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(第三部)第一章 夏の始まり
08 黄色い悪魔
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樹は、朱里を連れて地底の暗闇を一気に抜ける。
地割れから外へ飛び出すと、そこは夜明けの森だった。
「よっ、と」
昇り始めた太陽が空を明るい色に染め変えていく。
木立が光を浴びて爽やかに揺れていた。
森の地面には水が流れている。見渡すと、水面の下に落ち葉が積もっていて、落ち葉の上をネオンブルーに光る小魚がひらひら泳いでいた。
ここは湿地にある森のようだ。
どこまでも広がる水面と、森の取り合わせは幻想的だった。
樹は、適当に水面の上に突き出た岩に降りると背中の翅を消す。世界樹の側ではないので省エネモードだ。精霊の力をセーブしたので、樹を取り巻く光が消えた。瞳の色も日本人らしい茶色に戻る。
「さて。ここはどこなんだろうな」
岩の上でへたりこんだ朱里の隣で、辺りを見回していると、朱里が呟いた。
「神様」
「はあ?」
「神様もしくは天使? 迎えが遅いわ。もっと前段階に登場しなさいよ。そして私に魔法の力を授けなさい」
「……」
どうやら同級生の樹だと認識されていないらしい。
異世界では眼鏡をかけていないせいだろうか。
誤解を放っておくのも面白そうだが、この場合、話がこじれてややこしくなりそうな気もする。
「僕だよ、山梨さん。一緒にサマーキャンプに来た各務樹」
「……へ? ええええっ、うそお!」
なぜか盛大に驚かれた。
そんなに人相が違って見えるだろうか。
朱里は立ち上がると、樹の顔をまじまじと見つめる。
急に接近されて思わず樹は顔をひきつらせ、一歩下がった。
「神様じゃない?!」
「違います」
「えー、それじゃ、あの恰好良い登場はなんなのよ。正義の味方?」
「山梨さん、突っ込むところはそこなの。まあいいけど、僕は正義の味方じゃありません。正体は……説明しにくいんで省略。とりあえず、地球に戻る方法を探そうか」
この時の樹は、まだ世界樹の精霊の力を使いこなせている訳ではなかった。
異世界へ渡るのも世界樹の補助あってこそ。
自力で他者を地球に送還するのは不可能である。
こんな時に、あの物知りのフクロウ、アウルがいてくれれば。
だが右も左も分からない朱里を残して、世界樹にとんぼ返りできない。
地球に戻る方法を探すといってもどこから手を付ければいいものか。
「……(ぐうー)」
考え込んでいると、朱里のお腹が可愛く空腹を知らせてくれた。
樹は人差し指を立てて提案する。
「じゃあその前に、ご飯を探すってことで」
こっくり頷く朱里。
当面の方針は定まった。
水の中に大きな魚は見当たらない。
樹は森の中へ移動して、食べられる実を探すことにした。
「えい、やっ……」
「大丈夫?」
岩を降りるのも、慣れない朱里は苦労している。
地面は浅く水に浸かっているが、水の上に突き出た岩が少ないため、水に足を浸けて歩くしかない。歩く度に澄んだ水がパシャパシャ跳ねた。
「どうして各務くんはそんな涼しい顔なの」
「樹って下の名前で呼んでいいよ。山梨さんはキツイ?」
「朱里でいいわよ……これ、どこまで歩けばいいの」
望めば食べ物が出てくる現代人にとっては、食べ物を探して歩くのは慣れない仕事だ。体力のない少女の朱里は既に疲れた顔をしている。
樹は、この世界では精霊なので人間の食べ物は必要ない。半実体化しているので食べられない事もないが、お腹が空く訳ではなかった。今もそんな疲労していない。
朱里にあわせてゆっくり移動しながら、周囲を観察するが、森は生き物の気配に乏しかった。
「あっ」
