでは精霊の力が使えるのか」
何故かは分からないが、今、樹は、異世界で世界樹と繋がっている時に感じる、不思議な感覚を覚えていた。ただ、そのリンクは細い糸のように途切れ途切れだ。完全な状態で精霊の力を振るうことができれば、たとえば光の翅を使うことができたなら、飛んですぐに彼女に追いつけるのに。
もどかしさを覚えながら、樹はバチ当たりにも墓石を踏み台にして、墓場をつっきる。
走りながら今度は意識的に精霊の力を呼び寄せた。
前方で這っている黒い尾に光の蔦が絡みつく。少女を連れ去ろうとしている魔物の動きが弱まった。
「手を伸ばしてっ!」
朱里に声を掛けながら、樹は彼女の伸ばした手をつかむ。
墓場の中心に黒い円ができていて、黒い尾はその中から生えていた。尾は少女を巻き込んで、黒い円の中に消えようとしている。
精霊の力を使ってその邪魔をしながら、樹は力が足りないと歯噛みした。
生命を司る世界樹の精霊の力は光の属性で、闇の力が強い場所では効力を発揮しづらい。ましてやここは地球で、世界樹のある異世界との間には時空の壁がある。この全き暗闇の中、世界樹から遠く離れた地球で、樹が使える力は限られた。
綱引きのような力比べの結果、少女は引きずられて黒い円に飲み込まれようとしている。
樹はその黒い円に目を凝らした。
あれと似たものを、どこかで見たことがある。
そう、あれは異世界で、死の精霊が使っていたワープゲートと似たようなものだ。
このままでは朱里は別の世界に連れていかれる。
彼女と一緒に黒い円を通れないのならば、後で彼女の連れ去られた場所を見つけるために、目印が必要だ。
「……僕は」
これから使う魔法が本当に上手くいくか分からない。
精霊として未熟な樹は正しい手順を知っている訳ではなかった。それでも樹は、胴体まで黒い円の中に身をひたした朱里に向かって叫んだ。
「世界樹の名のもとに! 僕は山梨朱里と契約する!」
空中に浮かんだ虹色の唐草模様が、一瞬、まばゆい光を放った。
朱里が驚愕した表情を浮かべる。
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【作者より、感謝を込めて】
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本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
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