異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第三部)第三章 囚われの王子を助けに行く姫

06 召喚!

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 樹の補助を受けて飛距離を伸ばしたヒヨコは、一直線に飛んで道化師の仮面と豪快にぶつかった。しかしヒヨコは恐怖のあまり固く目を閉じていたため、自分が元上司の額に突撃したことを知らない。

『死ぬかと思ったでしゅー』

 衝撃に目を回していたパドは、少ししてから我に返った。

『次はどうするでしゅ? イツキ様……あれ?』

 眼鏡から樹の気配が消えていることに気付いて、パドは仰天した。
 仮面にぶつかった衝撃でレンズは割れ、フレームは歪んでしまっている。
 パドはおろおろとして、眼鏡をひっくり返したり持ち上げたりして、樹がどこに行ったか確認しようとした。
 眼鏡を抱えたパドの頭上に、影がさす。

『……おのれ。 よくもやってくれたな』

 恐怖に固まりながらヒヨコはゆっくり見上げる。
 空中に浮かぶ道化師の仮面がそこにあった。

「ヒヨコちゃん、大丈夫?!」
 
 侵略者メテオラがノックアウトしている内に上がってきた朱里が、ヒヨコを庇うように前に立った。

『ふっ……』

 仮面が嘲笑すると、 少女の小さな手から死神の鎌が消えた。

「え、なんで?!」
『私の力を制限したのね。ここは、こいつの世界だから……』

 死の精霊エルルの悔しそうな声。
 朱里は空になった手を握りしめた。

「そんなズルい! ラスボスなら正々堂々と戦いなさいよ!」

 抗議する朱里に、道化師の仮面はカタカタとわらった。

『空想にひたりすぎたか、娘よ。現実世界は無慈悲で残酷なものだ。圧倒的な力を持つ者の前では、弱者の言葉など意味をなさない』

 仮面の中央に亀裂が入り、醜悪な牙の並ぶ口が現れる。
 細長い舌が立ち尽くす朱里に伸びた。

『果実のように甘い香りのする魂だな。どれ、食ってやろう』
「ひっ」

 蛇に睨まれたように動けない少女の身体に、化け物の舌がゆっくり絡み付く。
 絶体絶命。
 少女が呑み込まれる直前、白銀の閃光が宙を走った。

「はあっ!」

 気迫に満ちた声と共に、侵略者メテオラの舌が上から降ってきた光の刃によって切断された。

『何だと?!』

 朱里は、光が降ってきた方向を見上げた。
 八枚の光の翅を広げた少年が、仮面に向かって白銀の長剣をかざしている。

「樹くん!」
「そっちがズルをするなら、こっちもズルをさせてもらう。簡単に僕を食べられると思うなよ、侵略者メテオラ!」

 樹は青ざめた顔をしていたが、翠玉の瞳には強い意思の力が宿っている。宣言と共に、光の蔦で構成された網は、道化師の仮面を押し返し、偽サグラダ・ファミリアの壁に追いやった。
 朱里に背中を向けたまま、少年はふわりと瓦礫が散らばる床に降り立った。

 

 侵略者メテオラの触手に囚われ、眠らされていた樹だったが、実はその気になれば脱出はできたのだ。夢の中で樹はその機会をずっと伺っていた。

『逃げ出せるなら、さっさと逃げ出しなさいよ、紛らわしい』
「まさか、君が助けに来てくれると思ってなかったんだよ、エルル」

 蛙にとり憑いた死の精霊エルルの文句を、樹は何でもない風に流す。
 道化師の仮面を睨みながら、 どうしたものかと思った。
 状況は好転していない。
 実のところ精霊武器スピリットアームの長剣をあと五分以上、発現できる自信がなかった。腕が重い。気を抜くと眠りそうな疲労感がある。化け物に消化されないように、精霊の力で防御し続けることで、樹は体力を消耗していた。

『無駄なあがきを……』

 侵略者メテオラは触手をざわめかせる。
 樹が生やした光の蔦が音を立てて引きちぎられた。

『世界を滅ぼせないのは残念だが、せめてもの気晴らしに、滅びのイメージで作ったこの世界を、現実世界にぶつけてやろう。日本という島国に穴を開けることくらいは可能だろう』

 道化師の宣言に、樹は「やはりそうきたか」と歯噛みする。
 計画が途中で頓挫したから大人しく引き下がります、なんて、 悪人が言う訳ないのだ。

『イツキ、これがお前の力だ。フフフ、自らの力で家族や友人を殺すのは、どんな気分だ?』
「待ってくれ! 何でもするから、それだけは……!」

 時間稼ぎが必要だ。
 樹はわざと情けない声を上げて懇願する。死の精霊が真に受けて『これだから人間は』と蛙の中で怒っているが、知ったことではない。

『何でも?』

  侵略者メテオラは愉快そうな声を出した。

『ワタシの望みは、命ある者たち全ての破滅、ただそれだけ!  フハハハ、残念だったなあ、イツキよ!』

 仮面から笑い声が音波のように響く。
 脳ミソを揺すられるような嫌な音だ。
 目に見えないダメージが受けて、樹は思わずよろめいて床に膝をついた。精霊武器の長剣を杖代わりにして、うずくまる。

「っつ……」
『どんな小細工をしようが、無駄なことだ! ワタシに願いを捧げ、この空間に取り込まれた時点で、お前たちは終わっているのだから!』

 勝ち誇って宣言する侵略者メテオラ
 しかし樹は諦めた訳ではない。
 膝をついた樹の元へ、パタパタとヒヨコが走り寄ってくる。

『イツキ様、準備が整いましたでしゅ』
「よし、間に合った!」

 樹はぱっと表情を明るくすると、長剣を支えに立ち上がる。
 少年の戦意に反応して、背中の光の翅が眩しく輝いた。

「……媒介は地球の植物と、この僕自身。芽生えよ、育め、花開け。万物の源たる世界樹イグドラシル、我が半身よ!」
『何?!』
 
 偽サグラダ・ファミリアの周囲に敷かれた円が光り、各所に埋められたスイカの種から芽が出る。通常ではあり得ない速度で成長した植物は、やがて伸びて絡まりあい、スイカではない全く別の植物へと変化する。
 塔の外壁を駆け登るように、植物は生い茂っていく。
 地鳴りのような音が響き渡った。

『まさか……!』
「僕の力が欲しいんだろう、侵略者メテオラ。くれてやる、本当の世界樹をね! だけどこんな小さい世界じゃ、世界樹の枝に呑み込まれるだけだろうけど!」

 不敵な笑みを浮かべた樹の言葉と同時に、床が崩れる。
 急激な成長を続ける植物に、塔が食い破られたのだ。
 緑の枝が仮面に襲いかかる。

「来い、世界樹イグドラシル!」

 滅びのイメージで作られた世界を、生命の光が内側から食い破る。
 生命をたたえた緑が、不気味な塔を書き換えていった。いまや塔は大樹の幹だ。天を貫くようにそびえたつのは、紛れもなく世界樹の枝であった。

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