「何かあった?」
「か」
唐突に朱里は声を上げると、枝に手を伸ばす。
彼女は樹が止める間もなく黄色い綿毛の塊のような生き物を捕まえると、猛烈な勢いで頬擦りを開始した。
「何これ! カワイイー!」
「見た目に反して危険な生物かもしれないから迂闊に手を触れないほうが……って、もう遅いか」
それは拳より少し大きいくらいのヒヨコに似た生き物だった。
ヒヨコは、朱里の頬擦り攻撃に慌てたようにバタバタしている。
『きしゃま、黄色い悪魔と恐れられるこの僕に何をしてくれりゅ! 呪い殺すぞ!』
とても可愛い声でピヨピヨ鳴くヒヨコだが、副音声で酷いことを言っていることに樹は気付いた。
朱里の手からヒヨコを取り上げて、目の高さでつまみ上げる。
「君、ちょうど良かった。チキンラーメンにならない?」
『……これはこれは、世界樹の精霊さまではないでしゅか! 本日はお日柄もよく』
ヒヨコは短い羽を擦り合わせ揉み手のようにして、ゴマをすり始めた。
よく見るとヒヨコには精霊に似た気配がある。
アウルと同じように霊鳥の類らしかった。
「僕の事を知ってるなら話が早い。人間が食べられるものがどこにあるのか、知らない?」
『この森にはエルフの夫婦が住んでいます。 彼らの家から食べ物をこっそり拝借してはどうでしょう』
「拝借……って、盗めってこと?」
『エルフは人間が嫌いでしゅ。真正面から行っては追い返されるのがオチでしゅよ!』
ヒヨコは窃盗を推奨してくる。
後ろで話を聞いていた朱里が騒いだ。
「駄目よ! 盗むなんて絶対駄目!」
樹も盗むのは気が進まない。
「まずは正面から頼んでみようか」
『甘いっ、あまあまでしゅ! 善人ばかりなら今頃世界はすごく平和でしゅよ』
「……このヒヨコは予備の食料として持っていこう」
『噂なんてアテになりましぇん、きっと善い人でしゅよ!』
軽く脅すとヒヨコは意見をあっさり翻した。
ヒヨコに道案内させ、樹と朱里は水溜まりをパシャパシャ踏んで、移動を始めた。
地割れから外へ飛び出すと、そこは夜明けの森だった。
「よっ、と」
昇り始めた太陽が空を明るい色に染め変えていく。
木立が光を浴びて爽やかに揺れていた。
森の地面には水が流れている。見渡すと、水面の下に落ち葉が積もっていて、落ち葉の上をネオンブルーに光る小魚がひらひら泳いでいた。
ここは湿地にある森のようだ。
どこまでも広がる水面と、森の取り合わせは幻想的だった。
樹は、適当に水面の上に突き出た岩に降りると背中の翅を消す。世界樹の側ではないので省エネモードだ。精霊の力をセーブしたので、樹を取り巻く光が消えた。瞳の色も日本人らしい茶色に戻る。
「さて。ここはどこなんだろうな」
岩の上でへたりこんだ朱里の隣で、辺りを見回していると、朱里が呟いた。
「神様」
「はあ?」
「神様もしくは天使? 迎えが遅いわ。もっと前段階に登場しなさいよ。そして私に魔法の力を授けなさい」
「……」
どうやら同級生の樹だと認識されていないらしい。
異世界では眼鏡をかけていないせいだろうか。
誤解を放っておくのも面白そうだが、この場合、話がこじれてややこしくなりそうな気もする。
「僕だよ、山梨さん。一緒にサマーキャンプに来た各務樹」
「……へ? ええええっ、うそお!」
なぜか盛大に驚かれた。
そんなに人相が違って見えるだろうか。
朱里は立ち上がると、樹の顔をまじまじと見つめる。
急に接近されて思わず樹は顔をひきつらせ、一歩下がった。
「神様じゃない?!」
「違います」
「えー、それじゃ、あの恰好良い登場はなんなのよ。正義の味方?」
「山梨さん、突っ込むところはそこなの。まあいいけど、僕は正義の味方じゃありません。正体は……説明しにくいんで省略。とりあえず、地球に戻る方法を探そうか」
この時の樹は、まだ世界樹の精霊の力を使いこなせている訳ではなかった。
異世界へ渡るのも世界樹の補助あってこそ。
自力で他者を地球に送還するのは不可能である。
こんな時に、あの物知りのフクロウ、アウルがいてくれれば。
だが右も左も分からない朱里を残して、世界樹にとんぼ返りできない。
地球に戻る方法を探すといってもどこから手を付ければいいものか。
「……(ぐうー)」
考え込んでいると、朱里のお腹が可愛く空腹を知らせてくれた。
樹は人差し指を立てて提案する。
「じゃあその前に、ご飯を探すってことで」
こっくり頷く朱里。
当面の方針は定まった。
水の中に大きな魚は見当たらない。
樹は森の中へ移動して、食べられる実を探すことにした。
「えい、やっ……」
「大丈夫?」
岩を降りるのも、慣れない朱里は苦労している。
地面は浅く水に浸かっているが、水の上に突き出た岩が少ないため、水に足を浸けて歩くしかない。歩く度に澄んだ水がパシャパシャ跳ねた。
「どうして各務くんはそんな涼しい顔なの」
「樹って下の名前で呼んでいいよ。山梨さんはキツイ?」
「朱里でいいわよ……これ、どこまで歩けばいいの」
望めば食べ物が出てくる現代人にとっては、食べ物を探して歩くのは慣れない仕事だ。体力のない少女の朱里は既に疲れた顔をしている。
樹は、この世界では精霊なので人間の食べ物は必要ない。半実体化しているので食べられない事もないが、お腹が空く訳ではなかった。今もそんな疲労していない。
朱里にあわせてゆっくり移動しながら、周囲を観察するが、森は生き物の気配に乏しかった。
「あっ」
「何かあった?」
「か」
唐突に朱里は声を上げると、枝に手を伸ばす。
彼女は樹が止める間もなく黄色い綿毛の塊のような生き物を捕まえると、猛烈な勢いで頬擦りを開始した。
「何これ! カワイイー!」
「見た目に反して危険な生物かもしれないから迂闊に手を触れないほうが……って、もう遅いか」
それは拳より少し大きいくらいのヒヨコに似た生き物だった。
ヒヨコは、朱里の頬擦り攻撃に慌てたようにバタバタしている。
『きしゃま、黄色い悪魔と恐れられるこの僕に何をしてくれりゅ! 呪い殺すぞ!』
とても可愛い声でピヨピヨ鳴くヒヨコだが、副音声で酷いことを言っていることに樹は気付いた。
朱里の手からヒヨコを取り上げて、目の高さでつまみ上げる。
「君、ちょうど良かった。チキンラーメンにならない?」
『……これはこれは、世界樹の精霊さまではないでしゅか! 本日はお日柄もよく』
ヒヨコは短い羽を擦り合わせ揉み手のようにして、ゴマをすり始めた。
よく見るとヒヨコには精霊に似た気配がある。
アウルと同じように霊鳥の類らしかった。
「僕の事を知ってるなら話が早い。人間が食べられるものがどこにあるのか、知らない?」
『この森にはエルフの夫婦が住んでいます。 彼らの家から食べ物をこっそり拝借してはどうでしょう』
「拝借……って、盗めってこと?」
『エルフは人間が嫌いでしゅ。真正面から行っては追い返されるのがオチでしゅよ!』
ヒヨコは窃盗を推奨してくる。
後ろで話を聞いていた朱里が騒いだ。
「駄目よ! 盗むなんて絶対駄目!」
樹も盗むのは気が進まない。
「まずは正面から頼んでみようか」
『甘いっ、あまあまでしゅ! 善人ばかりなら今頃世界はすごく平和でしゅよ』
「……このヒヨコは予備の食料として持っていこう」
『噂なんてアテになりましぇん、きっと善い人でしゅよ!』
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本当に、ありがとうございます。
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